201.夜前の静かな時間
夕食を終えた俺は、上着を羽織って桟橋に腰掛けて休んでいた。
既に日は沈みかけており、オレンジ色が湖を照らしていた。
その湖に俺は、懲りずに糸を垂らしていた。すると、
「お疲れ様です、主様」
「ん、サクラか」
後ろからサクラが声をかけてきた。
夜が近いからか、水着姿にカーディガンを羽織っている。
「俺は特に何もしちゃいないよ。サクラこそ料理お疲れ様だ」
「ふふ、労ってくださってありがとうございます。主様は、朝ごはん用の釣りで?」
「いや、単純に今日は釣り日間にしようと思ってな。最初から最後までこれで行こうと思ったんだ」
作った竿の性能も確かめ終わったし、あとは流すだけ、みたいな感じだがな。
これからやることが決まってるわけでもないし、やりたいことからやっていく。
そう思っての釣り日間だ。
「だからまあ、何か魚を狙ったりはしないで、『釣りをしている』って感覚を楽しんでいるだけだよ。この景色の中で糸を垂らすのは気持ちもいいしな」
湖面には深いオレンジ色が反射しており、とても鮮やかな風景になっていた。
「本当に、夕日がきれいですね」
「ああ、森の中とはまた違った感じに見えるよな。あれはあれで綺麗なんだけど」
自宅の窓から差し込む夕日を浴びながら、ごろ寝するのも気持ちがいいしな。
「普段だったら夕飯直前の時間なのに、その時間にアウトドアな行動をしているってなんか変な気分だな」
「そうですね。私としては、こうして主様と二人っきりになれるのは嬉しいことなんですが」
サクラはそう言ってほほ笑みながら、俺の横に座ってきた。
「もうすぐ夜になりますが、主様は冷えの方は大丈夫ですか?」
「そこは問題ないな」
この辺りの気候はとても温暖だ。
水の傍というのに涼しくなりすぎないし、湿気もそこまで高くない。
半裸で過ごしていても風邪はひかないだろうなあ、と思えるような気温だ。
上着を羽織っているのも念のためだしな。
「では、しばらくはこのままで?」
「おう。このまま釣り続行だな。あと、コテージの周辺にある外灯周辺で、夜釣りを楽しむ予定だ」
外灯周辺は、日が落ちても足元がしっかり見える。
夜釣りには良い場所になってくれるだろう。
「なるほど、夜釣りですか。それなら後ほど、御夜食でも持って来ましょうか」
「おう、その時は頼むわ」
「では……それまでの間、私は主様の隣でゆっくりさせてもらいますね」
言ってサクラは俺の体に寄り添ってくる。
「見ててもあんまりおもしろくないと思うぞ?」
「いえいえ、こうして静かに二人でいられるのは、私にとっては何よりのご褒美なので」
「サクラがそれでいいなら良いけどな。なんかディアネイアが部屋で人を集めて飲み会することも考えているそうだから、気が向いたらそっちに行ってもいいぞ」
「ええ、気が向いたら、ですね」
ニコニコとほほ笑んでいるのを見るに、そこまで行く気はなさそうだな。
ただ、俺もあとで顔見せするくらいで済ませようと思っていたし、同じようなものか。
「ま、とりあえず、だらっとやるか」
「はい、だらっとやりましょう」
そうして、サクラの横でまったりと釣り糸を垂らしながら、俺は旅行初日の夜を過ごしていった。





