164.休憩タイムとご褒美
俺はヘスティと共に街に来ていた。
そして、ディアネイアの城の執務室に通されていた。
マナリルが行う、街でのライブを見るためだ。
「ここが関係者用の特等席、ね」
大きな窓の手前に椅子が用意されている。
その窓からは、ライトアップされつつあるライブ会場が見えた。
確かに特等席といえば特等席だ。
……この部屋に入るまでが少し大変だったけれどな。
城の中で騎士団の連中に会う度、緊張した様な面持ちで敬礼されるものだから、反応に困ることが少しあった。まあ、それを除けば良い席だと思うけど、
「というか、平原で大暴れがあったっていうのに、構わず開くんだな」
「ん、まあ、負傷者以外の問題は、マナリルの歌で解決できるから、ね。大暴れしたからこそ、ちゃんと浄化しなきゃいけない」
ヘスティはそう言って街を見る。
確かに、街の方まで毒の水が流れ込んでいたら大変だし、ライブは浄化の手段でしかないもんな。
「それに、マナの喉も、アナタが持ってきた水や飲み物のお陰でほぼ全快したままだから、負担も少ないし、ね」
「そうかねえ。……ま、一通り聞いたら家に帰ろうかね。サクラも夕食作って待ってるそうだし」
「ああ、そういえばサクラは、そんな事を言っていたね」
ついさっき、この街に来る前に、
『では、私は早めにもどって御夕飯の準備をしてきますね。戦いにライブに参加に、となったらお腹もすくでしょうし、たっぷり準備して、お料理を用意しておきますから!』
なんて言って、サクラは我が家に戻って行った。
確かに、マナリルの歌を聞くと、どことなく腹が減ってくる気もする。
だから少しだけ、この場でライブを楽しんだら家に戻って、すぐに夕食を楽しむ算段だ。
「ん……じゃあ、我も、早めに帰るね」
そう言って、ヘスティは窓を開けて枠に足を引っ掛けた。
「あれ、どこか行くのか?」
「我は、アンネとラミュロスの所に行ってくる。カトラクタの問題から解放された事について、事後報告だけど、やっておかなきゃ」
相変わらずの全方位気遣いだな。
その表情は少し嬉しそうだから、止めたりはしないけど。
「話したら、アンネにつかまらないうちに、帰る、ね」
「おう、了解。俺もライブを見たらすぐ帰るわー」
「ん、それじゃ」
そうしてヘスティは執務室から飛び出していった。
部屋の中に残るのは、俺一人だ。
それじゃあ改めて用意された椅子に腰かけて、窓の外のライブ会場を眺めようかとすると、
「皆、お待たせしてすまなかった!」
綺麗な私服に着替えたディアネイアが執務室のドアを開けてやってきた。
「おお、ディアネイアか。別に待ってないから大丈夫だぞ」
「そうか――って、あれ? ダイチ殿一人なのか?」
ディアネイアは室内をキョロキョロと見回してから、俺の顔を見て聞いてきた。
まあ、みての通りだ。
「皆、やりたいことがあるらしくてな。まあ、ライブを見ようぜ」
「う、うむ」
そうして、俺はディアネイアの横の椅子に座って、ライブを眺めることになった。
●
ディアネイアは、今までにないくらいに緊張していた。
戦う時でも、ここまで手汗が浮いた事は無い。
……落ち着け。
深呼吸して、普通に喋れるように息を整える。
二人きりだからと言って、心臓がバクバク言っているからと言って、慌ててはいけない。
いつも通りの感じで話さなければ、と思っていると、
「なあ、ディアネイア」
「ひゃ、ひゃい!?」
いきなり話しかけられて飛び上がってしまった。
「……どうした?」
「い、いや、何でもない!」
「そうか? なら良いんだが……今回の事件の事後処理は終わったのか? なんだか大変そうだとライブ前に言っていたけど」
「あー……そうだな」
ダイチの言葉に、ディアネイアは数十分前の自分を思い出す。
……これだけの事件が起きた後だったからな。
本当ならば、事後報告書類や、負傷者の確認、その他積もり積もった業務をこなさなければならない。
だから、ダイチと一緒のライブ見物はお預けかと考えていたんだが、
『俺たちなら大丈夫ですよ、姫さま!』
『そうだ! こんな怪我、へっちゃらだぜ! そんな事よりもマナリルちゃんの曲を聞きたいからな!』
『というわけで、事件の処理は街のライブでお願いします! 負傷者登録されたら、マナリルちゃんのライブが見れなくなるんで!」
という、戦闘後とは思えないテンションの高さで、騎士たちが立ち上がっていた。
その言葉に甘えさせてもらって、この場にいられたりする。
……とはいえ、最低限の仕事をする為に数十分貰ったのだがな。
「とりあえず、私が緊急で行わなければならないものは全て終わらせてきたよ。このライブが終わった後はまた仕事はあるが……貴方と楽しみを共有できるのは、中々ない機会だから、有難いよ」
「俺と舞台を見ても、そこまで楽しくは無いと思うぞ? いや、舞台は楽しいけどさ」
「ふふ、そんな事は無いよ。少なくとも私は今、……とても楽しいから」
そうしてディアネイアはほほ笑みながら、ダイチと共に、ライブを鑑賞した。
戦闘とは全く関係のない彼女のライブは、聞いた場所も相まって、本当に素晴らしいものに思えたんだ。





