22. 白焔の飛竜王 ヘスティ・ラードナ
夜。
俺は日が落ちるまで魔法鍵の練習をし続けていたのだが、ヘスティは付き合ってくれていた。
ただ、流石にこうも、夜の暗闇が満ちてくると、心配になってくる。
「暗くなっちまったけど、帰らなくていいのか、ヘスティ」
「ん、これで最後。もう帰る」
おお、良かった。
これ以上付き合わせて、夜中に一人、幼女を帰らせる訳にもいかないしな。
俺は練習を切り上げて、リンゴをひとかじり。これで夕飯までは持つだろう。
「ヘスティもリンゴ、いるか?」
「今日は、もう、いらない」
今まで、ニ個くらいもしゃもしゃ食わせてたもんな。腹は一杯か。
「じゃ、我、帰るね」
ヘスティは、そう言って立ち上がり、俺に背を向けた。
「おう、またな」
「うん。……さよなら(・・・・)」
そしてそのまま、彼女は、森の奥へと消えていった。
●●●
大量の魔力を含んだ水が流れる、谷がある。
険しい岩山二つに挟まれたそこは、本来人が足を踏み入れる場所ではない。
そこを住処とするものは竜しかいない。故に竜の谷と呼ばれている。
その全容を見下ろせる場所に、ヘスティはいた。
傍には、虹色の鱗をもった、二メートルほどの竜が座っている。
「竜王様」
「ん、なに?」
「そろそろ、押さえておくのは限界です。バカな竜が飛び出していくのも時間の問題かと」
「見れば、分かる」
へスティは谷にいる飛竜たちを眺めていた。
その内の半分ほどが興奮し、鼻息を荒くしていた。
彼らの話す言葉は、耳に入ってくる。
「まだか、まだ行っては駄目なのか!?」
「もう少し待て! すぐに竜王様が戦闘準備を終える。それからだ!」
「うううう……早く、早く勝負を!」
随分と好戦的だが、仕方がない。それが竜の習性だ。
弱肉強食で、自分に勝利したものに絶対服従するが……勝利していないものが大きな顔をしている事に耐えられない。
あの、龍脈の家の男と、戦ってみたくてしょうがないのだろう。
ヘスティは分かっている。
「あの人には、もう、伝え終えた。楽しかった、けど、終わり」
「そうですか……では、決行時刻は?」
「明日の朝。日の出と共に戦闘を開始する。総員、準備をして、待て」
「はっ!」
ヘスティの言葉を聞いた極飛竜は、竜の谷の中央へ飛ぶ。
「聞け! 白焔の飛竜王、ヘスティ・ラードナ様の戦闘は明朝! 皆のもの、相応の準備をして、待て!」
彼女の言葉をそのまま広めた。
すると竜達は、一瞬遅れて、大きく騒ぎだす。
「うおおおお、ついに来た――!!」
「相手は小さな人間だ――!」
「おうよ! こちらの方がデカイ! だからこちらの方がつよい!!」
「よっしゃあ、明日は皆で、竜王様の戦い、見に行くぞ!!」
「「「ウェーイ!!」」」
下方から聞こえる声に、ヘスティは嘆息する。
「……たまに、なんで、このバカどもの上をやっているのか、我、疑問に思う事がある」
「いや、本当に、なんというか、短絡的な者たちでして」
傍に戻ってきた極飛竜が頭を下げてくる。
この極飛竜は数十年くらい生きている。
つまり、これくらいの人生経験というか、竜生経験を積まないと、熟慮しないから竜は大変だ。
「まあ、いい。我、竜王だし、一度は、この集団をまとめるといった。だから、一度は、この集団を助ける」
「恐れ入ります、律儀で温かな竜王様」
きっとこれが、飛竜王としての自分の、最後の仕事になるだろう。
竜は弱肉強食だ。
自分が勝てば、今まで通り自分の下で、彼らは生き続ける。
自分が派手に負ける姿を見せれば、この竜達は彼に恭順するだろう。
それでいい。どちらかでいい。
「では、竜王様。準備を」
「ん」
ヘスティはその身にきていた服を脱ぐ。
真っ白な服を剥いで、現れるのは真っ白な皮膚だ。
月明かりを反射するような綺麗な体に、
「ん……!!」
ヘスティは、力を込める。
全身に魔力をいきわたらせ、その身を作りかえる。
より白くより巨大な、竜のものに。
「決行までに、体に魔力をたぎらせないと」
「はい、お待ちしております、竜王様」
そして、彼女は変わっていく。
「我、全力を、出せなかったから。それを出していいのは……ちょっとだけ、楽しみ」
薄い笑みを竜の顔で浮かべながら、本来の姿に。
●●●
その日、俺は朝に起床した。
「んー、久々の早起きだな」
ヘスティから魔法鍵という技術を学んだお陰か、消耗が少なかったらしい。
今度から、早起きしたい時は魔法鍵を使うようにしよう。
「ふふ、いつもより早めですが、おはようございます、主様。朝ごはん、出来てますよ」
流石はサクラだ。
俺がどんな時間に起きても、先に起きていて、朝食が用意してある。
流石に働きすぎじゃないかと思って、もっとゆっくりしてもいいと言った事はあるが、
『ほとんど眠らない私の、唯一の楽しみを奪う気ですか!?』
と、涙目で言われてしまっては、どうしようもなかった。
