98.祭りを楽しむ前情報
ディアネイアが着替えて、再び店にやってくると、アテナとカレンが改めて俺にお辞儀をしてきた。
「では、改めまして自己紹介を。私は竜王の一人、カレン。現在は王女アテナの私兵をしております」
「私はアテナ。第一王都のほうでお父さん……国王と一緒に暮らしているの」
王女と王女の私兵だったのか。初めて知ったよ。
そんな身分のある人らが、なんでウチの店に集まっているんだかな。
俺たちが来るまで誰もいない店だったというのに、あっというまに大所帯だ。
そこまで忙しくはなかったとはいえ、
「開店準備中にくる客の人数ではないな……」
「そ、その節は本当にすまなかった。以後、テレポートは気をつける」
「おう、そうしてくれよ」
分かってくれたのならばそれでいい。
ただ、いつまでこの王族たちはこの店にいるんだろうか、とも思う。
「もう、夜も遅いし、帰らなくていいのか?」
聞くと、アテナは少し難しい顔をした後、俺の顔を見た。
「ダイチお兄さんに話があるのだけど、聞いてもらっていいかな?」
「それくらいなら別にいいけど、なんの話だ?」
「うん、私たちがこの街に来た目的と指令の話。……カレン、ここで話させてもらおうと思うけど、いいかな?」
「言ってしまってもいいかと思います。ダイチほどの強者でしたら、私たちの動きに気付かないはずもないですし。ヘスティという、竜王の中で最も経験豊かな方もいますので」
カレンの後押しを受けて、アテナは話し出す。
「……実は第一王都の宝物庫から四大精霊が逃げてしまったの」
「なに? 四大精霊は確か、国の守護の切り札だったはずだが……それが逃げたのか」
「うん、なぜか宝物庫に穴が開いてしまっていてね。だから逃げた精霊を捕まえに来たの。それが本国、お父さんからの指令だよ」
そう言って、アテナは窓の外を眺めた。
「精霊は魔力と人の多い場所に集まる性質がある。だからこの一帯で一番、人も魔力も集まるであろうプロシアに来たの。丁度、お祭りも開かれているしね」
「なるほど、上手く重なったわけか。……だったら最初からそう言ってくれればよかったのだがな」
渋い顔をしたディアネイアに、アテナはぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさいお姉様。とにかく急いでくることになったから、到着してから伝えようとしていたの」
「なるほど。その前にわたしがテレポートをしたから、この場で伝えることになった、ということか」
「うん。あと、ダイチお兄さんもいるからね。ここで話せてよかったよ」
「ん? なんで俺が関係してるんだ?」
なんだか話を聞いている限りでは、あんまり俺には関係ないように思えるんだが。
「んとね、ダイチお兄さんは物凄い魔力の持ち主がいたから。惹かれて、精霊も集まってくることも考えられると思うんだ」
「ああ、なるほど。でも、集まってきて、何か悪いことがあるのか?」
聞くと、アテナは首を横に振った。
「ダイチお兄さんほどの力があれば、なんの被害もないとは思う。でも祭りの最中、四大精霊がいたら捕まえるためにちょっと騒ぎになるかもしれないの。それが、楽しみの邪魔になったらごめんなさいと思って。だからこの場所で伝えておこうと考えたの」
ふむふむ、祭りの雰囲気に水を差されるかもしれない、ということか。
でもまあ、それくらいなら許容範囲だ。
「俺に実害がないんなら、別に構わんぞ」
俺はほどほどに楽しめればいいだけだし、他の連中が楽しんでいる事の邪魔にならなければそれでいい。
今回の情報でなにかしらの騒ぎが起きる覚悟が出来るのは幸いだしな。
「良かったあ。それじゃあ、安心して精霊を集めることが出来るね、カレン」
「はい。今夜から始められますよ。……そろそろ時間も時間ですし、お暇させてもらいましょうか」
「うん。あと今日はありがとう、ダイチお兄さん。お兄さんみたいな人に初日に出会えてよかったよ」
アテナはニコニコしながら言ってくる。
俺は別に何もした覚えはないが、嬉しそうにしているのなら、それでいいか。
「本当に助かりました。お礼はまた後日させてもらいます」
「おう、じゃあな」
「今日はありがとうね、ダイチお兄さん。また明日とか、会ったらよろしくね」
そう言い残して二人は、城の方へ戻っていった。
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ただ、一人、ディアネイアは俺の店にいた。
「で、お前が残ったのはなんでだ?」
聞くと彼女は、頬を赤らめて照れくさそうにつぶやいた。
「い、いや、案内するといったからな。醜態をさらしてしまったし、その失敗を取り戻すためにも最初に決めたことはやらせて欲しい」
「うん? 王女が色々やってるんだろ? そっちを相手しなくていいのか?」
精霊集めとか、中々大変そうだと思ったんだが。
手伝わなくていいのだろうか。
「ああ、協力を求められればやるかもしれないが、現時点で求められてはいない。それに……極めて個人的なことなのだが、私は王女たちよりも貴方たちと一緒に祭りに行くことを優先したくて、な」
彼女は赤い頬のまま、消え入りそうな声でつぶやいてくる。
まあ、ディアネイアがやりたいというのなら止める意味はないか。
「それじゃあ、案内を頼むか」
「ほ、本当か!?」
「……なんで驚いてるんだよ」
ディアネイアがやるって言ったんだろう。
「い、いや断られると思っていてな……。あれだけの醜態を見せたし」
それとこれとは話が別だ。
「俺としてもディアネイアみたいな街のことを知っている人がいてくれるのは助かるからな」
「そ、そうか。良かった……。で、では、街のことは私に任せろ! 有名どころから穴場まで全部知っているからな」
「おう、よろしく頼むぞ、ディアネイア」
そして俺たちは、夜のプロシアに出かけることにした。





