199.午後の大物
岩場で釣り上げた……というか呼び寄せたのは、全長5mはあろうかという巨大なタコだった。
「デカいタコだな。一応聞くけど、タコでいいんだよな、ディアネイア」
聞くとディアネイアは口をあんぐりと開けながらも、タコから目を離さずに頷いた。
「あ、ああ。タコという認識で問題は無いが、正式名称は、さ、サンズ・オクトパスという水棲生物だ」
ディアネイアは名前まで知っていたらしい。
まあ、詳しく知れるのは良いことだ。その調子で色々と教えてほしいものだが、まず聞かなければならないことは、このデカさについてだろう。
「この近辺で取れるタコって、こんなにでかいのか?」
「い、いや、ここまで巨大化したものを見るのは初めてだ」
ディアネイアは呆気にとられている。その横でマナリルは首を傾げていた。
「もしかすると、カトラクタがいなくなったことで、大型化したのかもね。魔力によるプレッシャーが一気に無くなったようなものだし」
そうだとしたら、ディアネイアが驚くわけだ。
こんなでかいのが前からウロチョロしていたのだとしたら、色々と大変だろうしな。
「なるほど。まあ、珍しいものが見れたって感覚で行くとして、コイツ、どうするかなあ」
この大きさのものを生簀には入れられないしなあ、なんて思っていると、ディアネイアが俺の肩を掴んできた。
「だ、ダイチ殿? か、かなりのプレッシャーを向けられているのだが、よく平常通りで、いられるな」
「いやまあ……うん。タコだしな」
確かに、巨大なタコはギョロっとした目をこちらに向けていた。
微妙に敵意も感じるけれど、普通に海産物としてよくいるようなタコだから、なんだか気が抜ける。
ただまあ、敵意を持っているのは確か見たいなので、対処はしよう。そう思って岩場にゴーレムを集めていると、
「あ、おい、ディアネイア。足元にさっき釣ったタコの足がいるぞ」
「へ? ――い、いつのまに!?」
ディアネイアは咄嗟にその場から離れようとした。
しかし、タコの足はそれよりも素早くディアネイアの太ももを掴んだ。
「ひゃあああああ!?」
そして、そのまま拘束されていた。
自分で釣った獲物に捕らえられるとか、何をやっているんだろうな、この姫は。
だが、被害はそれだけではないようで、
「ちょ、ちょっと! か、返しなさい!」
隣にいたマナリルも触手の一撃を受けていた。
ダメージはないみたいだが、上の水着を持っていかれたらしい。
触手に水着の一部が引っ掛かっている。
「……どうしてそうなった?」
マナリルは手で自分の胸元を抑えながら、涙目でタコを睨みつけていた。
「こ、このタコの足、結構な魔力があるみたい。それも、アンネの水着の防護を突破できるくらいの力よ」
「まあ、そうみたいだな」
「それに、ヌルヌルな癖に吸盤があるから、擦っただけでほどけて、持ってかれてしまったのよ」
見れば、タコの足は中々機敏に、そして不規則に動いている。
突然の登場に俺たちも呆気にとられていたし、一瞬の隙を突かれたんだろうな。
「ひ、ひうっ……ぬ、ヌルヌルは駄目だ……!」
そしてディアネイアはディアネイアで涙目になってるし。
結構な大惨事だ。
収拾がつかないので、助けるべきだろうが、
「ええと、タコを締めるには、どこを攻撃すればいいんだっけ?」
鮮度も保ちたいし、活け締めをしたいところだが、狙う場所を覚えていなかった。
適当に攻撃して身を散らすのももったいないしな、なんて思っていた、その時。
――ヒュッ。
と俺の背後から包丁が飛んできて、タコに突き刺さった。
タコはビクンッと体を跳ねさせて、動きを止めた。
「ん?」
振り返ると包丁を手にしたサクラがいた。そして、タコの元まで歩くと、手にしていた包丁をもう一回叩き込んだ。
「タコをシメるにはここを狙うのがいいですよ、主様。目と目の間です」
「お、おう」
ニッコリ笑顔でタコの眉間に包丁を突き刺しているのを見ると、少し怖いな。
でもまあ、場所が分かったのならば大助かりだ。
「……まだ、動いているみたいだしな」
包丁が突き刺さってもなお、タコは動いていた。
先ほどの二撃は、一瞬だけ、タコの動きを止めただけのようだ。
というか触手をサクラの方にまで伸ばしている。
ただ、サクラは気にすることなく、包丁の背中でタコの足を払っていた。
「あら、私の包丁ではちょっと短かったようですね」
「みたいだな。でも、トドメは任せておけ。金剛・ヴァジュラ――腕だけバージョン」
俺はウッドアーマーの腕部を装備する。
樹木の杵がついたものだ。
「弾かないように、丁寧にっと」
そして、くい打ちをするように、眉間に槍を叩きこんだ。瞬間、
「ギイイ……!」
タコから声のようなものが聞こえると同時、その全身が一気に白くなっていった。
「や、やっととれた……!」
足からも力が無くなったのか、ディアネイアも解放されたようだ。
「あ、ありがとう、ダイチさん」
マナリルも無事に水着を回収していた。
どうやら騒ぎは終わりなようだ。
「こ、こんな巨大物の動きを、一瞬で止められるとは……。あ、相変わらず凄いな貴方は」
「でかくてもタコだしな。あと、凄いのは締め方を覚えていたサクラだと思うぞ」
「いえいえ、綺麗にトドメをされたのは主様ですからね。ただ、お役に立てて何よりです。調理場のほうで捌く準備もしておきますね」
そう言ってほほ笑んだサクラはててっと調理場の方へ走りだしていった。
「まあ、色々あったけど、大物が釣れて何よりだな、ディアネイア」
「う、うむ。本当に色々あったけど、釣れて良かったよ……」
夜はこれを使って、タコ焼か、タコ炒めか。
なんにせよ、旅行初日の夕飯はバーベキュー三昧になりそうだ。





