23.白の巨竜VS金剛なる巨人
その異変は、魔女の国、プロシアでも観測できていた。
「望遠観測班より伝令! 西の魔境森にて、竜の大群が観測されました!」
窓の外を見るディアネイラの執務室では、叫び声のような報告が飛び交っていた。
伝令役の兵が、入っては走り出る。
執務机には地図が置かれ、拡声魔法の札も何枚も用意されていた。
「人狼たちも、どんどん逃げだしているようです! 早く我々も応援要請と、避難を!」
「避難? どこへ逃げろというんだ……?! あの白焔の飛竜王が出てきたんだ!」
「もうダメだ……この王都は、もうおしまいだ……!!」
やがて報告だけでなく、悲鳴や落胆が混じり始めるが、
「皆のもの、落ち着け!」
ディアネイアの一喝で、執務室は一気に静まり返った。
「落ち着いて報告しろ。伝令、飛竜の数はどれくらいだ?」
「す、少なくとも五十以上。それが飛竜王と共に、魔境森の上空にとどまっております! 既に森の一部は灰燼に帰した模様」
ふむ、とディアネイアは窓の外を見る。
そこには、確かに見えていた。巨大な白い竜が。
「あれが、竜王、か。休眠していたと聞いていたが、まさかこんな近くへ出てくるとは」
「ディアネイアさま、これは……」
「ああ、避難命令を頼む、騎士団長。出来るだけ広く、多くの民を避難させてくれ。……武装都市には応援要請を出しているのだったな?」
「はい。ですが戦力が到着までに一日は掛かるかと」
ふむ、と頷いてから、ディアネイアは腰の装備を確認する。
そこには、強力な魔法の触媒。売らずに取っておいた、極飛竜のナイフがある。
そして、執務机の横にある箒型の杖を手にして、こう言った。
「私が……、戦いに行こう」
「姫さま?!」
「せめて、な。私が役立たずでも、これくらいは、しなければならん」
ディアネイアの言葉に、執務室の面々は息をのむ。
竜に単身で挑むなど、結末が分かりきっているからだ。いくらディアネイアが大魔術師だと言っても、
「姫さま。失礼ながら……」
「ああ、分かっているよ騎士団長。勝てなくて、無駄死になる、と。だが、私の全魔力を使えば、一分くらいは足止め出来るだろうさ」
これでも、上位の魔法使いだ。
それくらいは、やってみせるさ、とディアネイアは呟く。
「姫さま……!」
「こういう時、第二皇女であることを有難く思うよ。あれらから逃げなくて済む。戦う事が出来る、と」
足は震える。既に緊張で全身がこわばっている。
だが、それでも、戦う気は萎えていない。
「行ってくるよ、皆。あとは、頼んだ。観測は最後まで続けるように」
「姫様!」
「大丈夫だ。私の命をもってでも、民を守る時間を稼ぐ! それが姫の、私の役目だから」
それだけ言って、ディアネイアは移動の魔法を行使した。
目標地点に距離を無視して一気に移動し、即座に行動できる、高等魔法。
決死の覚悟で、魔境森の西に移動した。
「……っ!?」
そして、辿り着いた彼女は見た。
膨大な魔力の男が、木の巨人たちと共に、飛竜の王が戦っているその場面を。
●●●
ウッドアーマー《金剛》で身を固めた俺は、空を見上げる。
そこには口の中に閃光を溜めた白い竜がいる。
でかい。俺の家と同じくらいの体長だ。
リンゴ畑の樹木、一〇〇本分を使ったアーマー、《金剛》がでかいといっても、七メートルが精々。
大きさは向こうが上。
高さも位置も、向こうが有利。だけど、
「主様! 家は私が魔力で守ります。だから存分に戦ってください!」
「おう……!!」
ウッドゴーレム内部。俺の横にはサクラがいる。
常に同期した状態だ。
ああ、常に、俺の安住の地を、感じていられる状態だ。
「……ここには俺の家がある。俺の安住できる場所がある」
ならば、
「負けるわけには、いかないんだよ!!」
『食らえ……!!』
閃光のブレスが来た。
光のように、素早く燃焼する炎だ。
「……俺の家になんてことしやがる」
既に背後の森は、ヘクタール単位で焼けている。だが、
「これ以上、家は燃やさせねえ。――ゴーレム!!」
家に何十も貯蔵しているゴーレム。それを窓から打ち出し、ドーム状に広げて自分たちの盾にする。
もとはリンゴの生木の、水分を大量に含んだゴーレムでも、この火力だ。
普通に焼かれる。けれども、どうにか炭になる程度で収まった。
