160.受けた仕事は、最後までしっかりと。
ダイチは平原と森の境目を走っていた。というのも、
「うわ、この辺もびちゃびちゃになってるな」
「はい、どうにもあの紫の水がこっちまで来てるみたいですね」
とてもぬかるんでいるので、今回のウッドアーマーのように、加速装置付きでなければ歩きづらかっただろうな。
ゴーレムも何体か足を取られているし。
この状態ですら、もう走るのが面倒になってくる。
「……いっそのこと、飛ぶか。早い所」
「そうですねえ。加速装置とジェットを使えば、一気に移動できますし、やってみます?」
既に平原に差し掛かっているから、上空に障害物もない。
最近の飛行実験も問題なくこなしていたし、短時間なら行ける筈だ。
「というか、俺がゴーレムを引っ張りながら飛べば早く着くな」
「そうですね。それで行きましょうか」
「おう、じゃあサクラ。バランサー頼む」
「はい、お任せを」
サクラの言葉を聞いたダイチは即座に強く一歩を踏んで、身を空中に飛ばした。
「さあ、飛べ、《金剛・風》!」
そして、樹木の巨人は空を行く。
●
巨大な紫の竜は、ただそこにいるだけで、毒の水を撒きちらしていた。
「ぐ、ぐうううう……」
カトラクタが動くだけで毒は飛び散り、平原にいる者たちを弱らせていく。
既に騎士たちの二割は、毒によって膝をついていた。だが、
「あのコアを、一つ一つつぶして行けば良いのだろう……!」
しかしディアネイアは屈しなかった。
幸いにも、コアは目に見えているんだ。この巨体の割に、小さすぎるほどのモノだが、狙い撃てない訳ではない。
「《マグナ・フレイム・トライデント》!」
だから即座に、炎の槍を投擲した。
先ほどと同じ威力の炎は、カトラクタの体に直撃した。そして内部のコアを一つ割った。
「よし! 次だ」
ディアネイアはすかさず次の槍を構えようとした。だが、
「――って、え……?」
その瞬間、カトラクタはぱしゃっと水になって、地面に流れる紫の水と同化した。
「に、逃げたのか?!」
「違う。そこにいる!」
ディアネイアの言葉に答えたのはヘスティだった。
彼女は、舞台の上から右前方を見ていた。そこには、先ほど水となって掻き消えたカトラクタがいた。
口腔に水弾を構えた状態で。
「グアア!」
水弾は一直線にこちらへ来た。
騎士団は盾を構えるが、先ほどと大きさが大違いだ。
……防ぎきれない!
と、ディアネイアが炎の槍を迎撃の使おうとした瞬間、
「我が防ぐ。《シールド》」
ヘスティが舞台の前に結界壁を張ってくれた。
そこに毒水の弾丸はブチ当たり、しぶきが飛んだ。
「あ、ありがとう、ヘスティ殿」
「油断するな。毒は、防げてない」
「……ぅぐ」
ヘスティの言うとおり、そのしぶきだけでも騎士たちに毒がまわり、どんどんと倒れるものが増えていく。
「これは……厄介だな」
ディアネイアも、自分の体の動きも鈍くなっていることは気づいていた。
対処できているのは、自分が魔法使いとして多少は強いのと、
……ダイチ殿、彼がいる魔力スポットと触れあっていた分、魔力の毒には耐性を持っているからな。
だから人よりは耐えられる。それでも、この惨状を見たら、早く倒さなければいけないのだが、
「なんなんだ、あの竜は。一撃当てる度に、水になって遠ざかるとは……」
「ん、昔から、やっぱり、変わってない。あいつは、一発の攻撃を受けると、すぐに体を水にして、連撃を逃げる」
ヘスティは、顔についた毒の水を鬱陶しそうに払いながら、カトラクタを睨んでいた。
「しかも、地中の水から魔力をすって、時間がたつごとに回復もする。本当に耐久力がおかしい。しかもその間に、毒の水は、地中にしみ込んで行く。あのコアを全部破壊するのに何日かかるか分からないけど――その前に土地が弱り、我たちも弱る」
