120.賑やかな場所への帰還
地面に倒れたカレンは、竜巻が消えて数分も経たないうちに目を覚ました。
「う……ここは……」
「よう、気分はどうだ?」
目を開けた彼女の顔は疲労に満ちている物の、声には張りが戻ってきていた。
「わあ、良かったよ、カレン――!」
「アテナ王女。それに、ダイチ……? あれ……私は……ぅ!?」
彼女は頭を押さえて、ふらふらとしながら立ちあがった。
アーマーの中に備蓄していたポーションを使ったこともあって、体の傷は治っているようだけれど、頭痛は残っているらしい。
「大丈夫か?」
「は、はい。これは……大量の魔力を使ったから、痛んでいるだけで。あの一撃を放った時の――って、一撃……!? そ、そうです、思い出しました!」
言葉の最中、カレンは目を見開いた。
その後で自分の身を両手で抱いて震え始めた。
「私、操られて……恐怖を感じて、そのあと、生存本能が精霊を跳ねのけて、意識を呼び起こしたんです…………そうだ。それで、精霊たちの暴走は……!? 街は無事ですか!?」
頭の中でこんがらがっている思考を吐き出しながらも、カレンは俺に尋ねてきた。
自分の身よりも他人を優先するのは竜王の特徴なのか、と思いつつも、彼女に答える。
「街は無事だ。それに精霊は全部確保した……っていうか、懐いたぞ」
そう言って俺は足元に目を向ける。そこには、
「ふー」「すいー」「しゃー」「ぐうー」
火、水、土、風の四精霊が俺の足元に、まとわりついていた。
「んで、こいつらが倒れていた場所にあったペンダントがコレだな」
俺は精霊たちが守るように囲っていたペンダントをカレンに渡す。
ただ、ペンダントの色は以前みたような真っ黒なものではなく、水晶のような透明感あるものになっていたが。
「壊れてないよな?」
「は、はい。……すごい、暴走しかけていたペンダント内部の精霊の魔力まで、全部吹っ飛んでいる……。よく、こんな威力の攻撃を受けて、私は生きていますね……」
ペンダントを見て、カレンはもう一度震えた。
足元からぞわぞわっと、俺からでも見えるような震えだった。そんなに怖かっただろうか。
「……俺、流石に威力調整はしたんだけどな……」
「え?」
言うと、カレンは言葉を詰まらせた。
「ちょ、調整……あれで? 精霊の力を全部吐き出した一撃を潰してなお、加減したのですか?」
「うん」
知り合いに死なれると気分が悪い。
だから竜巻だけを吹き飛ばせる程度に見極めて、調整したんだ。
「まあ、でも。思ったよりも力が減衰しなくて、中心にいたカレンもちょっと吹き飛んじまったのは悪かったよ」
「い、いえ、そこは別にかまわないのですが……。元より、あの精霊を飲み込んでいた時点で生きて戻れるとは思っていませんでしたし。――でも、あれで加減済みって……」
唖然とした表情をしているカレンの横に、ヘスティがとことこと近寄っていった。
その手には、俺が先ほどアーマーからパージした魔石の杵が握られていた。
「……これ、みるといい。この魔石の塊の力、半分も使ってない、から」
ヘスティがぽんぽん、と杵を叩いて言って来た。
見るだけで分かるとは、すごいな。
「ん、普通、全部の力使ったら、魔石の色が変わったりするから」
「そうだったのか」
「知らないで、使っていたの? もしかして、初使用?」
「いや、試運転は何度かしてたんだけどさ。全部使おうとすると、威力が強すぎたんだよな」
六割の力を店の地下で軽く試したら、地面に大穴があいてしまうくらいだった。
今ではその大穴は、大きな格納庫になっていたりするからいいんだけど。
「……なんというか、力の方向性がずれているような気もするけれど、うん。上手く使えてるなら、良かった」
元々はリンゴジュース作成とか、料理系に使おうとしていたのに、力が強すぎて駄目だということが分かったのは悲しかったけれどな。
こういう時に役に立ったのだから結果的に良かったよ。
「ま、そんな試運転があったから、ほどほどにやらせて貰ったわけだ。ヘスティの全力ブレス二発分くらいか?」
「いやいや、我、ここまでの出力、無理だから」
ヘスティはそう言って首を横に振った後で、俺の手にそっと触れてきた。
「……アナタ、力の加減がすごく上手くなってる、とは思う。相手の力の見極めが出来なかったら、今回みたいな結果に、ならないから」
「おお、ヘスティ先生に褒められたぞ。嬉しいね」
この世界に来た時と比べたら、使い方にも慣れたもので。
ちゃんと調整が出来たって評価が貰えたなら良かったよ。なんて思っていると、
「ダイチ……」
ふらり、とカレンが近寄って来た。
彼女はお腹に手を当てて、体をふるまわせたまま、俺を見た。
「うん? どうした?」
「ダイチ。いつか、私は貴方と試合がしてみたいです……!」
カレンの目は、熱っぽい意思で輝いていた。
「いや、俺はそういう体育会系なのは、いらないんだけど」
「いいえ、その力。私は、久々に燃え上がりました……! 一日中、見つめ合って、魔力を当てあって、試合をしたいです……!! こんな、私が勝てない人がいるなんて、素晴らしいですよ……!!!」
とても熱量のある視線で射ぬいてくる。
正直このノリはきついんだけど。
「……ヘスティ、なんか言ってやってくれないか?」
「体育会系なカレンを負かせちゃったから、仕方ない。我とアンネみたいなもの」
おいおい、アンネにつきまとわれているヘスティが言うとぞっとしないな。
「こうなるのは、うすうす分かっていたけれど、ね。やっぱりこうなるとは」
「分かっていたって、どういうことだ」
「だって、カレンにとって、アナタは理想の人だから、ね。彼女がずっと追い求めていたのは、真っ向から自分を打ち倒して、勝てるくらい強い人、だから」
理想が物騒すぎるだろう。
というか追い求めていたってなんだ。
「彼女が色々な場所で用心棒とか先生とかしつつ旅をしているのは、そういう人を探すのが目的だから。……そして、アナタという人が見つかった」
待て、俺はそのラインを狙った覚えは無いぞ。
「なっちゃったものは仕方ない。……基本、無視でいいと思うけど。その辺り、竜王は皆、わきまえるから」
「本当か……?」
アンネの奇行を見ていると、どうにもわきまえているようには思えないぞ。
確かに、見知らぬ人前では控えているようには思えるけどさ。
「そうですよ、ダイチ。ちゃんと貴方に迷惑をかけない状況下でしか、見つめ合って魔力を叩きつけ合ったりしませんから! あなたが迷惑と思った瞬間に、止めますし、基本的に無視で大丈夫ですよ!」
「わ、わあ……こんな情熱的なカレン、初めて見た……」
これは情熱的というより、もっとおかしなものだと思うけれどな。
「迷惑をかけて来ないって言うならいいけどさ」
そこさえ守ってもらえれば、俺は何も言う気は無い。
「ともあれ……大きな問題は解決したし、戻るか」
そして、俺たちは夕暮れの中、街へと向かう事にした。