壁としてはまだまだ使える。
『まだまだ!!』
飛竜は、翼を打ち付けて、ゴーレムの壁を追い払う。
炎だけじゃない。その巨体から放たれる風も十分な暴力だ。
空中という優位もある。強敵だ。だけれども、
「ここは、文字通り、俺のホームなんだ……!!」
地の利がある。それを活かさない手は無い。
現在、リンゴ畑に生えている、リンゴの木は合計一〇〇本。
そのすべてを使わせてもらう。
「――伸びて捉えろ!」
瞬間、百本の樹木が一斉に伸びた。
『!?」
白竜が身をくねらせるが、遅い。
こちらには魔法鍵という、即効性のある魔法がある。
「――ゴーレム×一〇〇。掴まえろ!」
あらかじめセッティングしてある効果が、杖という触媒を利用して、発動する。
樹木の先端が、ゴーレム化し、それぞれが竜の体に手を伸ばす。
『ぬぅっ……!!』
白竜は体をローリングさせて払おうとする。
一本や二本は、それでも外せるだろう。だが、百体の腕から逃れることはできない。
既に手足に、尻尾に、胴体にツタのように絡みついている。
「――捕えた!」
代償に、俺の腰に装備していた杖がミシリと、悲鳴を上げた。
それでも、逃がすものか。
『小癪な……!!』
白竜は閃光を吐き、ゴーレムの腕を焼き切っていく。
砕けたウッドゴーレムの破片が、火山弾のように振ってくる。
だが、アーマーによる守りは完璧だ。
その中を俺は構わず突っ走り、空に伸びた樹木たちの根元へ向かう。
「仕上げだ!」
そして俺は、リンゴ畑に生える樹木たちの根元を纏めて掴む。
アーマーで太くなった腕にずしりと重みが来るが、
「なんてことねえな……」
アーマーで補助された筋力ならば、束ねた樹木を持つことなどたやすい。
そう、モード《金剛》の特徴はふたつある。
樹木百本を圧縮して作り上げたウッドアーマーだ。
ひとつは、その圧倒的な物量による、重量。
地面が沈むほどの重さだ。
そして、もうひとつは、その百本分に詰まりに詰まった魔力。
それは物理的な、絶大なる力になって、発揮される。
重さ×力。それこそが、
「《金剛》だ……!!」
『……!?』
俺は、掴んだ樹木たちを肩に担いで、
「堕ちろおおおォォ!!」
樹木の束を、一本背負いよろしく引っこ抜いた。
その力は、樹木を伝って白竜に至り、
『……ガッ!?」
白竜を森の中に叩き落とした。
空より堕ちた竜王は、その背中をしこたま大地に打ち付ける。
衝撃は全身に行ったらしい。血の呼気を吐いた。そして、
「――」
倒れたまま、動かなくなった。
サクラと同期しているから、分かる。
竜の中の魔力は収まっている。戦いは、終わったようだ。
「……大人しくしてろよ、迷惑飛竜が」
「主様の雄姿、最高でした!」
ウッドアーマーを解除することなく、サクラの称賛を受けながら、俺は飛竜の下へ歩いていく。勝利したことを、確かめるために。
●●●
ディアネイアは、気付かないうちに涙を流していた。
「あ、あれ……? なんで……」
自分の目の前で起きた事。
竜の中の王。
人間単体では到底勝てない存在。
その事実が目の前で覆ったということに感動をしていたのだ。
「――地脈の男。私は……貴方に、その強さに憧れる」
ディアネイアも一人の魔女だ。
強くなるために、修行をして、大魔術師にもなった。
強くなり、国を豊かにする為に、魔力スポットである地脈を召喚した。
けれど、その願いは彼の強さによって半分だけしか叶わなかった。
だから、少しだけ歯噛みをしていた。
……彼がいなかったら、自分はもっと強くなれたんじゃないのかと。
彼がこの力を、どういう経緯で手に入れたのかは知らない。
もしかしたら、本当に簡単で、なんでもないうちに身に付いていたのかもしれない。
だから、自分がもしその立場ならば、と、羨望しているのだと、そう思っていた。
でも、違ったのだ。
彼の強さを見る度に、彼の力を見る度に、心が熱くなる自分がいた。
体の中心が、キュンと熱くて切なくなるような、そんな感覚があった。
彼の意思は、自分の心を揺さぶった。
守るものがあるからと、竜王を相手に、一歩も引かないその姿勢も。
空の王を引きずり下ろしたその意気も。
かっこいいと、そう思ったんだ。
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