95.久しぶりの光景
店の頭上に生えていた巨木を邪魔にならない程度に小さくしたあと、俺は店の片づけをしていた。
リンゴを使って無理やり巨木を生やしたせいで、店が少し歪んでいたりした。
それを直したり、内部が少し荒れてもいたので、結構やることがある。
「この分だと出店は明日からになりそうだな」
「そうですね。でも、お掃除とかもしたかったので丁度良かったです」
サクラはそうほほ笑みながら、リンゴの箱を積み上げていく。
「よいしょっと。とりあえず、この辺りに置いておきますね」
「おう。ありがとうよ」
あと数箱、外に残っているのでそれも運び入れて、明日の朝にでも小型ゴーレムを稼働させて処理すれば準備は終了だ。
順調順調、と思っていると、不意に、サクラが虚空を見上げた。
「あ、魔力の反応。部屋の中央になにか来るようですよ、主様」
「ん? 何かって、なにが?」
「ええと、魔力の感覚的にはテレポートの前兆みたいなものですね」
「へえ、そんな事も分かるんだな。というかテレポートってディアネイアが来るのかね」
「どうなんでしょう。そこまでは分からないのですが……」
夜は案内するとか、一緒に祭りに行くとか言っていたし、それで来たんだろうか。
そう思って、俺は部屋の中央を見守った。すると、
「こ、ここは……?」
「んん?」
予想とは異なり、綺麗なドレスを着た、見知らぬ小さな女の子が現れた。
●
アテナは、姉によってテレポートされたことは覚えていた。
……あれだけ激しい魔力の奔流の中から、助けるために動いてくれた姉さまはすごい……。
そんな事を思いながら、テレポートした場所を見回した。
そこは広くてきれいな木造の部屋だった。
周囲にはこちらを見る人がいた。
……もしかしたら、どなたか知らない住人の家に入ってしまったのかも。
そう思って咄嗟に口を開こうとして、
「ぁ……れ……?」
上手く口が開かなかった。
それだけではない。体の震えが止まらなかった。
そこまで体に異常があって、ようやく気付いた。
……こ、この人の魔力、な、何……?
自分を見ている少女からほとばしる魔力に気圧されているという事に。
そして、その隣にいる男性からそれ以上の、化け物みたいな魔力が湧きでていて、自分の身をすくませている事に。
……こ、殺されちゃう……。
瞬時に判断したアテナはその場で魔法を唱えようとする。
昔、姉から教わった緊急脱出用の魔法だ。
「き、きんく、緊急テレポー……」
だが、歯の根が合わず、舌が絡む。
上手く声が出せず、魔法を使えない。そんな所に、
「おい、どうした?」
「ひ、……あ」
声を掛けられて、はっとした。
とにかくこの場は、駄目な場所だと。
すぐに出ていかねば、と辺りを見回し、背後にあったドアに向かおうとした。
――刹那、ドアが開いた。
「ん、追加の箱持ってきた。ここにおけば――って、誰? この子」
木箱を背負った白い髪の少女と、アテナは軽くぶつかった
だが、その感触とは裏腹に、感じさせる魔力は莫大なものだった。
「っ!!?」
アテナは咄嗟に後ろに飛び跳ね、こけそうになった。だが、
「おいおい、ふらふらしてるけど、本当に大丈夫か」
そんな彼女の背中を、化け物みたいな魔力の男の手が優しく支えてきた。
「……」
そこまでがアテナの限界だった。
彼女はぺたん、とその尻を地面に落とし、
「あ」
「ふええ……」
そのまま、じょわわっと盛大におもらしをしてしまった。





