130.強大な魔力の集合場所
昼飯も食べ終え、庭の樹木の配置を整えていたら、森からイノシシが襲ってきた。
いつものことなので、慌てず騒がず、ゴーレムで打ち払っておきながら、
……この後、何をしようかな。
久々に温泉でも入るかな、なんて思っている最中のことだ。
「そこにいるのは、やはりダイチでしたか!」
森の向こうからカレンがダッシュして来た。
やけに興奮した様な目をしてこっちに走って向かってくる。
「カレンか。祭りの日以来だな」
「はい、ご無沙汰です」
なんて、カレンと会話していると、イノシシたちが、カレンの方にも向かった。
だが、彼女は片手で楽々とイノシシの突進を止める。
「――っと、このファフニールたちは、ダイチが飼っているのですか?」
「いいや、野生のイノシシだよ。よくウチに突っ込んでくるんだ」
「そうなんですか。……ダイチ、ちょっと私の目を見て貰ってもいいですか?」
「あん?」
言われて、彼女と俺の視線がかちあった瞬間、周囲の木々がざわっと揺れた。更に、
「――ッ!?」
イノシシたちはその目に怯えを浮かべて、脱兎のごとく逃げだした。
なんだろう、竜王のプレッシャーでもあったのかね、と思っていると、
「ふ、ふふふ……」
カレンが両手で自分の体を抱きしめて震えていた。
「こ、こんな何気ない挨拶、目線の動きでの、魔力の波動……。それだけで上級モンスターが必死に逃げる強さ。ああ、本当にすごい人です、ダイチ……!」
そして、やけに潤んだ目でこっちを見てきた。
ちょっと何を言っているのか分かりづらいんだけども。
「えっと、イノシシを追い払ってくれて、ありがとう、というべきか」
「ああ、いえ、今のは殆んどダイチの魔力のプレッシャーで逃げていったのですよ。私はほんの少し魔力を当てて呼び水になったにすぎませんし、気にしないでください」
カレンは興奮をこらえての澄まし顔で、そんな事を言ってきた。
しかし、ちょっと分からないことがあるんだけど。
「魔力を当てるってなんだよ」
「え……?いや、私から少し、魔力の入った視線が飛んだのに気づいて、跳ね返してきたんじゃないんですか?」
「いや、全く分からんぞ。普通に目を合わせただけだし」
「そうですか。なるほど、あれは反射的に出ただけ、でしたか……。ふふ、本当に、想像以上です」
澄ましていたカレンの口元が緩む。
なんだか嬉しそうだな。
まあ、いいや。なんにせよイノシシも追い払ったことだし、最初の話に戻ろう。
……アンネが来た時点で、こいつが来るのもなんとなく予想は付いていたんだけどさ。
一応聞こう。
「なんでウチに来たんだ?」
「いえ、ここに来たのは偶然で、この近くの竜の谷に用がありまして」
「やっぱり、例の竜王会議とやらのせいか……」
ちょうど街と谷を挟んでこの森がある以上、通りがかってもおかしくは無いんだけどさ。
今日は客が多いな、と半目でカレンを見ていると、
「ところで、お話を聞く限り、ここがダイチの本宅ということで、よろしいのでしょうか?」
カレンは目をキラキラさせて尋ねてきた。
「まあな」
事実なので頷くと、彼女の瞳は更にキラキラした。
「こんな魔力スポットがあるなんて。見れるなんて。感動的です! 地図を貰って、街からこの森を突っ切っている時に、ありえないほど強大な魔力を感じたので、これはもしや、と思ったのですが……!」
カレンは周囲をキョロキョロと見ながら言ってくる。
「予想以上ですよ。この土地の魔力、ダイチの家にある力、そしてダイチ自身の力が重なって物凄い事になっています。こんなの見たことがありませんよ。……会議がなければ、ずっとここでお話をしたいところです……」
そこまで言ったあとで、彼女は、俺の方を見てきた。
先ほどまでの興奮した顔とは違い、少し冷静になった表情をしている。
「えー、こほん。ダイチ。会議の後、またお話にこさせて貰っていいでしょうか? まだ貴方にお礼が出来ていないので、それを兼ねて改めて訪問させていただきたいのですが」
さっきまでとは打って変わって、とても静かな喋り方だった。こっちのモードであれば、話もしやすいので有難いな、と思いつつ、俺は答える。
このあと、どうせアンネも来るので、訪問は別にかまわないんだが、
「あんまり夜遅いと、俺は寝てると思うぞ?」
「あ、その辺りは大丈夫です。会議の方は早く片付けてきますので」
竜王会議って結構大事なものだろうに、そんな軽い反応で良いんだろうか。
けれどまあ、俺より彼女たちの方が、内情は知っているのだろうし、何も言うまい。
「了解だ。じゃあ、寝る前に来てくれや」
「はい! ありがとうございます! ……それでは、高速で会議を終わらせてきますね!」
そう言って、カレンは走って谷の方へ向かった。
……これは、夕方から客が多くなりそうだな。
そして竜王会議とやらも、賑やかになってそうだなあ。
そんな事を思いつつ、俺は、当初の予定通り温泉へと向かう。
庭仕事で軽く汗もかいたし、この一風呂は気持ちいいだろう、と思いながら。





