20.積み重ねた知識と、知識を越える力
俺は、リンゴ畑の切り株を机代わりに地図を広げ、へスティから様々な知識を貰っていた。
「ここがアナタのいる場所。魔境森という森の西の外れ。ここから更に西にいくと、竜の住んでいる谷がある」
ほうほう、なるほど。この辺りに竜が多かったのはそのせいか。
「魔境森は二つの種族に支配されていて、南が人狼。北に、戦闘兎がいる」
「へえ、人狼だけじゃないのか」
俺が知っているのは人狼だけだが、ウサギっぽい種族もいるらしい。名前はちょっと物騒であるけれども。
話を聞くと、戦闘兎とは、ウサミミを持った人のような、小柄な姿らしい。
全く見たことがないな。
「人狼の勢力がまだ強いから……でも、この魔力を持っていれば、必ず、会うと思う。魔力に引かれるのは、生物の性だから。これからきっと、戦いに一杯、巻き込まれると思う」
「冷静な口調で言ってくれるな、ヘスティは」
「嫌だと思っても、向こうから来る。詰まらないと思っても、絶対に来る。それは、事実だから」
旅をしてきた、というだけあってヘスティはかなりドライだ。ところどころ、実感のこもっているような口調でもある。
「でも、知識があれば大丈夫。ということで、話を戻すけど、森を抜けると、魔女の国プロシアがある」
「ディアネイアの国だな」
「森からは良質の魔光石が採れるので、色々な魔法製品を産出している国。人も多い」
地図で見ると、結構近いな。森が横に短いせいもあるからか、ちょっと走ればすぐに着いてしまいそうだ。
「うん、でも、抜けるにはモンスターやはぐれ竜の巣、人狼や戦闘兎に気をつけなければならないので、大変。特に魔光石は一杯あると、自動的にゴーレムになって暴れる事もあるから」
つまり、この魔境森には危険がいっぱい詰まっていると、そういうことか。
「そう。でも、アナタなら、大丈夫かな。ほとんど、効かないし」
「あんまり過大評価しないでくれよ」
俺は普通に家で過ごしているだけなんだからさ。
「でも、竜とか、普通に倒してるでしょ? ここにも、結構、鱗が落ちてるし」
ヘスティは、足元に埋もれている虹色の鱗を掘り出す。
以前の飛竜のものだろう。
「これ、極飛竜。強い竜」
「そうだったのか」
虹色だから珍しいとは思っていたけど、強かったのか。
「知らなかったの? じゃあ、どうやって倒したの?」
「ちょっと、思い切り叫んで、魔力を飛ばしたんだよ」
一回目は外したが、二回目はクリーンヒットした。それで撃ち落としたんだ。
そう言うと、ヘスティは目を丸くした。
「魔力の波動だけで倒したの? あれを?」
「え? 駄目だったのか?」
「一応、あれの装甲は、竜の中でも堅い方。種族で言えば、二番目か、三番目くらい。あの竜、とても頑丈で、早い。普通は、倒す為に、相応の準備をする」
そんな竜だったのか。
たまたま小さいのがいたから狙っただけなんだが。
「極飛竜は、竜の中でもバカ種族筆頭。知能はかなり低くて、年月を経ないと動物なみだけど、頑丈だから、倒しにくい。素材も、出回らない」
「ああ、だからディアネイアも珍しいとか何とか、喜んでいたのか」
ようやく理解したよ。
どうにも知識差があると、認識に差が生まれて困るな。だからこそ、こうしてヘスティに教えて貰えるのは有難いわけだが。
そうだ、有難いついでに、少し追加で聞いておこう。
「なあ、ヘスティ。この鱗は頑丈って言ってたけど、なんか他に特殊な性質とかあるのか? 一定条件で柔らかくなる、とか」
「え?」
確かに、手触りは堅い。
刃物になるほど堅いのだが、
「よいしょっ……と」
魔力を込めてギュッ握る。
以前、ナイフに加工した時のように。
すると、今回も鱗は簡単に変形し、ねじ曲がった。
緩い螺旋を描いて、ドリルっぽくなった。
何かに使えるかもしれない。ともあれ、
「こんな風に、加工はし易いんだけど。そういう性質なのか?」
「……訂正する。普通に使う分には、頑丈。とてもとてもとても強い魔力をあてたときは、そうなる」
「そうか。魔力で変性するタイプなんだな」
