93.街の反応と竜の反応
騎士団長は城の最上階テラスにいる観測班の傍にいた。
「今宵は異常ないかね?」
聞くと観測班は軽い声で答えてくる。
「問題ありませんよ、騎士団長」
「そうですよ。こんな警備の厳しい時期に敵なんて来ませんって」
「それなら良いが……」
テラスのテーブルを見れば、酒瓶が置いてある。
流石に未開封で、仕事中に飲むほど浮かれているわけではない。
オンとオフの切り替えはちゃんとできるように鍛錬したので、それは分かるが、
「祭りとはいえ初日だからな。気を抜かずにやるように」
「おっす!」
などと、最上階から街並みを見ながら兵士の返事を聞いた瞬間だった。
「っ!? に、西より、莫大な魔力が接近しています! 数は……三」
「な、なんだと!?」
観測班の報告により、最上階に緊張が走った。
気を抜いてだらっと観測していた兵士も背筋を伸ばし、周囲を警戒し始める。だが、
「ああ、皆さん、大丈夫ですよ。落ち着いてください」
その緊張を、最上階の入り口から聞こえてきた、優しげな声が和らげた。
騎士団長が入口を見ると、そこにはアンネが立っていた。
「あ、アンネどの? 貴方は確か反対側の見張り台にいた筈では」
「はい。ですが大きな魔力があったもので、こっちに来てしまいました。……この魔力の感じは、やっぱり姉上様ですね。うん、ダイチ様もいらっしゃるようです」
アンネはテラスから虚空を凝視して、そう言った。
そして、ダイチ、という名前が出た瞬間、騎士たちの間に別個の緊張が走った。
ただそれは、少し安心の入り混じったもので
「あ、ああ、この街を守った英雄か……そうか、良かったぜ」
「本当だ。心臓が飛び出るかと思った。はは……」
と、力の抜けた苦笑を観測班は浮かべあった。
「というわけで、何もしなくても大丈夫ですよ」
「そうですね。……ああ、いい訓練になりました。気が引き締まるというものです。あとでダイチどのにもお礼を言わなければなりませんな」
観測班の顔つきは大分、変わっていた。
それに騎士団長は頷きつつも、次の行動に移る。
「さて、ディアネイア様にはダイチどのが来られたと報告をしなければ。誰か、伝令を頼む」
そう言って、騎士団長が伝令兵を呼んでいる横で、
「……って、アンネどの? 何をされているのですか?」
アンネはテラスの縁に足をかけていた。
「ああ、いえお気になさらず。最近の姉上さまロスで魔力が欠乏しかけているので、ちょっとこちらから行かせて貰おうかと思います。ディアネイア様にはそう伝えて頂ければ有難いです。すぐに戻りますしね」
「え……? わ、わかりまし、た……?」
「では、後ほど!」
そして狼狽する騎士団長を背後に、アンネは城の最上階から力強く跳躍した。
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ラミュロスの速度は中々早く、数分もしないうちにプロシアまで辿り着いた。
「さて、ここらで降りるか」
今いるのは街の門がある手前あたりだ。ここから降りて、あとは徒歩で入れば面倒も起きないだろう。
そう思っていると、
「主様。前方から、飛来物が」
「え?」
サクラに言われて前を見ると、
「あ・ね・う・え・さまああああああああああ!!」
物凄い形相と勢いでアンネが吹っ飛んできていた。
その様子に対し、ヘスティはすっと手を上げた。
「……魔力使って迎撃していいかな。カウンター気味に入れば、落ちる筈だけど」
「やめとけ。おーい、アンネ。今地上に降りたいんだけど、話はそれからで頼む」
「は――――い!」
あんな形相でもモノ分かりは良いようで、素直に地面に降りてくれた。
まあ、降りる途中で、ヘスティに抱きついてきたのだが。
「ようこそです、姉上様。そしてダイチ様も! 姉上様を連れて来て下さって、ありがとうございます!」
アンネはヘスティを抱きしめながら、ぺこりと頭を下げてきた。
「別にアンネの為じゃないというか、コーティングとかしてるのに良く気づけたな」
「姉上さまの魔力ですからね! 肌で感じれば一発で分かりますとも」
「ホント、怖い……」
抱きしめられながらヘスティは力なく呟いた。
なんというかご愁傷さまである。
「まあ、そもそもの話なんですが、ダイチ様の魔力は幾ら抑えても抑えきれるものではないのですよ。だから見極める力があるものなら気付けます」
「コーティングはしっかりしてきたんだけど?」
今も外れている感覚はないんだけどな。
「ええ、しっかりされてますとも。ただ、近づくとやはり竜王なみの魔力が漏れているのを感じますのでね」
「なるほどなあ」
ヘスティのお墨付きを得たとはいえ、まだ改良の余地はありそうだな。
「ともあれ、だ。とりあえず、街まで歩きながら話をしようぜ。街にも入ってなければ、店までも、まだ距離があるしさ」
「あっ、す、すみません。そうですね」
そんなこんなで、俺たちは歩きながら話をすることにした。





