146.経験と慣れによる創造力
マナリルの事情もきいたところで、日も落ちてきた。
なので今日の会議はお開きとなったのだが。
「それで、ディアネイア。軽く水脈を感知した限りでは、プロシアと平原でライブを行おうと思うのだけど、会場の設営は出来そうかしら?」
マナリルは帰り際、そんな事を言ってきた。
「うん? 街と平原だけでいいのか?」
水脈が通っている場所でライブをするなら、この森とか、竜の谷でしなくて大丈夫なんだろうか。
「ええ、それは平気。なんて言ったって、この森には、ダイチさんがいるから。水脈全ての魔力の防壁が掛かっているようなものだもの」
ついに防壁扱いされたが、まあ、問題が出ないんだったらそれでいいや。
「あと一応、この森を軽くお祓いして置いたから、悪いものはもう寄り付かない。それだけで十分安全だわ」
「おお、ありがとな」
お祓いがどういう効果を出すか良く分からないが、予防はしてくれたようだ。
本当に気が効く竜王だな。
「気にしないで。簡単に終わった事なんだから。……ただ、平原と街は別だからやっておきたいのよ」
彼女の歌が必要、ということは問題が起きそう、ということでもあるらしいしな。
「会場、会場か……。マナ殿、どの程度の規模の会場が必要になるんだ?」
「そうね……。一応、精霊達が楽器を置けるだけの舞台と、聴衆が集まる為の広場は欲しい所ね。聴取が沢山いると、私の歌に反応して魔力を少し貸してくれるから治水の効果も上がるし」
「なるほどな。街の方はどうにか出来るが、平原か……」
ディアネイアはうーん、と難しい顔をして悩んでいる。
「そんなに難しいのか?」
「ああ、いや、時間をかければ出来なくはない。けれども、街の舞台設営だけでも大勢の人員が必要になるから、少しきついんだ。……マナ殿、ライブは一週間以内に開催したいのだよな」
「ええ、安全性を考えると、街でのライブと平原のライブは出来るだけ、時間を開けたくもないわね」
つまり、会場設置を同時にしなければならないってことか。
そりゃまた、大変そうだが、
「マナ。舞台っていうのは、材質は何でもいいのか?」
「うん? 舞台は……そうね。私が歌って踊って、振動を起こしても壊れないくらいの強度があれば、なんでも大丈夫よ」
そうか。それは良かった。
「この森の水脈を良いことをしてくれたし、その借りは返したいと思っていたんだよな」
「え?」
「ディアネイア。平原まで連れて行ってくれ。俺が設営しておくよ」
●
へスティ、マナリル、ディアネイアと共にテレポートした俺は、平原に数十のリンゴを撒いた。
「んじゃ、これで、っと。――伸びて重なれ樹木たち」
そして、即座にリンゴは樹木として成長し、絡み合い、ひとつの大きな立体を形作っていく。
半円を描く、巨大な舞台だ。
更に、舞台の周辺を樹木で出来た階段席が囲んで行く。
それらの構成は、数十秒の間で終了した。
「おし、完成。これでどうだ?」
「えっと……はい?」
「あ、もっと広いほうがいいのか? なら広げるけど。あるいは強度がもうちょっといるなら、樹木を重ねるぞ」
なんだか首を傾げていたので聞いたのだが、マナリルは即座に首を横に振った。
「い、いやいやいや! じゅ、十分だけど、なにこの広さ、どうやって作ったの? というかあれだけの木々をどうやって操ったの!?」
どうやっても何も、リンゴを成長させただけだし、上手く説明できないな。
「まあ、なんだ。この辺りはウチに近いから、土地に俺のコントロールは届きやすいんだよ。地の利があるって奴だ」
「いや、地の利ってそれだけじゃ、こんな立派な建造物は出来ないでしょ……!」
マナリルは言いながら、ヘスティに視線を移した。
「――ヘスティ、貴方ははいつもこれを見ているの?」
「ん、まあ、ほどほどに見慣れた。だから、アナタも慣れるから、気にしない」
「そ、そうなの。ディアネイアは――?」
「いや、その、私も驚いてはいるんだが、むしろ感動の方が強いな。……ダイチ殿は日に日に進化しているから、本当に憧れてしまうよ」
そう言ってディアネイアは建造物から俺に視線を移した。
「――ダイチ殿。手本を見せて貰って有難い。街の会場の構造も、これを見習わせてもらいたい」
「いや、かなり素人建築だから、参考にするのは程ほどにな」
なんとなく劇場とか舞台を思い浮かべて、構成しただけだしな。
一応、ゴーレムが飛んだり跳ねたりしても、壊れない程度の強度はあるけどさ。
「うむ、了解だ」
「竜王でもなく、精霊でもない人間なのに。単体でこんな凄いことを出来るのね……」
そしてマナリルはマナリルで、俺の事を唖然とした顔で見上げてきた。
なんだか変な感じに驚かれてしまったけれども。
これで一つ、彼女の問題は解決したようだし、良いか。