これは良いことを知った。
まだまだ鱗はあるし、調度品を作る素材には良いかもしれない。
ありがとな、とヘスティを見ると、彼女は難しい顔をして頭を押さえていた。
「どうした?」
「……ちょっと、考え過ぎて、頭が痛くなっただけ」
「おお、そうか。ほどほどにしておけよ」
「ん」
小さく頷くヘスティ。
なんというか、最初は無表情にみえていたけれど、感情表現は豊富みたいだ。
小さいながらも大きな動きが微笑ましい、と思っていると、
「ん?」
目の端で、ゴソリ、と動く姿があった。
ヘスティも気づいたようだ。そちらを見る。そこには、
「魔光石の、ゴーレム……」
二足歩行をするモンスターがいた。
●●●
真っ白な岩をいくつも積み上げて、人を真似たような体をしている。
中央上部には顔にあたる部分があり、白く強く光る石が目のように光っている。
「これが自動生成されるっていうゴーレムか?」
「そう、魔力に引かれてきたみたい。自動生成型のゴーレムはより強い素材とより強い魔力を求めて動きまわる性質を持つから」
初めて見るタイプのモンスターだが、ヘスティが解説してくれるので分かりやすい。
「魔光石はとても堅牢。だから堅さでは、飛竜の皮膚と同等。動きは遅いけど」
「そうか。じゃあ、とりあえずゴーレムを作って倒すか」
ウッドゴーレムのパンチなら、コイツにも効くだろうし。
「んー、基本的に、石と土がある限り再生しまくるから、倒すのはお勧めしない。不毛」
「不死身ってことか?」
「それに近い。ゴーレムは大体、そんなの」
なるほど。それは面倒だ。
「だから、ゴーレムを遠くに投げたり、囮を使ってどこかへ向かわせるといい。そうすれば興味が他に移る。――たとえばアナタが持ってる、その鱗は囮にすることも出来る」
ああ、そう言えば、強い素材を求めるって言ってたな。なら、都合がいい。
どうせ、使い道はそこまで無いものだ。
「それじゃあ、これをくれてやろう」
先ほど作った竜の鱗のドリルを投げつける。
それに夢中になっている間に、ゴーレムを作ってしまおう、とそう思って。
だが、投げた瞬間、
――ドシュッ!
と岩が削れる音と共に、ドリルがゴーレムを貫いた。
「え?」
それだけじゃない。空いた穴からゴーレムは爆裂し、半壊した。そして、そのまま、粉のように砕け散った。
「どういうことだ」
囮代わりに投げたのものが、爆弾を投げたような感じになっているんだが。
解説を求めようとヘスティの方を見ると、彼女もまた驚きで身を乗り出していた。
「……あの矢じりに魔力が上乗せされてた。だから、あんな威力になった」
「そうなのか。でも矢じりって」
ただのねじ曲がった鱗だったんだけど。
上手い感じにドリルっぽくなったけどさ。
「凄まじい力。同系統の竜でも、貫ける。あのゴーレムも、もう粉になってどこかへ吹き飛んだから、この近くでは再生しないと思う」
「お、おお、それは良かったけどさ」
モノを投げるときには気をつけなければ。
●●●
ぐー、とヘスティの腹が鳴った。
どうやら、かなり長い間、喋り続けていたらしい。
「腹減ったな」
「ん」
空を見れば、もう夕方だ。俺もヘスティも腹も減る。だから、
「ほい、リンゴ。夕飯までのおやつ代わりだ」
「ん……ありがとう」
リンゴをもいで渡して、食わせておく。
もしゃもしゃ食べるヘスティを見ると、なんだか、小動物に餌やりをしている気分になる。
そして彼女はリンゴを食べ終わると
「――時間、たち過ぎた」
そう言って立ち上がった。
「おう、帰るのか」
「うん、もうすぐ、夜になるから」
そうか。太陽も落ちかけて、暗くなりそうだし。
安全にかえるには良い時間か。
「また、来てもいい? ――もう少しだけ、我にも、時間は、残っているから」
「おう、好きな時に来てくれ。それじゃあな」
「うん、またね」
こうして、ヘスティ先生の教え一日目が終了したのだった。
大晦日という事もあって、少し長め。今年はありがとうございました。新年からもバリバリ連載していきますので、よろしくお願いします!





