―side ディアネイア&マナリル― 開催当日の諸問題
午前九時。
日の出と同時に起床したディアネイアは、朝からずっと街の会場の最終チェックに入っていた。
というものの、作業は全て終わっていて、書類を確認しているだけだが。
「これもよし……っと。どうにか全部に目を通せたか」
急ごしらえのイベントだったが、運営としてはしっかり準備出来たと思う。
……あとは、平原の視察をするくらいだが……。
なにも起きなければ、このままライブは開催され、問題なく街まで戻って来れるだろう。
「ふふ、楽しみだ」
その後は、ダイチと過ごす事が出来る時間がやってくる。かなり私情が入っているし、我がままを言ってしまったかもしれないが、それでも楽しみで笑みがこぼれてくる。
……とはいえ、その楽しみを過ごす為には、今を気を抜くことなく頑張らなければな。
油断は大敵だ。少なくとも今日の夕方までは緊張を保ち続けよう。
……夕方からは別種の緊張に襲われるかもしれないが、それは悪くない緊張なので問題ないだろう。
そんな事を思いながら、ディアネイアは開いた書類を積み重ねて、確認済みの箱に入れていた。その時だ。
「姫さま! 緊急連絡です!」
執務室のドアを叩く音と共に、騎士団長の声が聞こえた。
「――っ緊急だと? 何事だ!」
「マナリル様がお話したい事があると、こちらへ起こしになられています」
「マナ殿が……!? すぐに通してくれ!」
ディアネイアの言葉に従って、執務室のドアは即座に開け放たれた。
そこには汗を額に浮かべた騎士団長と、はあはあ、と息を切らしているマナリルの姿があった。
竜王である彼女が息切れするなど、一体何があったんだろうか。
「どうしたんだ、マナ殿!」
息苦しそうなマナリルは、そのまま深い呼吸をしながら言葉をつなげてきた。、
「さ、さっきね、水脈を感知したの。今日の具合はどうかなって。……そしたら、この地域一帯の水脈が変になっているのよ」
「変、とは?」
「魔力の動きが不安定になっているの。……この数十分で、急激に変化して、明らかによくない方向に傾いているわ」
「まさか、――カトラクタが目覚めている、ということか?」
良くない方向、と聞いて、ディアネイアは一番最初にそれを思い浮かべた。
だが、マナリルは首を横に振る。
「いえ、まだ、大丈夫よ。完全に封印から外れたのであれば、私の方に反動が来るから分かるもの」
「そ、そうなのか。だが、……急いだ方が良さそうだな」
「ええ、同感よ」
ディアネイアはマナリルと顔を見合わせ、頷きあう。
「では、今から、マナ殿に向かってもらっても、大丈夫だろうか」
「ええ、もちろん。早いに越したことは無いわ。その為にここに来たのだから」
ただ、とマナリルは難しい顔をした。
「あそこで早朝ライブしても、お客さんはいないわ。そうなると、歌の効果も目減りするの」
「そういえば……観客から少しずつ魔力を借りるのだったな」
「ええ、だから、お客さんを集める方は任せてもいい?」
「ああ、何の問題もない。既に騎士たちは準備出来ているとも。そうだろう?」
ディアネイアが騎士団長の方に顔を向けると、彼はこくんと大きく頷いた。
「はっ! 街から平原までの警備は万全でございます! ――そして、観客としても万全で、応援隊、および精霊護送で先行した部隊、総じて百余人が現場におります!」
「この通りだ。百人ちょっとで足りるだろうか?」
観客は既に会場に到着している。
そう言うと、マナリルは少し驚いてから、ほほ笑んだ。
「十分よ。……アナタ達は、頼りになるわね」
「竜王から賞賛を受けるととてもうれしいよ。……今まで沢山の問題と直面してきたからな。多少は動けるようになっているのだ」
「そうですな。素早い対応と、展開の大切さは、ダイチ殿から学びとりましたとも!」
騎士団長はそう言って胸を張りながらも、苦笑する。
「まあ、何度も何度もそのダイチ殿に窮地を救われて来ましたが」
「はは、そうだな。だが……私たちとてなにもせずに甘える気は無い。だから、マナ殿。舞台に行こう。私たちにできる最善をなそう」
「――うん、お願いするわ、ディアネイア」
そう言って、マナリルはディアネイアの手を握る。そして、
「先に行ってるぞ、騎士団長。《テレポート》」
テレポートで平原の舞台へと向かったのだった。