「そうだな……」
ほんの数分で、騎士たちがボロボロになっている。
マナリルの歌という浄化機能が付いているというのに、それでも、だ。
「これが何時間も何日もこの場に居座られたら、土地が終わるな」
「ん、これが、我たちが勝てずに、封印した理由。一つ一つつぶして、出来るだけ小さくして、マナリルの封印の歌で、封印するしか、ない。――《白焔のブレス》!」
そう言って、ヘスティはブレスでカトラクタを攻撃した。
レーザーのような一撃がカトラクタに突き刺さるも、
「一面しか焼けない……か」
カトラクタのコアを数個焼き切っただけで、再び水に戻ってしまった。
「いたちごっこだな」
「ん、だから、マナリルの歌で、魔力が集まるまで待って、削るしかない」
対症療法だが、それしか出来ないのであれば、やらなければ、とディアネイアが杖を構えた瞬間、それを見た。
「っ……」
舞台のマナリルが、前のめりに倒れ、膝をつくのを。
●
「マナ殿、大丈夫か!」
歌に集中していたマナリルは、ディアネイアの呼びかけによって、自分が倒れているという事実に気付いた。
「毒を受けたのか?!」
「……いいえ、違うわ。ちょっと、お客さんが少なくて、ね。力が、足りなくなって、無理やり私の中から生み出していたから、目まいをしただけ、だと思う」
倒れてから、マナリルは原因を分析する。
浄化の力は、多量で多種類の魔力を使用する。だから、色々な人やモノから少しずつ借りうけることで使用しているのだが、
「毒の水で、皆、倒れちゃったからね。私の持っているモノを使うしか無くなっちゃった。――ごほっ」
マナリルは口の中に血の味を感じた。喉がカラカラでイガイガする。
普段ならば自分の魔力を使用して回復しながら歌うものの、今はその魔力すら足りないようだ。
「っ……マナ殿は休んでいてくれ。休憩している間に、私たちが出来るだけ削る」
そう言って、ディアネイアは舞台から降りて、カトラクタの迎撃に入った。
ヘスティも、その横で戦っている。
それを見て、マナリルは歯を食いしばった。
「悔しい……」
ここまで来たというのに、色々な人に協力をして貰ったというのに。
自分の役目を果たせず、信頼に応えられずに潰れかけているのが、本当に悔しかった。
「喉が……回復すれば……歌えるのに」
喉の痛い。粘膜が張り付くくらいに乾いている。
早く喉を直さなければいけないのに、力も足りない。
「……ケホッ……」
咳こみながらマナリルが唇を噛み、口の端から血を零した。そんな時だ。
「すまん。遅れた。ライブはまだ続いているか」
「え……?」
空から舞台に樹木の巨人が降ってきたのは。
「だ、ダイチさん……?」
「おう、待たせたな。始まる前に水とか持ってくるつもりだったのに、こんな時間になっちまった」
彼がそう言うと、舞台の方にゾロゾロとゴーレムが昇って来た。
そして、こちらに、樹木のボトルを渡してくる。
「あ、ありがとう……!」
マナリルはゴーレムから水を受け取ると、喉へ一気に流し込んだ。ただ、それだけで、
……力が戻ってきた……!?
体中に力がみなぎってきた。
「これで、まだ歌えるわ」
マナリルは立ち上がる。
その様子を見て、ダイチはほほ笑んで、肩をぽんと叩いてきた。
「よし、マナはそのまま歌っていてくれ。俺はアンタが歌う舞台を整えてくるから」
「へ? 舞台……って?」
「いや、ここの舞台の設営をするって言ったろ。――だから、あの邪魔な舞台装置は排除するんだよ」
そして彼は前に出た。
右腕のアーマーを巨大な杵へと変化させて。
ちょっと長くなりました。スミマセン……。次回、決着です。





