―side ヘスティ&マナリル― 湖の異変
湖から砂浜に上がったヘスティは、マナリルと落ち合っていた。
「ヘスティ、仮眠所のアイテムはどうだった?」
「ん、問題は無い。まだまだ使える」
プルプルと体を振って、まとわりついた水を飛ばしながら、ヘスティは答える。
そして左手に持っていた、袋をマナリルに渡した。
「はい、これ。とりあえず回収してきた」
マナリルは袋の中を覗き込んでから、一度頷いた。
「ありがとう。この道具はカトラクタ対策用のものだし、湖の中に置きっぱなしにするのは勿体ないからね」
「そう。……ああ、それとひとつ、気になったことがある。やっぱり水棲生物たちの気性は、荒くなっている傾向にある」
「えっと、荒いってどんなふうに?」
「深い所で泳いでいると、襲撃してくる。特に魔石の成分が濃い付近」
言いながらヘスティは、右手を見た。
そこには、湖の方から引きずってきた、牙の鋭い巨大な魚がいる。
「あら、それが襲撃者?」
「そう、湖からの浮上際に噛みつきに来た」
水の中で炎を使うのもアレだったので、頭に軽く打撃を加えて倒し、ここまで持ってきていた。
「随分と大きな獲物ね。保有している魔力量も少なくないレベルだけど……竜に噛みつきに来るとはね」
「昔はそういうこと、なかったよね」
「ええ、もちろん。数ヶ月前、私がいた時ですらなかったことよ」
マナリルの言葉にヘスティは頷く。
いくらコーティングをしているとはいえ、そしていくら魚が魔力を得ているとはいえ、竜に牙をむけるというのは異常なことだ。
「すごく喧嘩売ってくる姿はとても珍しくて、新鮮。好奇心がそそられる」
ヘスティは興味深そうな目で巨大魚を見やる。
「ここまで大きくなったら、大人しくドンと構えていることが、多い筈なんだけれど」
「なんでかしらね。荒くなる原因があるのかもしれないけれど。……今まで以上の魔力がないと、警戒されないのかしら?」
「あの人と潜っている時は、一切襲ってこなかったから、ありうる」
ヘスティは、朝方、湖に潜った時を思い出す。
その時はダイチが一緒にいて、そして一切襲われる事は無かった。
「ふむふむ、ダイチさんと一緒にいたときとの違いを考えると、この湖に住んでいる生物の気が大きくなっているのかもしれないわね」
「ん、そうかもしれない。あの人の傍だったら、流石に大物でも向かって来られないみたい。……知能が低い獣レベルだと来ちゃうだろうけど、それは誰でも一緒だし」
ダイチが家にいる時も、知能が低く、本能的に恐れを知らない動物系のモンスターは来ていた。
……この魚はあのイノシシと同じっぽいね。
湖には他にも魚類がいるが、どれが襲ってくるのかは分からない。けれども、
「ちょっと、対処しないと、ね」
「そうね。今の所は深部だけの異常だけれども、表面化してくると面倒だものね」
基本的に、深く潜らないで泳ぐだけなら、問題は起きないだろう。
また、この程度の魚であればディアネイアたちでも、作戦を組めば倒せるレベルだ。
ただ、ここまで分かった以上、軽い対策はしておくべきだ、とヘスティは思う。
「私も時間を使って調べてみるわ」
「ん、我も協力する」
「ありがとう。――で、その魚はどうするの?」
マナリルは、ヘスティの手に握られた魚に視線を送ってくる。
「貴方だったら、獲物を狩ったらその場で食べちゃいそうなものなのに」
昔の自分だったら確かにそうしていたかもしれない。けれど、
「お昼ごはん用に、キッチンに持っていって皆で食べる予定、だから。あの人にお世話になってるし、……喜んでもらいたいから」
「ああ、そうだったの。――ふふ、ヘスティがそんな事を言うなんて珍しいわ」
「ん、我もこの湖と同じで、昔とは少し変わってるから」
言いながら、ヘスティはほほ笑んだ。
そして、マナリルと共に大物を担ぎながら、コテージの方へ向かっていく。





