107.炎の精霊の効果
アテナが店を訪ねてきたのは、俺たちが昼飯を食べ終わった頃だった。
「ダイチお兄さん、こんにちはー……ってうわあ! 広くなってる」
「はしたないですよ、アテナ王女」
アテナは居住スペースに入るなりはしゃぎ始めるが、カレンがそれをたしなめた。それから俺のほうへ向き直り、会釈してくる。
「ダイチ、昨日に引き続きお邪魔してしまいまして、すみません」
「ウチに用があるんなら、別に気にしないさ。用も無いのに来られたり、俺に敵意を吹っかけてくるならともかくな」
「そう言っていただけるとありがたいです」
そうして適当に挨拶をしてから、俺は二人をキッチンまで案内する。
昨日から炎の精霊を置いている場所だ。
今日も朝から炎の精霊は大人しくそこに座っていた。
「ほ、本当に四大精霊だ! 本物だよ、これ!」
アテナは半透明をした赤い精霊を興奮しながら見ていた。
その様子を見るに、どうやら本物で間違いないようだな。
良かった良かった。
「なんだか随分静かだけど、ダイチお兄さんはどうやって捕まえたの?」
「え? いや、なんか歩いていたら襲ってきてな。反射的に荷物運び用のゴーレムが蹴り倒してたんだよ」
それがたまたま精霊だったというだけだ。
「ご、ゴーレムが蹴り倒した? えっと、ダイチお兄さんのゴーレムって木製だよね?」
「ああ、そうだな」
「樹木で炎の精霊を抑えるって、……ありえるの? ねえ、カレン」
「精霊以上の魔力を保持していればありえます。ですが、まあ精霊とは自然そのものなので、中々、ありえないことです」
「だよね……」
なんで二人して唖然としているんだ。
生木は燃えにくいし、意外と炎に勝てると思うんだがな。
ヘスティの炎よりも弱かったしさ。
「まあ、とりあえず引き受けてくれ。こいつをいつまでも置いておくわけにはいかんし」
「あ、うん。了解だよ。カレン、ペンダントを」
「かしこまりました」
そういって、カレンは胸元からペンダントを取り出す。
真っ黒な石がついたものだ。
「さあ、炎の精霊よ。この魔石にお戻りください」
そう言ってペンダントを精霊に向けて差し出したのだが、
「ふー……」
炎の精霊は何故か、キッチンにぺたぺた触れている。
しばらくすると、キッチンの一部が赤く輝いていく。
「……なにやってるんだ、こいつ」
「どうやら、ここが気に入ったみたいで。自分の力を分け与えているようです」
そして数秒後、キッチンの上で、炎の精霊が分裂した。手の平に収まるほどに小さな精霊が、キッチンにそのまま座った。
「なにこれ」
「分霊といいまして、体の一部を残したみたいですね。四大精霊は分霊を残すことはめったに無いのですが、よほどダイチに敬意を示したかったのでしょう」
「ふー」
分裂した火の精霊の片側は、満足したような顔になって、カレンの黒いペンダントに向かう。そして黒い石に触れると、その姿を石の中に溶け込ませていった。
完全に炎の精霊の姿が消えると同時、黒い石の中に赤い点が一つ点灯した。
「はい、これで封印完了ですね」
「封印つっても、体の一部がここにあるんだが、いいのか?」
キッチンのテーブルの上で、両手を上げて万歳してるのがいるんだけど。
「四大精霊クラスともなれば、体を分けても絶大な力を持ちますから。それに、もしもこれで足りなければ、国王が新たに強大な力を持った精霊と契約しなおせばいいだけです。あるいは、アテナ王女が契約するために走り回ればいいことです。国を守る精霊は四大精霊だけというわけでもありませんし」
「うん。心配してくれてありがとうね、ダイチお兄さん。でも、足りなかったら私ががんばるから、大丈夫だよ! カレンにしっかり鍛えられているしね」
アテナは微笑みながら胸を張る。
努力家なところはディアネイアにそっくりみたいだな。
「そういえば、カレンは竜王なんだよな? なんでアテナを鍛えているんだ?」
「ああ、それはですね。私が空腹で倒れていたところを、アテナ王女に拾われたのですよ」
「アンタもか!」
ヘスティといい、カレンといい、なんならアンネもだが、なんで竜王は自分の空腹に気付かないんだ。
「人間体のときだとエネルギーの計算を間違うことがあるのですよ。それと力をフルに使ったあとだと、睡眠欲で魔力を回復させますから、おなかのほうがおろそかになるんですよね」
そういえば、ヘスティもラミュロスも自分の体を回復させるときは、寝てばかりいたっけな。
「だから、食欲が訴える暇もなくエネルギー切れになり、そのまま飢えてぶっ倒れる事がよくおきるんです」
「なんというか、生物として大丈夫なのか心配になってくるぞ……」
ヘスティも何も言わないでいると、そこらへんの草を食って満足してしまうので、この頃は食事を共にするようにしているけれどさ。
最近、竜王の弱点は食事がおろそかになることじゃないか、と思い始めているよ。
「ダイチは竜王のことを理解してくださっているのですね。ありがたいですよ」
「いや、俺としては普通に見ていられないだけなんだけどな……」
知り合いが雑草をもしゃもしゃ食ってるシーンに遭遇したら、そりゃ食事に誘うくらいはするさ。
「ヘスティも相変わらずなんですね。懐かしい話が聞けてよかった。……ただ、これ以上お邪魔になると、昔話だけで時間が過ぎてしまいそうなので、そろそろお暇させてもらおうと思います」
「うん。まだまだ精霊を探さないといけないしね。それじゃあ、ダイチお兄さん、またね」
「おう、じゃあな」
そう言って、アテナとカレンは店を去って行った。
「昨日に引き続きにぎやかな連中だったなあ」
「そうですねえ――あ」
アテナたちを見送っていたら、キッチンの方へいったサクラが声を上げた。
「うん? どうしたサクラ?」
「いえ、なんだかこの店のコンロの火力が上がったようです」
見れば確かに、昼飯を作っていたときよりも、魔方式のコンロの火が大きくなっている。
なんでだ、と首をかしげてコンロを見れば
「ふー」
炎の精霊の分霊が、コンロに居座っていた。
というか半分同化していた。
「もしかして、こいつのせい?」
「おそらく、そうでしょうね」
どうやら、精霊を捕まえたメリットは、ウチの店にもあったようだ。





