215.一日のお礼
ウサギの店を出る頃には夕方になっていた。
「若干、人が増えてきたな」
店から出ると、明らかに人通りが増えているのが分かった。
割と広い道幅があるが、先ほどよりも幾分手狭に感じてしまう。
「これから一時間後くらいにはもっと多くなるぞ、ダイチ殿。花火なども上がるしな」
なるほど。これでもまだ増加途中だったのか。
これ以上になると流石に歩きにくくなるだろうし、そろそろ帰り時だろうな。
「んじゃ、人がもっと多くなる前に軽く回って、コテージの方に戻るか。――これも使いたいしな」
俺の腰には、金の入った袋がくくりつけられていた。
先ほど、店から出る際、ウサギたちから渡されたものだ。
袋の中にはぎっしりと硬貨が詰まっている。
「まさかこんなものを用意しているとはな」
「う、うむ、すごかったな。テーブルの裏にあんなに硬貨袋を積み上げているとは」
そう。最初は一袋だけではなく、十袋くらい渡しに来ようとしてきた。
『ご主人様が初めてこの店にお越しになられたのですから、当然のことです! 初めての売上金、受け取ってください!』
などと言って、全部渡そうとしてきたのだが、流石に運ぶのが面倒と交渉した。
その結果、腰にくくりつけられる小さな袋一つだけ貰ってくることになった。
……小さな袋といっても、ぎゅうぎゅうに詰め込まれているので、数万ゴルドは入っているけれどな。
まあ、貰ってしまったものは仕方がない。
それにここは街中だ。
「コテージにいる皆に土産を買っていくとか、いくらか使い道はあるから助かるわ。ディアネイア、良さそうな店があったら教えてくれ」
「うむ、了解だ、ダイチ殿。では、この通りを案内させて貰おうか。一応、馴染みの店も幾つかあるのでな」
そうして、ディアネイアと俺は並んで街の中を歩いていく。
「しかし、この歓楽街は、すげえ発展してるんだな」
「プロシアと武装都市の間に位置する、観光都市だからな。人も集まりやすいんだ」
「なるほどなあ」
などと喋っている間に、ディアネイアの馴染みの店へとやってきた。
店と言っても半露天の屋台で、
「いらっしゃいませー、ダイチさまー」
「――って、アンネの店かよ」
そこにいたのは、アンネだった。
「うむ、昨日、在庫のアイテムを売れる場所がないかと尋ねられてな」
「そうなんですよ。ありがとうございますディアネイア様」
「なんというか、こっちに来ても知り合いの店ばっかりで新鮮味がないな」
店員が知り合いというのはやりやすくもあるけれどもな。
「で、売れてるのか?」
見れば屋台に置かれている綺麗な宝石の入った瓶は山積みだし、指輪やネックレスなども綺麗に、隙間なく並べられている。
どうにも減ったようには見えないのだが、その予想は当たっていたらしい。
「そのお、実は、全然売れてませんね……。観光地だってことで値段が高めの、竜王のアイテムを持ってきたんですが、やはり露天で売っていると怪しまれるみたいで」
「ま、まあ、竜王の装備がこんな露天で売られているとは思わないものな」
ディアネイアとアンネは二人で頷き合っているが、店を開く前に客層のチェックとかしなかったんだろうか。
「まあ、いいや。在庫があるなら丁度いい。俺が土産代りに何個か買っていくよ」
「ほ、本当ですか!? あ、ありがとうございます、ダイチさまー」
「気にするな。金が余ってるしな。――で、ディアネイアも何か欲しいものはあるか?」
「へっ……?」
俺の質問にディアネイアは目を丸くして首を傾げた。
聞こえなかったんだろうか。
「いやだから、アンタが欲しいものがあれば、俺が買おうと思ってるんだけど。何かないかって話なんだが」
だから言い直したらディアネイアは今度こそ理解したようで、
「だっ、ダイチどのが、わ、私にプレゼントをしてくれるという事なのか?」
「おう。案内してくれた礼ってことでな。何がいい?」
「にゃっ、な、何がいいと、突然言われても――り、竜王のアイテムだぞ!? わ、私にはとても選べないというか、そもそも貴方からのプレゼントを選ぶというのがおこがましいというか……」
「おこがましくもないし、どれでも良いから、好きなの選んでくれよ」
「う、うむ……」
俺の言葉に頷いたディアネイアは頬を赤く染めながら、屋台に並べられた商品の一つを指差した。
オレンジ色の宝石がついた腕輪だ。
「で、では、これを……」
「そうか。アンネ、幾らだ? というか、これで足りるか?」
「わひゃあ! ちょ、むしろ多すぎますよ、ダイチさま!」
腰につけていた金の袋をドンと置いたら、アンネにも慌てられた。
まあ、足りるのであればそれで良いや。
俺は金と引き替えに、オレンジ色の腕輪を受け取ってディアネイアに渡した。
「というわけで、ほれ。今日はありがとなディアネイア」
「いや、こちらこそありがとうだダイチ殿。これは大事に、うん、大事にさせてもらうよ……」
ディアネイアは胸元で腕輪を大切そうに抱きしめながらそう言った。
……ふむ、気に入ってもらえたようで良かったな。
そんなことを思いながらしばらくディアネイアと二人で歩いた後、俺たちはコテージへと戻っていった。





