159.水漏れと噴出
ディアネイアがマナリルと共に平原の舞台を訪れた時、既に異変は始まっていた。
「なんだ、この水びたしな場所は!」
背の低い草の生えた平原は、今や湿原のようになっていた。
足元が泥でぬかるみ、歩きづらい。
……水はけのそこそこ良い土地のはずなのにどうなっているんだ……!?
しかも、平原を浸しているのは普通の水ではない。
「これは、紫色の水……?」
「カトラクタの魔力に反応している水よ。時間が経つにつれて毒性が強く出てくるわ」
マナリルは平原の状況を見て眉をひそめていた。
彼女からしてもこの状況は良くないものらしい。
そう思っていると、湿地の中をバシャバシャと突っ切ってくる鎧姿があった。
先遣隊の騎士たちだ。
「お待ちしておりました、姫さま! マナリル様! 応援隊は既に配置に付いておりますが……何名か。この水に含まれた魔力の毒を浴びて、マヒし、ダウンしております」
「マヒだと? 命の方は大丈夫なのか?」
「はい。――マヒといっても、過剰魔力による怯えや恐怖に近いものでして。……ダイチ様の訪問を受けたものからすると、余裕で耐えられます!」
冷や汗を流しながらも騎士たちは笑う。
「更に、この湿原化に合わせて他のモンスターもいくらか出現していますが、そちらはシャイニングヘッドの皆さまが迎撃してくれています」
モンスターまで出ているのか。本当に異常事態だ。
それだけに、シャイニングヘッドがいてくれて良かったと思うが、
「しかし、マヒ毒とは厄介だな……」
「いや、本当に厄介なのは、この水が再び地中の水脈に潜り込んで、マヒする水をばらまくことよ」
ディアネイアの横で、マナリルは歯噛をしていた。そしてあわただしく舞台に登り、精霊たちに楽器やマイク型の杖の準備をさせていく。
「この水が街に行くのは避けなきゃ。――すぐに開始するわよ!」
「分かった! 皆のもの――拝聴の準備いいか!」
「はい! いつでも、マナリル様のライブは大歓迎です! そうだな、皆」
「うおおおおおおお! マナリルちゃーん!」
舞台の前に並んだ騎士たちは、片手をあげて力強く叫ぶ。
というか、中にはモンスターを倒し終えたシャイニングヘッドもまぎれこんでいるようだ。
元気なようで何よりだ。
観客も万全で問題ない。
「さあ、マナ殿。好きなタイミングで歌をスタートしてくれ」
「ええ、私も準備が終わったし……それじゃあ、行くわね。――《水竜の歌》」
そうして、精霊たちが楽器を鳴らし、マナリルが歌い始めた。
人の言葉でも竜の言葉でもない曲が、しかし平原に響いていく。
それは水を揺らして動かしていき、
「おお、水の色が……」
紫色から、透明なモノへと戻っていく。
……これがマナ殿の歌の効果か。
ここまでの即効性が出るとは凄まじい、と舞台で声を張るマナリルをディアネイアが見た。その瞬間だ。
――ドッ!
と、平原から音が響いた。
音源は、舞台の正面、数百メートル先からだ。
そして、その音が出た場所からは、
「……なんだ、あれは」
大きな紫色の水柱が一本、立ち上がっていた。
●
「なんだありゃ?」
俺が森の中を歩いていると、平原の方から水柱が上がった。
「奇妙な魔力の入ったお水ですね」
ただの水でないのは、色のおかしさから言って分かっていたが、魔力が入っているのか。
まあ、泥水だからってあんな色はしないだろうしな。
「でも、なんでそんな水が空中に舞ってるんだ? ヘスティ、何か知ってるか?」
と、俺がヘスティに顔を向けると、彼女は驚きの表情で水柱を見上げていた。
「ヘスティ、どうした?」
「ん、あれは、カトラクタ……かも、と思って」
そんな事を呟いた。
「カトラクタってこの前話していた、封印中の竜だっけ? 出て来ちまったのか?」
聞き返すと、へスティは少し悩んでから首を横に振った。
「……ううん、それにしては力が小さいから、モンスターかも、しれない。本物なら、我みたいな精度の探知でも、分かるはずだから。でも、なんだろう?」
うーん、と彼女は頭を振って悩んでいる。
どっちかはっきりしないようだ。
「とりあえず、行ってみるか?」
「……そうする。けど、我、先に行ってチェックしてくる」
「え? ヘスティだけでか?」
「ん、この程度の力なら、我だけでも片付けられるし。我一人なら、色々と無視してかなり速度出せるから。――行ってくるね」
そう言って、走り出してしまった。
というか、本当に早い。
森の枝や樹木をモノともせずぶち破り、一直線に森を飛び越えていった。
「ヘスティちゃん、早いですねえ」
「そうだな。まあ、俺たちも出来るだけ遅れないように付いていくか。ウッドゴーレム、ウッドアーマー、ちょっと加速」
そうして俺たちは、先行したヘスティの後に続くように、一歩を大きくして走り始めた。





