105.人外ばかりが来るお店
俺が値段をいくらにすべきかうんうん悩んでいると、再びお客が来た。
今度は、綺麗な身なりをした老紳士で、
「こんにちわ。買い物してもよろしいですかな」
「おうよ……って、ゲンリュウかよ」
「おお、覚えておいていただけましたか。光栄ですな君主さま」
次に来たのはゲンリュウだった。元々ヘスティのお付をしていた竜だけあって、物腰が柔らかだ。
一瞬、普通の老人かと勘違いしてしまった。
「まあ、私は人化が苦手ですからな。こういう雰囲気で誤魔化すしかないのですよ」
「雰囲気で誤魔化せているだけで凄いと思うがな」
というか、開幕二連続が人外だとは、なんとも変な感じだな。
この町にはそういう人外が多いのかもしれないけれど。
まあ、いい。客は客だ。
「この店の商品はリンゴジュースだけなんだけど、それでもいいのか?」
「はい。構いません。ただ、ちょっと注文数が多めになるのですが、よろしいでしょうか?」
ゲンリュウも多めに注文か。
まあ、竜の体で飲み干すのだとしたら十杯くらいは必要になるもんな。
「構わんぞ。すでに俺は大量注文を受けた後だからな。ちょっとやそっとくらい、ぜんぜん平気だ」
「ああ、良かったです。それでは、――百五十杯ほど頂きたいのです」
「ん?」
聞き間違いかな。
それだと不味いのでもう一回いってほしいのだが。
「はい。百五十です」
「……ほんとに多いな?」
「一族の中で成体となった全員分ですので。ヘスティ様がよく、美味美味おっしゃられているもので、飲んでみたいというものが後を絶たないのですよ」
また一族全員へのお土産か。いや、それでも売れていく分にはぜんぜん良いんだけどさ。
「でも、百五十杯なんて、竜の体だとすぐになくなっちまうぞ? それとも、一体につきコップ一杯で足りるのか?」
「はい。人間体に変化する練習中ですので。成功者にご褒美として飲ませるくらいですので」
ああ、なるほど。人間の体になれば、確かに百五十杯もあれば充分かな。
俺が見た限りでは、飛竜の谷に、百体以上はいなかったし。
「でも、ご褒美がリンゴジュースでいいのか?」
「あの魔力が豊富すぎる地の、しかもあの地の支配者が直々に作っている飲料物ともなれば、ご褒美以外のなにものでもありませんとも」
「そんなものなのかね」
こちらとしては、売れるものは売れるだけありがたいとは思っているけれど。
ただ、作るのにちょっと時間が掛かるから待ってもらわなければな。
「はい。大丈夫です。君主のご命令ならば、いくらでも待ちますとも。……まあ、精霊などが来ているのでなかなかじっとはしていられませんけれど」
「精霊がきている?」
「はい。これだけの人と魔力が集まっていれば、さまざまな精霊が惹かれてくるのですよ。勿論、中には邪悪なものも混じっているので、見かけたら討伐するようにしてますが。竜の体は精霊にとってはすみやすい体ですし、入ってこられては溜まりません」
四大精霊がこの街に逃げてきているのは知っていたけれど、他の精霊もきているのは初めて知ったな。
そういえば、この祭りそのものが、精霊の到来を祝い、祈る行事だというのは聞いていたけれども、それかな。
「竜も大変なんだなあ」
「まあ、人間とは生態系も、格好も違いますからね。その辺は仕方ありません。竜王様方は上手く紛れ込んでいたり、体そのものが我々のものとは違いますから、気にしないでしょうが」
竜にも体質とか、種族差とかあるんだなあ。
人よりも大分強いから、自然の被害なんて気にならないと思っていたのに。精霊には弱いのか。
「まあ、竜が気絶でもしていない限り、精霊が体に侵入してきても抵抗はできますけれどもね」
「ふむふむ、なるほどな。……っと、話しているうちに出来たな」
小型ゴーレムたちを全員総稼動して作ったリンゴの果汁は、全て樹木のボウルに突っ込んである。
それに水を混ぜたものを、大型の木製タンクに移し替える。
当然ながら、全部をコップに入れるのは、コップの個数が足りなくなるし、百五十杯も入れてられないので、
「ほれ、百五十杯分」
大きなタンクのままゲンリュウに渡す。
そこそこ重いはずだが、ゲンリュウはその巨大なタンクを肩に背負うと、金の入った袋を出してたずねてきた。
「おいくらですかな?」
「えーっと、相場は一杯千ゴルドらしいぞ」
「ふむふむ、安いですな。失礼ながら、それで君主さまは生活できるのですか?」
「まあ、うん、生活は出来るな」
むしろ、今はどこに金を使えば良いのか頭を悩ませている最中だ。
材料費はほとんどタダみたいなもんだしな。
「ふむふむ、君主さまは流石、心が広い。人のお金をあまり持ち合わせていないので安いのは助かります。百五十杯だと、十五万ゴルドですから、この袋の中身でぴったりになりますな」
「お、おう、毎度あり」
「では、また。このたびはありがとうございました」
そしてゲンリュウは軽々とタンクを担いだまま、風をまくような速度で走り去っていった。
俺は金の入った袋をカウンターの後ろに放り込みながら思う。
……今のところ、俺の店は人外専門のジュース屋になっているな。
そして開店してからというもの、ずっと大量購入者しか出ていない。
この商売の方法は正しいんだろうか、とも思うが、
「まあ、いいか。喜んでるしな」
貯まるだけだったリンゴが役に立っているのも嬉しいし、悪いことではないだろう。
まあ、リンゴの代わりに金が貯まるだけになりそうだが、これはどこかで使い所を考えよう。
そんな事を思いながら、飛竜と人狼の御用達となったジュース屋は、まだまだ営業を続けていく。





