―side アンネ―迷い竜と炎の日
アンネとラミュロスは、街の大通りの外れで、祭事用の大きな焚き火の前で番をしていた。 木で組まれた櫓に炎がともり、一メートルほどの火柱が立っていた。
「まさか、道に迷った挙句、火の番を頼まれてしまうとは……」
「ボクとしては人間さんの役に立てて嬉しいんだけどねえ」
城から出て、ダイチの店に行こうとしたのだが、いつのまにかこんな所に来てしまった。
そこで、街の人に火の番をお願いされて、今に至っている。
「しかし、人間さんが造ったにしてはやけにでっかい焚き火だよねえ」
「今日は火の日、というらしいですからね。この祭日は土、炎、水、風の日という区分があって、今日が何の日か示すためにこういうものを作るらしいですよ」
明日は水の柱が立って、次の日は風を生み出す旗が出るとのことだ。
……土の日はラミュロス様の落下でうやむやになってしまったらしいですが……。
風の日が祭りの最終日になると、ディアネイアからは聞かされている。
あれだけのことがあって、祭りの期間が短くなるだけで済んだのは奇跡的幸運で、異常な事としか言いようが無い。
その奇跡的な行為を引き起こしたのが一人の人間であることはもっと異常だが。
「流石はアンネ。人のことに詳しいね」
「いえいえ、私の知識なんて姉上さまに比べたら全然ですよ」
言いながらアンネは、今、ヘスティがいるであろう場所を思う。
「もう、ダイチ様のところにカレン様が到着して、話し合いが終わったところでしょうかね」
「かもね。カレンとダイチさん、大丈夫かなあ」
「まあ、カレン様とダイチ様ならば会話でどうにかなったでしょう。なっていなければ……もう戦闘状態でしょうし」
「だよねえ」
アンネはにぎやかな祭りの風景を見る。
これを見るだけで、あの二人が戦っていないと、彼女には分かっていた。
「彼女が力を振るえばただでは済みませんし、ダイチ様が力を振るえば、そもそもこの町が今頃押しつぶされているでしょうから。無事に済んだようです」
「あー、そうだねー。ダイチさんの力だと、普通に吹っ飛んじゃうよね。だからボクが行ってもどうしようもないとは思ってたんだよ」
「私も同意見です。私ではダイチ様を止めることも出来ないでしょうし」
そのあたりは共通認識らしく、ラミュロスもうんうん、と頷いている。
彼の力はすさまじい。
自分の中ではヘスティのなじりが別格の気持ちよさなのだが、それに匹敵する気持ちよさ持ち合わせている。
……あの、本能的にゾクゾクしてしまうような感覚は、ダイチ様のありえない力から生み出されるものですしね……。
だからこそ、あの力をカレンに振るわれることがなくてよかったとも思う。
ただ、竜王の中でも最も優秀なカレンと、ダイチの出会いは見ておきたかった、とも思ってしまうが、
「すみませんラミュロス様。私の方向音痴のせいで、お付き合いさせてしまって」
「いやいや、気にしないでいいよー。ボクもこの街のことわからないんだし、お相子だよ。……でもまあ、あのお姫様に頼まれちゃったし、ここの焚き火が終わったらダイチさんに会いに行こうか」
ラミュロスの言葉に、アンネは静かに頷く。
「そうですね。……もしかしたら姉上さまも一緒にいて、『遅い!』と叱ってくれるかもしれませんし。そうなったら気持ちよさそうです」
「うーん、そのあたりはボク、よく分からないかなあ。――って、あれ?」
話している途中、ラミュロスが視線を焚き火に移した。
「どうかされましたか、ラミュロス様」
「なんか、火の勢い、異常じゃない?」
「あら、本当ですね」
先ほどまではオレンジ色をしていたその火が、やけに赤くなっている。
それだけではなく、火の形がどんどんと変化していく。
火の柱から、櫓の上に人が立っているような形状に。
それを見てから、アンネは奇妙な魔力を感じた。ラミュロスを制して一歩下がる。
「一応、離れてください、ラミュロスさま。ただの火ではなくなっているようなので」
「うん、そうみたいだね。なんだか、凄く温度が上がっている気がするよ」
ラミュロスがのんきにそういった瞬間、
――ドバッ。
と火が燃え広がった。
そして、人の形をした火が、物凄い勢いでアンネとラミュロスに飛び掛る。
「む」
「おっとっと、危ない」
人型の炎をアンネは咄嗟に避け、ラミュロスは手の甲で軽くはじいた。
弾かれた炎はしかし、再び立ち上がり、こちらに顔のような部位を向けてくる。
「……なんですかね、この炎は」
「うーん、分からないけど、元気一杯だねえ」
喋りながらラミュロスは手を振る。
そこには僅かに血がにじんでいた。
「ラミュロス様、その傷」
「うん、ちょっと焼ききられたけど、大丈夫。すぐ直るよ。病み上がりだから、人間状態も柔らかかったみたい」
「竜王を焼けるほどの炎ですか。モンスターの類か、あるいは精霊か。どちらにせよ強いですね」
ちょっとその焼き加減を自分でも味わってみたくなってきたが、我慢する。
火の番を頼まれたのだから、ここは穏便に異常な火を消して、元通りにすべきだろう。
そう思って、火の人型を観察する。
「……!」
火の人型は足を曲げ、飛び込んでくる準備をしていた。
待っていれば直ぐに来るか、と思ったその瞬間、
「お、噂をすればこんな所にいたぞ。おーい、アンネ、ラミュロスー」
自分の横。大通りからひょっこり抜けるようにして、ダイチが現れた。しかも彼だけじゃない。
「ダイチ様!? それに姉上さまたちも」
皆がいた。
そのことに気を取られた、刹那、
「――!!」
火の人型は何かに気付いたかのように、ダイチたちに向けて思いっきりダッシュした。
「あ、ダイチ様! そいつは――ッ!!」
だからアンネはダイチに向かって叫んだ。
その間にも火は進む。
とてつもない速度で一直線に向かい、そして、
「うん?」
ダイチの横で荷物を持っていたゴーレムの足に踏み潰された。
「あー……うん、そうだよね。そうなるよね」
「はい。こうなりますよね」
叫んだのは、あんまり意味がなかったようだ
「なんだ? 薪が爆ぜてぶっ飛んできたのかと思ったんだけど、なんか暴れてるぞ」
「いやあ、なんというか、ダイチさんは凄いねえ」
「本当ですね」
「? 何を話しているのか分からんのだが。二人とも、とりあえず状況を教えてくれ」
「はい、ちょっとお待ちください」
そしてアンネは、首を傾げる彼と話をすることにした。





