188.移動時間は数秒
俺の庭に竜王が揃ってしばらくした後、ディアネイアはやってきた。
「おはよう、ダイチ殿。今日からよろしく頼む」
「ああ、こちらこそ。……って、ディアネイア一人なのか?」
てっきりアンネやカレンも連れてくると思っていたのだけれど、そこにいるのはディアネイアだけだった。
「うむ、アテナやカレンは先に行って、色々と準備をして貰っているからな。ここには私だけだ」
「なるほどな。じゃあ、向こうで合流するわけか」
それなら、心配いらないな。
あれほど行きたそうにしていた二人だし、何か所用で行けなくなった、とかだと少し可哀そうだったし。
「ま、問題なさそうで何よりだよ。――それで、ディアネイアの方も準備はできているのか?」
「ああ、心の準備も体の準備もばっちり、させて貰っているから大丈夫だ。いつでもいけるとも……!」
ディアネイアは僅かに頬を染めながらそう言ってきた。
彼女も彼女で、旅行を楽しみにしていたんだな。
それはいいことだ。
「うん、それじゃあ、移動を頼めるか」
「ああ、任せてくれ! ――ええと、皆いらっしゃるようだが……そこで寝ているラミュロス殿はどうするのだ?」
ディアネイアの視線の先には、相変わらずご就寝中のラミュロスがいた。
まだまだ起きる気配がないようだが、
「こいつも一緒に連れて行っちまって良いぞ。な、ヘスティ」
「ん、大丈夫。起きなくても、その辺に転がしておくだけだから」
ヘスティからのお墨付きを得たことだし、適当に連れていくことにした。
「だ、そうだ」
「う、うむ、了解だ。それと、ダイチ殿」
「ん? なんだ?」
ディアネイアは急におずおずとした喋り方で尋ねてきた。
彼女の視線は俺の後ろ、ゴーレム軍団達の方にあって、
「このゴーレム家具たちがどうかしたか?」
「か、家具、そうか、家具なのか。……このゴーレム達も、連れていくつもりなんだろうか」
ディアネイアは恐る恐る聞いてくる。
「あれ、無理だったか? 移動人数制限に引っ掛かるとかだったら、減らすけど」
「あ、いや、無理ではない。私の技量もそこそこ上がっているから、ここにいる全員とゴーレムをまとめて移動させることはできる。できるが……攻め込む為の準備ではないのだよな?」
「うん? 当たり前だろう。戦闘用じゃなくて、家具なんだから」
それ以外の何物でもないぞ。
ああ、一応ゴーレムではあるけれども。やはり家具として扱うつもりだしな。
「う、うむ、そうか。そうだったな……で、ではゴーレムたちも一緒に送るとしよう」
そう言うと、ディアネイアは深く呼吸した後に頷いた。
「……あれは……なんてことない……ただの道具だとも。そう、ダイチ殿にとっては道具に過ぎないんだ……」
なんだか小声でぶつぶつ言っているけれど、とりあえずこの件も問題なさそうで何よりだ。
移動役からの許可も出た所で、俺はゴーレムたちを俺の背後に纏めておく。
あまり広い範囲にいるとテレポートが大変になるらしいからな。せめて負担は減らしておこう。
これで移動準備は完了だ。
「さて、俺はいつでもオッケーだが……忘れ物がある奴とかいるかー?」
周りに言葉を飛ばして準備の確認していく。
すると、すぐにそれぞれが大丈夫だという頷きを返してくる。
……まあ、忘れ物があった所で、戻って取ってくればいいだけなんだけどな。
そこまでの遠出じゃないし。それが分かっているから、こうして出発も気楽にしていられる。まあ、それは置いておいても、現時点で全員の用意は整ったようだ。そう思った俺は、
「大丈夫。そう、私はこれを送っても大丈夫だとも……」
未だににぶつぶつ言っているディアネイアに声をかけた。
「ディアネイアー。こっちはヨシだけど、アンタも大丈夫か?」
「ひゃっ!? ――あ、ああ、もちろん、大丈夫だとも!」
俺の声に一瞬驚いたような顔を見せたものの、ディアネイアの顔はすぐに引き締まった。そして、
「それでは、出発するとしようか。――テレポート」
俺たちの旅行は始まりを告げた。
ディアネイアの魔法により移動は数秒のうちに完了する。
旅路などあってないものだ。
先ほどまで、俺の視界には庭があったが、テレポートする一瞬だけで、視界が歪む。
ただ、その視界のゆがみが晴れた時、
「おお、ここが、湖か」
俺の目には雲ひとつない青空の下に広がる巨大な湖が映っていた。





