170.暑い日の食事
ヘスティとアンネに教えるという事になったが、俺は別にインストラクターでも何でもない。だから道具を使おうと思い、
「ええと……とりあえず水に浮かせる補助具がいるな」
俺は、湖の傍に生えている樹木を一部使わせて貰う事にした。
「樹木よ、変化せよ」
樹木の内部に大量の空気を取り込んだまま、薄い板状に変化させる。
大きさはおよそ一抱えほどにして、外周は程良く柔らかくしておく。そうすれば、
「よし、浮くな」
浮力とかの具合は良く分からないけど、手で押しても十分押し返して浮かんでくる。バランスも良い。
これで、ビート板の完成だ。
「よし、コレを使いながら、浅瀬で練習するか」
「えっと……? どうやって、使えば良いの?」
「両手でこれを握って、浮かぶ練習をするんだよ。こうしてな」
ビート板を持って困惑顔をしているヘスティに対し、俺は実際に使って見せてみた。
「やってみる……」
と、ヘスティはビート板を掴んでチャプチャプと浮かび始めた。
覚えるのが早いなあ。
「はああ……姉上さま、可愛らしいですう……」
アンネはアンネで、ビート板の使い方をマスターしたようで、ぷかぷか浮きながらヘスティの背中を眺めていた。
背中というか、位置的には尻か。ちょっと危ない視線なので、俺がさえぎっておこう。
「ああん! 姉上さまの背中が。――いや、でも、ダイチ様のお体も力がみなぎっていて素晴らしい……」
そしたら視線が俺に来た。
もう面倒だから無視しておこう。
アンネは飲み込みが滅茶苦茶も早いし、ビート板ありなら、殆んど泳げているようだしな。
なんて思っていると
「あの、ダイチさん。何というか、ダイチさんが相手だとアンネが興奮しすぎちゃうから、私が面倒を見ておくわね」
申し訳なさそうな顔をしたマナリルが来た。
彼女がサポートに入ってくれるというなら、万全だろう。
「頼んだ」
あとは、ヘスティだが、
「んぷ……浮かぶのはオッケー。けど、進まない?」
彼女も水面に浮かぶことはマスターしたようだ。
だが、泳ぎはまだできないらしい。
「ああ、こっからは、俺がサポートするわ」
次の段階に入ろう、と俺はヘスティの前まで歩いていって、彼女の両手を握る。
「んじゃ、ここから俺は後ろ歩きするから、足をバタバタさせて進んでみるといいぞ」
そう言うと、俺の両手にがっしりと力がこもった。
「りょ、了解……」
「いや、そこまで強く握らなくても離さないから大丈夫だよ。というか、そんな力が入ってたら泳げないぞ」
「う……ん、分かった。我の体、お願いします」
「おう。お願いされた」
俺が頷くと、ヘスティは俺に体を任せてきた。
そうしてしばらく、俺はヘスティに合わせて泳いだ。
●
練習すること十数分。
ヘスティも若干ながら、補助なしで泳げるようになってきた。
彼女をサポートしながら泳いでいると、
……ゆったりと涼しく運動できて良いな。
と、思っていると、
「主様ー。お昼ご飯持ってきましたので、キリのいい所でどうぞー」
岸の方から、弁当の包みを持ったサクラが声を飛ばしてきた。
「おー、もう昼飯のタイミングだったか」
ただ、ナイスタイミングだな。
へスティも水に浮く感じを掴めて、補助なしで浮いて泳げるようになった事だし、
「よし、それじゃあ、ひとまずメシ休憩にするか」
根を詰め過ぎても、楽しくないしな。
「ん、分かった」
そうして、岸に上がった俺たちは軽くシャワーを浴びて、食事タイムに移ることにした。
樹木を利用して作ったテーブルの上にはサクラが作ってくれた料理が並んでいる。
ただ、いつもとは少し毛色が違って。
「今日のお弁当は焼そばとか、ソーセージとか、味を濃いめにした海の家風にしてみました」
「湖だけどな、ここ。でも、いい感じだ」
水泳でかなり汗を掻いていたのか、塩気のある料理がとても美味い。
全身運動だから腹も減っていたらしい。
それらの結果が合わさって、食事の箸がどんどん進む。
……たまにはこういうのもいいなあ。
そんなことを思いながら、俺は竜王たちと共に昼飯を食べていった。