そんなわけで、今日も俺より早く起きて用意してくれた朝飯を食べる。
「やっぱりサクラの作るメシは美味いなあ」
「ありがとうございます」
アツアツのご飯とみそ汁と焼き肉をゆっくりと食べていく。
「最近、ヘスティちゃんと仲がよろしいようですから、負けないように私も魅力を磨いているんですよ」
その言葉にちょっと喉を詰まらせかけた。
「え? あの、サクラ? 怒ってないよね?」
「ええ、大丈夫です。怒ってませんし、嫉妬もしてません。だって、帰ってくるのは私(この家)なんですから。ただ、ちょーっと、対抗心があるだけで」
笑っているんだろうが、ちょっと目が怖いぞ、サクラ。
俺は別にやましい事とかなしに、ヘスティとは仲よくしてるだけなんだが。
基本的に知識を教えて貰っているだけだし。
「ああ、そういえば、昨日、魔法の形式を教わったと話しておられましたね?」
「おう、魔法鍵な」
サクラのは応用力に優れていて、ヘスティのは燃費に優れている。だから何でもしたい時はサクラ方式使うし、手間が掛かりそうな時は魔法鍵を使う事にした。
「ヘスティには感謝するばかりだよ。この杖もくれたしな」
と、今まで腰に差しっぱなしだった杖をテーブルに出す。
「昨日の夜も見ましたけど、この杖、かなりの魔力がこもっていますよね。……多分、主様が全力で使ったら破損すると思いますが」
ヘスティが言うには、かなり頑丈らしいのだが、サクラに言わせれば、そういう物らしい。使いどころは考えないといけないようだ。
「しかしこの杖、ヘスティちゃんが作ったんでしょうか。やけに手が込んでますが」
「素材には詳しかったから、そうかもしれないな。本当にあの幼女は不思議だよ」
毎度いつのまにかリンゴ畑にいて、夕方になると西の森に帰っていく。
「定住先が近ければ、俺もあの子の所に、遊びにいけるんだが。居場所が分からないんだよなあ」
と、俺は、窓の外を見やる。
居間からは、西の森と、岩場が良く見える。
以前教わった通りならば、竜の住処があるそうだが、
「いつか散歩で、こっそり回ってみるかな。集落があるかもしれないし」
と、呟いていると、ふと、西の岩場に影が差した。
「アレ? なんだありゃ」
西の岩場の空に、大きな体が浮かんだのだ。
それは、巨大な、白い竜だった。
今まで見た中で最大だろうか。それがこちらに向かってくる。
明らかに、こっちを見ている。
「サクラ。なんか変な竜がいるんだけど」
「はい? どうかなされましたか? 主様」
「あそこに変な竜がいてな。こっちに来るんだよ」
「あら、随分と大きな竜ですね」
全長三十メートルはあるだろうか。
巨大な岩山が飛んできているかのようだ。
その竜の背後には、数多くの飛竜がいる。
「なんだあの集団。民族大移動でもしてるのか? それとも、俺の家が目的か?」
「どうでしょうか。目に敵意は無いですし、普通に森へ向かっているのかもしれませんし」
そうか。なんにせよ移動だけなら、さっさとしてほしいもんだな。
翼を打つだけでもかなりの風がくるし。我が家がしなるほどだ。
「近くを通ったらもっと風が強くなりますから、一度下におりますか?」
「そうするか」
そうして、俺はサクラと共に、地面に降りようとした。
その時だ。
――ゴウッ!!
家の周囲を、西から東にかけて、閃光のような炎がなぎ払った
家は、焼けなかった。
しかし、中層には焼け跡がつき、内部のゴーレムは熱でいくつかやられていた。
炎の地点が高かったからか、リンゴ畑は焼けなかった。
だが、その奥にある、森の一部が灰になっていた。
――ああ、なるほど。
「サクラ、どうやらこれは、いつも通りだったらしいぞ」
「……そうですね」
進行するのに邪魔だったから焼いた、という訳ではなさそうだ。
なにせ、俺の家の上方を、陣取ったのだから。
大きな翼が空に打ち付けられ、強風が舞う。
家もリンゴ畑も揺れる。
更に、極めつけには、
『戦いに、来た。この地に住む者よ、我と、戦え。でなければ、――我が白焔をもって、焼く』
竜の言葉で言ってきた。
つまり、ああ、そうか。
姿の物珍しさにつられていたが、ちょっと期待していたが、
「……お前も、俺の安住の地を脅かすのか」
なら、戦おう。
戦わなければ、自分の家を守れないのなら。
相手は全長三十メートル。ウッドゴーレムよりずっとデカイ。
非常にデカイけれども、
「俺の家を脅かす敵は、俺の力で打ち倒す!」
怒りのままに、魔力を込めて、サクラと杖に触れる。
使うのは、同期と魔法鍵。そして今の今まで鍛錬してきた成果。
「行くぞ。サクラ」
「はい、主様。いつでもどうぞ」
「ウッドアーマー。モード《金・剛・力・士》……!!」
そして、――木の巨人は立ち上がる。
次回、割と本気の無双。
今、急いで書いていますので、数時間ほどお待ちを。遅くとも日曜1時までには掲載します。





