149.マナリルの認知度
ジュースサーバーゴーレムを試作した翌日も、俺は開発と改良を続けていた。
とりあえず今日は、十メートルほどのウッドゴーレムに水を注入する方式で作ったものを動かしていたのだが、
「ヒャッハー。旦那ー、いますかー。旦那――って、うわあああ、なんてもの作ってるんすか!」
「おう、アッシュか」
ゴーレムが走り回る庭に、なにやら袋を背負ったアッシュがやってきた。
ウッドゴーレムが、柔軟に手足を伸ばして動くさまを見て、驚いているようだ。
「ひゃ、ひゃっは、どうしたんすか、これ。い、威圧感ハンパねえっすよ」
「いや、まあ、ゴーレムを改良していてな。……水を入れ過ぎると、木が水を吸って伸びて、すっげえバランスが悪くなるってのが分かった所だ」
みょんみょん動いていて、これはこれで面白いと思うんだが。
どうにも動きが悪くなる。しかも、
「威圧感って、どんな感じで来るんだ?」
「ひゃっはー……なんというか、すげえデカイんで、気を抜いたら尻もち付きそうなプレッシャーが動くたびに出てますわな。止まっている時はそうでもないんですが」
「ふむ……そうか」
「ヒャッハー。ああ、でも、止まっている時はちゃんと大人しく見えますんで、大丈夫っすよ」
アッシュはそう言ってくるけれども、威圧されながら水を飲みたくはないよな。
もうちょっと、大きさと見た目を考えるか。
「ところで、アッシュ。アンタは何しに来たんだ?」
一人でこんな森の奥に来るなんて珍しいな。
「ああ、いえ、近々ライブが開かれるという話があるでしょう? あれの警備に出ることになったんすよ!」
「へえ、街の方ではもう、そういう警備の選抜とかで動き出してるんだな」
ディアネイアが忙しそうにしていた、とマナリルが言っていたけれども、そのせいか。
「――んで、平原の会場の下見ついでに近くに通りかかったんで、旦那と一杯酒でも、と思いましてね。丁度よく、酒屋がマナリルちゃんのライブ記念酒を出したもので」
「そうか……って、待て? マナリル『ちゃん』だって? アッシュもあの子の事、知ってるのか」
というか、随分と仲良さそうな言い方をしているが、どういう事だろう。
そう思って聞くと、アッシュはそれこそ驚いたような目で俺を見てきた。
「当然ですよ! マナリルちゃんは武装都市だけじゃない。この国では隠れファンの多い歌姫なんですから!」
おいおい、マジかよ。
そんなこと全然知らなかったぞ。
「え、だって、……今回のライブが人気過ぎて町人の間では大騒ぎになってるんですけど、旦那はご存じないんですか!?」
「ご存じも何も、しばらく街に行ってないからな」
街からのニュースが流れてくるわけでもないし、完全に世間知らずになっていた。
隠れた一面をようやく知った気分だ。
「まあ、そんなわけで、酒屋が記念商品を売り出してるんで買ってるんですよ。それが、これですね」
そう言って、アッシュが取りだしたのは、マナリルの顔が刻印された酒瓶だ。
彼女が街について数日くらいしか経っていないというのに、商魂たくましいな。
「売れてるのか、これ」
「ヒャッハー、まあ。味も美味いんで、買う方からすると気になりませんしね。――なんで、旦那も一杯やりましょう」
「まあ……そうだな。俺もマナリルの世間的な話を聞きたいし、飲みながら聞かせてもらうか」
「そうっす――っ、旦那! 上に、竜が!」
俺が腰を下ろすと、アッシュが上空を指した。
見れば確かに空に竜がいた。
というか、俺たちを狙って降りてきていた。ただ、
「最近多いんだよなあ。ゴーレム、あとは頼んだ。放水して弾け」
「――!!」
俺の指示に従って、ゴーレムはその手指を突きだす。
その指先からは、レーザーよろしく、大量の水が一直線に放出されていく。そして、
「グェッ!?」
もはや俺の家に近づくことさえできないまま、竜は空の方へと押し戻されていった。
「さ、これでいいだろ。飲もうぜ」
「ひゃ、ひゃっはー。……あの、旦那。よく、この状況で酒飲めますね」
「アンタが酒を持ってきたからだろうが」
それに、竜なんて、もう飽きるほど来ているので、慣れただけだ。
あまりに多いので、ヘスティたちと原因を調べ始めているくらいだしな。
「ともあれ、ほら。竜はいなくなったんだから、マナリルの話を聞かせてくれよ」
「ひ、ヒャハ、わ、分かりましたぜ、旦那」
湖の竜王についての一般常識を教えてもらいながら、俺はアッシュと飲みを続けていった。





