169.竜との納涼
シャワーと準備体操を終えた俺は、湖の中で軽く泳いでいた。
暑い気温のお陰で水がとても気持ちいいのだが、
「ここの水はやけに綺麗だな」
湖の底まで見える程の透明度が、更に気持ちよさを後押ししているように思えた。
泥なども浮いてこないし。
「こんなにきれいなのは、マナが管理しているからか?」
隣でゆったりと泳ぐマナに尋ねると、彼女は静かに頷いた。
「ええ、私の歌で毎日浄化してるし、そうでなくともこの中にいるカトラクタが水を循環させているの。だから綺麗なままなのよ。……飲料にはあまり向かないから、ダイチさんの裏庭の泉には少し劣るけどね」
そう言って苦笑しながらも、彼女は水の中を自在に泳ぐ。
というか、半ば体を溶かしているようにも見える。
「何というか、凄い泳ぎ方だな」
「水に適している体の構造をしているから、これくらいは出来るわ。……普通に泳ぐことも出来るけれど」
マナリルは苦笑しながら、溶かした体を元通りにした。
そして、水面にあおむけになって浮かび始める。
とても気持ちよさそうだから俺もやろう。
……全身の力を抜いて、っと。
そうすると体が自然と水面へ浮き上がる。
そのまま脱力してぷかぷかと浮いていると、
「んお?」
不意に、背中を支えてくる感覚があった。
首をまげて下を見ると、小さな水の竜の背中が、俺の体を乗せていた。
「って、カトラクタか?」
「ええ、……背中に乗せるってことは、相当ダイチさんの事を好いているみたいね」
ふむ、そうなのか。これはこれで有難いな。
見えない浮き輪をつけられた感じで、とても楽でいい。
空からは強めの日差しが降ってくるが、体はしっかり水の中に入っていて良い感じに涼めている。
周囲を見れば、マナリルやサクラも楽しそうに泳いでいる。
中々にいい納涼場所だなあ、と思っていると、
「うん? ヘスティは何してるんだ?」
岸近くの浅瀬で、ヘスティはちゃぷちゃぷと体に水をつけていた。そして、
「んー……よし」
俺達を見て、数秒考えた後、意を決したように中心へと飛び込んできた。
そして――、
――ボコココココ。
と、空気の玉を口からもらしながら、ヘスティは湖の底に立つことになった。というか、
「へ、ヘスティー……?」
完全に沈んでいた。
俺の視線に何かしらを感じたのか、ヘスティはそのまま湖底を歩いて岸まで上がっていった。
「大丈夫か?」
俺は岸に近づいてヘスティの顔を見る。
びしゃびしゃだが、特に酸欠とかにはなっていないようだ。
そして彼女はぷるぷると体を振って、水を払いつつ、
「大丈夫、息は出来ていた」
「いや、そうみたいだけどさ。沈んでいたよな?」
「そう。……我、泳げない」
少し残念そうな表情でヘスティは言った。
「マジか……」
「ん、本当」
なんだかんだ万能なヘスティだが、料理に引き続き、こんな弱点があったとは。
「あ、私も泳げませんよ。そこも姉上さまと同じで嬉しいですー」
更にアンネも便乗するように告げてきた。
というかこの竜王もさっきまで沈んでいたようで、全身びしょびしょである。
「……竜って泳げないってワケじゃないよな?」
俺は視線を湖の中央付近にいるマナリルに向けた。だが、
「そんな事ないわよ。ほら」
マナはちゃぷちゃぷと立ち泳ぎを見せてきた。そうだよな。さっきも泳いでいたもんな。
「まあ、純粋にヘスティとアンネが泳ぐのが苦手ってだけよ」
マナリルの言葉を聞いて、改めて二人を見ると、
「私は土と鉄の龍ですから、あんまり得意じゃないんですよー」
「……我は空を飛んでばかりだから、水中移動も同じ風にしかできない」
それぞれに理由があるようで、答えてきた。
……まあ、二人とも息は出来るから、それでもいいんだろうけれど。
なんて、思っていると、ヘスティがとてとてと近寄ってきて、
「もしよければ、泳ぎ、教えて貰っても、いい? 我、アナタと一緒に泳ぎたい」
俺の顔を窺うようにして言ってきた。
まさか俺からヘスティに教えるような事があるとは思わなかったけど、今まで教えてもらってばかりだったもんな。
「おし、いいぞ。それじゃあ、ちょっと教えるか」
「ん、ありがとう」
「あ、私も覚えたいです、ダイチ様ー。お願いしますー」
「はいはい、んじゃ二人な」
そんなわけで、突発的な水泳教室を開くことになった。
竜に水泳を教えるって何だか変な気分だけどな。





