171.覚えた技術の本領発揮
昼飯から一時間もすれば、ヘスティの泳ぎもサマになってきた。
今では普通に俺達と並んで泳げるほどだ。
「ん、泳ぐのって、楽しいね」
ヘスティはそう言って笑ってくる。
「そう言ってもらえると、教えた甲斐があったってもんだよ」
「私も姉上さまとダイチ様のスキンシップが見れて鼻血モノでしたよ!」
アンネの奴は岸辺の方で、本当に鼻血を出していた。
割と湖が血に染まるレベルで。
……竜王の血液って結構貴重なものだったよな……。
あんなにドバドバ流していて良いんだろうか。
見れば、湖の水が血の色で濁る前に、カトラクタが血を一か所に集めて、固定しているし。
マナリルもちょっと歌って浄化をし始めているし。
湖を綺麗に保とうとしているカトラクタとマナリルにはお疲れ、と言うべきか。ともあれ、
「アンネ。鼻血をだしたんなら休んでおけよ。色々と危ないから」
「あ、はい。わはりました」
そうして、彼女は鼻を抑えて湖横のベンチで座って休み始めた。
これで少しはカトラクタも楽になるだろう、と思っていると、歌を止めたマナリルが近寄って来た。
「あ、ありがとうね、ダイチさん」
「いや、気にするな。マナの為ってだけじゃない」
鼻血を出したまま湖で泳がれると、なんだか危なさそうで、気が気じゃなかっただけだしな。
そう言うと、マナリルは目を丸くしてから、くすっと笑った。
「うん? 笑うところか?」
「ふふ、違うの。ダイチさんは優しいなって思って」
「いたって普通の判断だと思うぞ?」
「竜王に普通の判断を適応させるのは、普通じゃないと思うわ」
そういうものかね、と俺が首を傾げていると、
「そうだ。ダイチさん、水遊びが好きなら、今度、私が元いた湖に遊びにこない?」
「元いたって、武装都市の近くにある湖の事か?」
「そうよ。あそこは、ここよりも広くて深いし、魚も一杯すんでいるから、遊泳には丁度いいわよ」
ああ、そうか。そっちには魚とかの生態系もしっかりできているのか。
シュノーケリングとかするには良さそうだな。
「湖底の方に行くと色々と、もっときれいだったりするし。湖底ウォーキングとかもオススメよ?」
「いや、オススメされても、俺は水中で息するとか出来ないんだけど?」
湖底を歩くには、そう言った魔法が必要だろうけれども。俺はその方法は知らない。
だから、そう言ったのだが、マナリルは意外そうな顔でこちらを見た。
「え……? でも、ダイチさんってコーティング使えるのよね?」
「おう」
「それで、息できると思うわ。この魔法は、魔力の層を作るものだから。水から空気が越し出される筈よ」
「……マジ?」
俺はコーティングを教えたヘスティの顔を見た。すると、彼女も、頷いた。
「可能。やってみるといい」
「お、おう。それじゃあ、コーティング……」
俺はコーティングを体に付与したうえで、水の中に顔をつけてみた。すると、
「どう?」
水の中でも普通にヘスティの声が聞こえた。
というか、水が口の中に入って来ない。そして、普通に空気が吸える。
水が空気に変換されているような感覚すらある。
「……本当に呼吸できるな、どうなってるんだ、これ」
「基本的にコーティングというのは、厳しい環境の中でも自分を保護して生きられるようにする魔法なの。魔力が生存に必要な空気に変換されることもあるわ。だから水中でも当然有効なのよ」
そうだったのか。
今の今まで知らなかった。
「てっきり魔力を抑え込むだけの魔法かと思っていたが……」
「ん、流石に、それは、魔法としてはメリットが少なすぎるから、ね。気配を抑えるときくらいしか、使えないし」
「……そんな凄い魔法を、教えてくれていたのか、ヘスティ」
「いや、その凄い魔法を、一発見ただけで覚えたアナタの方が凄いと思う、けどね」
そう言って、ヘスティはほほ笑んだ。
「でも、技術が役に立って良かった」
「おう、俺も予想外の方向で役に立ったけど、良かったよ」
どうやら俺は、いつのまにか水中呼吸の魔法を覚えていたらしい。





