165.個人的な歌声
「マナリルちゃーん! ありがとう――!」
ライブ終了直後、観客の歓声を聞きながらマナリルは舞台の裏手に降りていた。
そして額に浮いた汗を手でぬぐっていると、
「お疲れ様です、マナリル様。こちらをどうぞ」
控えていた騎士が、タオルを渡してきた。
「あ、ありがとう」
「マナリル様は、この後ご予定はございますか?」
受け取ったタオルで顔と体を拭いていると、騎士は、そんな事を尋ねてきた。
「うん? どうしてかしら?」
「城の方で打ち上げ……になるのかは分かりませんが、パーティーを用意してあります。なのでよろしければ、と思いまして」
「パーティー、ね。……人が一杯、いるのよね」
「そうですね。騎士と冒険者と、街の人々によるイベント終了後のパーティーですから」
騎士の言葉を聞いて、マナリルは考え込み、ゆっくりと頷いた。
「それじゃあ、ちょっと参加させて貰って、集まってきた人たちを労わないとね。――ただ、少ししたら、抜け出させてもらうわね。行くべき所があるから」
「え? 行くべきところ……ですか?」
「ええ。私はまだ、その人に、ライブ成功の感謝を言っていないの。……じゃ、お城に行きましょうか」
汗を拭い終えたマナリルは、微笑みと共に城へと向かっていく。
●
ライブが終わった後、俺はディアネイアのテレポートで我が家へ戻った。
すると、サクラがほほ笑みと共に出迎えてくれた。
「あら、お帰りです、主様。それに、ディアネイアさんもようこそ。お夕飯の準備は出来ていますので、お席にどうぞー」
「おう、了解だー」
そう言って、サクラは庭のテーブルに料理を並べていた。
そこにいるのは彼女だけではなく、ヘスティも、だ。
「おかえり」
「おう、ただいま。……でも、ヘスティ、頬に丸い痕が付いてるんだけど、どうした?」
「……アンネに、思いっきり押しつけられた。毒で皮膚がいつも以上に柔らかくなってたから、押し込まれて痕がついた、だけ。寝れば治る」
不満げな頬でヘスティは言った。
よっぽど強く押し付けられたんだろうなあ。
なんて思っていると、俺と一緒に来たディアネイアがサクラに包みを渡していた。
「サクラ殿。これを。打ち上げの場から持ってきた料理だ」
「あら、これはどうも。ディアネイアさんもご一緒に、御夕飯を食べていかれますか?」
「いや、私は戻るとするよ。運営の方は騎士団長に一任しているので問題ないのだが、打ち上げの主役であるマナ殿に、案内をせねばならないからな」
そう言って、ディアネイアは再びテレポートをしようとしたその時、俺は気づいた。
「あれ、マナが来てるぞ?」
「へ?」
森の方からマナリルが歩いて来ていた。
「ど、どうしてこちらへ?」
「御免なさいねディアネイア。折角パーティーを開いてもらったんだけど、抜け出してきちゃった」
森から出てきたマナリルは苦笑しながらそう言った。
「一度は行ったんだけど、皆にお礼だけ言ってたんだけど……私がいると、怪我している人も無理してきちゃうと思って」
その言葉で、ディアネイアははっとしたような表情になった。
「あー……確かにな。お気遣い申し訳ない」
「いいの。人込みは苦手だったから。それに私はこっちに来て、ダイチさんにライブ成功のお礼を言いたかったし。結局、途中で抜けるつもりだったもの」
マナリルは言って、俺の顔をじっと見てきた。ただ、
「特に礼を言われる様な事なんてした覚えがないぞ」
ライブが成功したのはマナが頑張って歌ったからで、街の会場もディアネイア達が作ったものだし。俺は特に何もしてない。
そう思っていたらマナリルは首を横に振ってはにかんだ。
「うん、街の皆には感謝を伝えたわ。でも今回、気持ちよく歌う事が出来たのは、ダイチさんのお陰だから。改めてありがとうって言いに、ここに来たのよ」
微笑を浮かべたマナリルは、懐から一本の杖型マイクを取りだす。
「これからご飯中、お礼の曲を歌ってもいい?」
「別にかまわないが、さっきまで歌いっぱなしだったろ? 大丈夫なのか?」
「うん、私は、ご飯を食べるよりも、思い切り歌う事の方が好きだから。こっちの方が回復出来るの」
自給自足で回復出来る訳か。
便利な竜王だな。
「じゃあ、よろしく頼むわ、マナ」
「任せて。今日最後の特別ライブだから、心をこめて歌うわ」
そうして、俺たちはマナリルの三度目のライブと夕飯を楽しんだ。
竜が歌って、その音の中で食事をする。
静かな食卓もいいものだけど、こんな風に楽しい食卓も、いいものだな。





