191.初日の釣果
湖の一角にあるコテージ群。
その近辺には、小さな桟橋があった。
その橋の上で、ダイチは麦わら帽子をかぶって釣り糸を垂らしていたのだが、
「あれ、いきなり釣りなの、ダイチさん」
「おう、マナリルか」
マナリルが声をかけてきて隣に座ってきた。
「泳がないの?」
「ああ、泳ぐのはいつでもできるし……、まずは作った釣り竿を試したくてな」
自作品の効果をまず確かめたい。
そう思っての釣りだ。
「そういうところ、ヘスティに似ているわね。ヘスティも新作の杖は速く試したがるし」
「はは、ヘスティは俺の先生だからな」
ものづくりの知識もだいぶもらっているし、似たのかもしれないな。
「ふふ、ダイチさんが似ているってヘスティに言ったら喜ぶでしょうね」
「そこのところは俺にはわからないけどな。……ところで、マナリルはなんでこっちに?」
マナリルこそ、泳がないんだろうか。
「あー、向こうは向こうで楽しそうなんだけどね。ちょっと派手だから」
マナリルが視線を向けた先には、大勢がいた。
その中でも目立っているのは、カレンとラミュロス、アテナたちで、
「ふう! 力試しに水場はもってこいですね! というわけで、いきますよアテナ王女!」
「うん!」
威勢のいい声をあげたカレンは、アテナを小脇に抱えて、
「とう!」
思い切り放り投げた。
「わーい、楽しいー」
アテナはアテナで歓声を上げながら、湖に突っ込んで水柱を上げていた。
「十五メートル……うーむ、まだまだですね」
「あ、次はボクねー。アテナちゃん、いける?」
「もちろんだよ、ラミュロスさんー! どんときて!」
という感じで、人間水きりというか、人間投げで盛り上がっていた。
「……楽しそうだな」
「うん、凄く楽しそうなんだけど、私は遠慮したいかな」
「なるほど。俺も遠慮したいから、しばらくは釣り続行だな」
旅行初日に、あんなエネルギッシュに遊ぶ気にはなれん。
「そうね。で、釣れているの?」
「一応、マナリルが釣れたな」
「ふふ、そうね。釣られちゃったけど、それ以外には?」
「まあ、釣果は全然だ」
俺は釣り竿を引き上げる。
その先にはいまだ、綺麗な形をしたルアーがぶら下がっている。
……リールがないからな。
糸の先についたルアーを適当に動かすだけになっている。
それだけでも、魚が突っついてくる感触はある。けれども、中々釣り上げることができていないのが現状だ。
「魚が欲しいなら、魔力をぶち当てれば採れるけど……そういうものじゃないものね」
「ああ、分かってくれて何よりだよ」
別に魚が欲しくて釣りをしている訳じゃない。
雰囲気を味わっているだけだ。
……ちょっとだけ負け惜しみは入っているけれどもな。
ともあれ、どうすれば釣れるか、と考えていると、ふいにマナリルが糸を手に取った。
「あれ……? 今更だけどこの糸、魔力が強すぎないかしら?」
「そうなのか? ああ、でも竜の素材を使ったから、多少は強いのか」
「ええ、多少というか、かなりよ。たぶん、これじゃあ普通の魚は近づけないわ」
ふむ、なるほど。
俺の腕が未熟な事以外にも、釣れない理由があったのか。
……と言っても、糸の魔力なんてどうやって解決すればいいんだろうな。
別の糸を使って試せばいいんだろうか。
……でも、そうだとしたら、せっかく作った糸がもったいないな。
強度的にはとても強いし、どうにかしてこれを活用したい。
ほかの糸を探すのは最終手段として、この竜の糸の利用法について俺が頭を悩ませていると、
「やっぱり、糸の魔力、すごいね」
麦わら帽子をかぶったヘスティがやってきて、そんなことを言ってきた。
「ヘスティ。やっぱりって、予想していたのか?」
「もしかしたらっていうレベル。実験するまではっきりわからないから、言えなかったけど」
そうだったのか。でもまあ、結果的にヘスティの予測通りになったわけだが、
「対応策とか、あるのか?」
「んー、一応、コーティングをものに使う、というのが、ある」
「人以外にも使えるのか?」
「可能。ちょっとだけ、感覚は違うけれども。見てて」
そういって、ヘスティは俺の釣り竿と糸に触れた。そして、
「《コーティング》」
普通に魔法を行使した。
釣り竿にうっすらと光がまとわりつき、そして一瞬で消える。
「おー、本当にできるんだな」
「ん、これで、いけると思う。……どう、マナリル。魔力、感じる?」
「いや、全然、普通になったわ。これなら問題ないんじゃないかしら」
竜王二人の感知能力によれば、糸の魔力が収まったらしい。
ありがたい話だ。
「んじゃあ、これだとどうなるか。実験再開ってことで。一応、釣り竿と糸は何本もあるから、ヘスティたちもやるか?」
「ん、やる」
「ええ、私も。お言葉に甘えて」
そんな感じで、俺は竜王二人に挟まれて釣りを再開した。
竜王二人以外にも、何か釣れるといいな。





