―side ディアネイア― 変わらないモノと変わったモノ
ディアネイアは、帰りの移動役をかって出ていた。
戦いでは殆んど役に立たなかったため、これくらいはしようと、皆を街にピストン輸送中だった。
まずは戦いで傷ついたアテナとカレンを、城の医務室に戻した。
その次はダイチ達を送ろう、と思って平原に戻ってきたのだが、
「お待たせしてすまない。城に戻るものは送ってきた……って、ダイチ殿だけか?」
「ああ、サクラは家の方で夕飯の準備があるって言って一足先に帰って、ヘスティはここだ」
見れば、ヘスティはダイチの背中に乗っかっていた。
先ほどの戦闘でよほど力を使ったんだろうか。
瞼が下がり始めている。
「寝ているのか?」
「ま、まだ、寝て、ない……」
とは言っている物の、首がカクンカクンしている。
「この調子なんでな。そろそろ寝ると思うぞ」
「そう、か……。では、ダイチ殿は、どうする? 街に戻るのか?」
「一旦な。そこで店を閉めたら、家に戻るつもりだ。この状態のへスティを店で寝かせっぱなしにするわけにもいかないしな」
となると、最終日のパーティーに誘うのは失礼だな、と、ディアネイアは判断する。
ちょっと心残りではあるが、仕方ない。
「では、まずは店まで、次はダイチ殿の家までで大丈夫か?」
「うん? 店まで行ってくれれば後は歩いて帰るぞ。ディアネイアも疲れているんだろうし、無理しなくていいんだぞ?」
「いや、これくらいはさせてくれ。ただでさえ、三日間全て、貴方のお世話になってしまったのだから」
考えてみれば、始まりから終わりまで、彼のお陰で無事に成功できたことが多すぎた。
「なんというか、すまないな。ダイチ殿。本当に、情けないことに、頼ってばかりになって」
自分にはこんなことしか、出来ない。
そう思うと、涙すら出てきそうになる。
「今回は、私たちだけでも、抑えようと思っていたのに……。本当に、弱くてなあ……」
ディアネイアが呟きながら俯いていると、
「いや、アンタだって、今回も顔がボロボロになるまで頑張ってるだろうに。何を言ってるんだ?」
「え?」
ダイチは真顔でそんな事を言ってきた。
「いや、私は今回、何もできなかったし。迷惑かけっぱなしだったから。その、頼ってばかりで、嫌われてないかと……」
「まあ、迷惑は確かに掛けられたけど、嫌ってはいないぞ。それに、頼りたければ頼ればいいじゃないか。頼られたくなければ断るだけだし。全部、俺がやりたくてやってることだ」
「う、うむ……そうなのか。貴方にそう言ってもらえると有難い、な」
慰めの言葉かもしれないが、嫌われていない、という一言だけで、ディアネイアは安堵できるような気がした。
……本当に、彼といると、私はただの魔術師として居られて……助かるなあ。
そうしてディアネイアが胸を押さえていると、ダイチが顔を覗き込んできた。
「なっ、だ、ダイチ殿? どうしたのだ?」
「ああ、やっぱり。目の上に傷が残ってるじゃないか」
「へ……?」
ダイチは額を指差してきた。
装備していたナイフの面を使って確認してみると、確かに治りきっていない傷がひとつあった。
「これは……ポーションひとつでは治りきらなかったのかもしれない。あるいは乱暴にかけたから、患部に届かなかったのか……」
「そうだったのか。まあ、もう一本あるから、使っておくかね」
そう言ってダイチは懐から取り出したポーションを指に取り、
「動くなよ」
優しく目の上に塗ってきた。
瞬間、淡い光と共に、傷が治っていく。それと同時、
「ひゃ……?」
ポーションを媒介にして、彼の体に宿る魔力が自分の体に流れ、痺れるような感覚が来た。
「ぁう……」
そのまま全身が弛緩し、腰を抜かしてしまった。
「あれ、どうした?」
「そ、その……怪我は一瞬で治って有難かったんだが、ダイチ殿の魔力が、ポーションの力に上乗せされていたもので……体が変な反応を起こしてしまったんだ」
ディアネイアの台詞に、ダイチはハッとして自分の手を眺めた。
「そういや、そんな力もあったっけなあ。――すまん、ディアネイア。立てるか?」
差し伸べられたダイチの手を取ろうとして、ディアネイアは体を起こしたが、不意に下着が湿っているのに気付いた。
……ああ、これは……。
先ほど傷が治った瞬間、緊張が解けた時に、やってしまったようだ。
だからディアネイアは、ダイチの手を取らずに腕を引っ込めた。
「あ、あの、ダイチ殿。一応、下着で止まっているのだが、ちょっと粗相をしてしまったので、私は先に着替えてから、また来ようかと――」
と、言った瞬間、ディアネイアはダイチに腕を掴まれ、引き起こされた。
「だ、ダイチ殿……? よ、汚れてしまうかもしれないぞ?」
「え? おもらしは下着で止まってるんじゃないのかよ?」
「あ、いや、止まってはいるけれども……」
「なら、気にしなくていい。テレポートしてくれ。店まで送ってくれれば、着替えとか風呂とかあるから、それを使えばいいしな」
そういって、ダイチはこちらの手をぎゅっと握ってくれた。
「……なんというか、ダイチ殿は優しくなった気がする」
「酷い言われようだが、今回のは割と俺のせいだから、多少は気遣うさ。あと、アンタの粗相にも大分慣れたってのもあるけど」
「そ、その慣れはあんまり嬉しくないんだが。――でも、ありがとう。ダイチ殿」
そして、ディアネイアはダイチの手の熱を感じながら、街中へとテレポートするのだった。





