97.巡り合う大勢
「き、騎士団長! わ、私は決死の覚悟で止めてくる! あ、後は任せたぞ!」
その一言を残して、ディアネイアは城の外、ダイチの店の近くにテレポートしてきていた。
だが、そこにカレンの姿はない。そして店の中からは、大きな魔力が感じられた。
ダイチの店は強大な魔力を含んだ樹木で作られているからか、かなりの防音、防護性がある。だから外から見ると物凄く静かなのだが、今は内部から僅かに物音が聞こえてくる。
「これは、やばいぞ……!」
内部からは既にダイチとカレンの気配を感じる。
ここから予想される最悪は、カレンとダイチの激突だ。
勝敗は分かりきっているから、カレンは挑まないとは思いたいが、
……彼女はアテナに執着していた。
だから、もしもアテナがダイチを敵対認定していた場合、戦いになるかもしれない。
……そうでなくとも、彼女の挨拶は魔力当てだ。
ダイチにとっては、それだけで敵対行為に当たるかもしれない。
それは非常に不味い。
この街が一気にぶっ壊れかねない。
ダイチは敵対しないものには優しいが、敵対したものには容赦がない。
それは自分が一番よく分かっている。
……どうすれば、止まる?
自分が仲介することは、出来るだろうか。
竜王と、ダイチが激突していたとして、その間に入った場合、待っているのは死だろう。
竜王がたくさんいて麻痺しそうになるが、そもそも彼女たちは人間とは比べ物にならない力を持っている。それに負けないように鍛えてはいるものの、まだ自分の方が弱いのは変わらない。
「だが……このまま手をこまねいて、全面戦争を待つわけにはいかない」
そしてなにより、竜王の怒りよりも、ダイチに怒りを向けられることが怖い。
今すぐ逃げ出したいけれども、自分がまいた種だ。このまま放り出すわけにはいかない。
「行くぞ……」
震える足に力を入れて、ディアネイアはダイチの店のドアに手をかけた。
「すまないダイチ殿! お邪魔するぞ!」
そして、見たものは――
「この度は、ウチの王女を保護して貰ってありがとうございました。それにこんなお飲み物や、お着替えまで」
「気にするな。そのままにしておくわけにはいかないしな」
「いえ、それでも、ありがとうございます。貴方のような強い方にめぐり合えたことに、本当に感謝いたします」
丁寧にお辞儀をして、ダイチと会話するカレンや
「ダイチお兄さん、このジュース美味しい。お代わりしてもいい?」
「いいぞ。出した分だけたんと飲め」
「うぅ、意地悪だよ、ダイチお兄さん……」
「はは、悪い悪い」
なにやら親密になっているアテナとダイチの姿だった。
「――え?」
その光景を、ディアネイアは呆然と見ていた。
●
「お、ようやくきたか、ディアネイア」
アテナがテレポートしてきてから数分後、やっとディアネイアが到着した。
「こ、これは一体、どういう状況だ?」
「どういうもなにも、お前が飛ばしてきたアテナの保護者だっていう人が来たから、受け渡しているだけだ」
カレンです、と名乗った女性は、丁寧にドアをノックして尋ねてきた。
こんな夜中に見知らぬ人が尋ねてきたときには少し驚いたが、初対面から物凄く丁寧な礼をされたので、悪い奴ではないのは分かった。
アテナの保護者兼友人で、しかもヘスティと顔見知りである、ということも分かったので、この店に招きいれたのだ。
「本当に、ありがとうございます。ダイチがいなければ、きっと私は絶望していたでしょう……」
俺がアテナの面倒を見ていたのはただの成り行きだったんだが、先ほどから感謝されっぱなしでくすぐったい。
まあ、ともあれ、テレポートされてきた子を保護者の下に渡せたのはよかった。
「二人から話を聞いたけどテレポートは緊急避難だったんだってな。それならまあ、仕方ないけど、今後はやらないでくれよ?」
そして、彼女たちから事情を聞いたところ、喧嘩が発生しそうになったのでディアネイアがアテナを飛ばした、という事実に変わりはないようだ。
避難なら仕方ないが、テレポート場所にセットしていたのなら先に言ってほしかった。
だから軽く注意しておこうと、入り口で固まっている彼女に話しかけたのだが、
「ん? おーい、聞いているか?」
「ぁ……」
彼女は気の抜けた表情をしたまま、ぺたん、と床に座りこんだ。そして、
「良かった……」
ぽろり、と目から涙をこぼした。
「おいおい、どうした?」
「い、いや、な、なんでもない。気合を入れた分、空回りしただけだ」
そう言って、ゴシゴシと目元を拭いて立ち上がるディアネイアは、微妙に内股になっている。
「おい、まさかアンタ、また……」
「こ、今回は大丈夫だぞ! ちょっと色々緩んで漏れただけで、ギリギリ下着で止まったからな! 床は汚していないぞ」
そういう問題じゃないだろう。
なんで気が抜けると膀胱の力まで緩むんだ、この姫魔女は。
俺の店で一日に二度もやられるとは思わなかった。後半一回は未遂だけれども。
「……まあ、やったもんは仕方ないから、着替えてこいよ」
「う、うむ。お気遣い感謝する、ダイチ殿……。それと、お詫びや、今夜の案内の話をしたいから、この後時間を貰っていいだろうか?」
「ああ、時間を取るからさっさと着替えてくるといい」
感謝する!と、ディアネイアはテレポートで一時帰宅した。
「しかし、今日は客が多いなあ……」
広く作ったはずの居住スペースが一杯になりかけている。
ヘスティの知り合いだというカレンに、彼女がお供についているアテナ。そしてディアネイアと俺たちだ。
なにやら祭りの初日から賑やかな状態になってしまったものである。





