163.水源確保
「良い歌だったぞ」
歌い終えて舞台から降りてきたマナリルに声をかけると、
「うん、ありがとう、ダイチさん」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「なんというか、ウチで歌うのは子守唄っぽかったけど、ライブのは元気になる感じで、その違いも楽しかったしな」
「うん、そうして聞き分けてくれると、歌手冥利に尽きるわ」
「まあ、俺の耳なんて、そこまで性能は良くないけどな……って、あれ……?」
マナリルと話していると、目の端で何か動くものがあった。というか、
「この水、歌が終わっても動いてるぞ?」
浄化された湖の水が、風もないのにうにょうにょと立ちあがって、動いていた。
「ああ、これはカトラクタの体の一部ね」
「うん? まだ生きてるのか?」
「ええと、正確には、浄化されて生まれ変わったと言う方が正しいのかしら。カトラクタは元は、意思のある水っていうだけなのよ。元々は悪意とか害意を持っていなかったの」
そう言って、マナリルはつんつんと湖の水をつついた。
水は指の刺激によって少し動くが、それだけだ。
「湖で邪念や憎悪が含まれたコアを取りこみ続けて、ああなったのよね」
「じゃあ、カトラクタがヤバいのってコアのせいだったのか」
聞くと、マナリルは悲しげに頷いた。
「ええ、水そのものにも意識はあるけれど、黒いコアの憎悪やら悪感情、溜まりにたまった毒気を反映させた結果、あんな色と姿になったの。今は小康状態だから、……またそういうコアを探し出さないように、出来るだけ見張る必要があるのよ」
毒の源はあの黒いコアだったのか。
「あれ、それならコアを普通のものにすれば、大丈夫だったりするんじゃないのか」
「そうね。でも、実質無理なの。上級の魔石よりも魔力の溜まるコアが大量にないと受け付けないし、逆に破壊してしまったからね」
「ふむふむ……つまりコアが大量にあれば、カトラクタは毒水を作らなくなるのか?」
「え? ま、まあ、黒いコアが潰れた今なら、コアの入れ替えも容易だし、可能であれば毒水を作らなくなるだろうけど……」
なるほど、それは良いことを聞いた。
ちょっと試してみようか。
そう思って俺は、ゴーレムから水を貰って飲みながら休んでいるディアネイアに声をかける。
「ディアネイアー。疲れてる所悪いが、ウチにテレポートしてくれるか? 取ってきたいものがあるんだ」
「うむ。ああ、分かったぞ、ダイチ殿」
●
そうして一度家に戻った俺が持ってきたものは、
「えっと、それは、リンゴ?」
「おう、ウォーターゴーレムと同じ仕組みならいけるかと思ってな」
とりあえず、新鮮もぎたてのをひと箱分だ。
数にすれば百足らずと行ったところか。
「――ほれ、これでどうだ?」
ソレを湖に、もというにょうにょ動いている水に流し込んでみた。すると、
「お、いい感じじゃないか」
流し込んだ赤い木の実は破壊されることなく、湖の底に留まった。それだけではなく、
「……」
水面から、小さな竜の形が浮かび上がった。
透明度の高い水で出来た体の中には、リンゴがいくつも浮かんでいた。
そこに害意とか悪いものは特に感じない。
「よし、綺麗なカトラクタが出来たみたいだな」
「うそ……入れ替え、成功しちゃった……」
綺麗な水の龍はこちらに頭を垂れてから、再び水の中に戻っていった。
「これで、毒水は出さないよな?」
マナリルは目を見開いて驚いていたが、俺の言葉には反応を示した。
冷や汗を流しながら俺の顔を見てくる。
「え、ええ。これなら、全く問題ないと、思うわ。……でも、リンゴがコアになるって、どうなっているの……?」
そういえば、マナリルにはウォーターゴーレムの作り方を、見せたことがなかったっけな。
「まあ、色々あってな。魔力が良い感じに豊富で、出来たんだよ」
丁度いいのでジュースサーバーゴーレムを呼んで腹部をカパッと開いて見せてやる。
すると、更に愕然とされたが、
「そ、そうなの。出来たなら、仕方ないわね。出来たなら……」
「マナ殿。その気持ちはよく分かるぞ」
一応納得してくれたようだ。なんでかディアネイアが、マナリルの肩をぽんと叩いているけども。
「まあ、それは良いとして。きれいなカトラクタは湖に潜っちまったんだけど、このままにしておいていいのか?」
平原で、しかも川などと繋がっていない湖なんだけど、ここに住まわせておいて大丈夫なんだろうか。なんだかんだ、ここは街の近くだしさ。
そう思ってマナリルとディアネイアに聞くと、まずマナリルは湖に視線を落として、頷いた。
「それは大丈夫よ。カトラクタは小型になったし地下水脈もあるし、この穴は意外と深いわ。カトラクタ自身にも多少の浄化作用はあるから、綺麗な水のまま保てると思う。リンゴのコアがあれば、悪化もしないだろうしね」
「……うむ、マナ殿がそう言ってくれるなら、私としても問題ないぞ。念のため、騎士団による監視、観察対象の一つになるが、ここに水源が出来るなら問題ない」
どうやら二人とも、問題ないと考えているようだ。
「そっか。余波で偶然開けちまった大穴だけど、役に立ってくれてよかったよ」
こうして、魔境森の傍の平原に、とても綺麗で、小さな湖が出来たようだ。





