第8話「償い」
「宗ちゃん。きたよ~。」
あの後、佳音は2つ返事でOKを出した。電話越しに「やっと泊まれる!」と舞い踊っていたのは聞こえなかったことにする。
佳音の格好はネグリジェ。右手には着替えだと思われるかばんを抱えていた。
「お、上がっていいよ。」
そう言って、上に上がってもらう。
案の定、荷物を置いた後、いつもの通り後ろから抱いて欲しいと言ってきた。
だが、それは予想済みだったので快く頷いてベットに座る。そして、その前に佳音が座った。
「宗ちゃん、気持ちの整理ついたの?」
「ああ。長い時間をかけることができたお陰でな。
まったく、こんなに遠まわしにでしか感情を表にできないほど不器用だとは思わなかったけどな。」
この僕の言葉に振り向いてにっこりと笑う佳音。
「ということは、気づいたんだね。じゃあ、今回の結末を話てもらってもいいかな?」
「もちろん、そのつもりだよ。
まずは、佳音を襲った事件のほうから話そうか。」
こうしてレールの上で、僕の探偵の真似事は始まった。
「結論から言うと、あの事件の犯人は纐纈。理由としては、佳音がいなくなれば一切の障害がなくなるから、ってとこかな?」
佳音を見ると目で続きを催促してくる。
「だけど、かなり爪が甘かったよね。もともと僕と合う約束をしていたにもかかわらず、それを破ったんだから。
その後、何らかの形で佳音を呼び出すか、そこにいることを突き止めて襲う。
きっと、計画もなく突拍子にやったってことは誰にだって想像がつく。
まぁ、それでも普通の人だったら、成功していたかもしれない。バレたかどうかは別にしてね。」
僕は淡々と話を続ける。
「でも、佳音は違った。あの時僕を呼んだこと、佳音にとっては特別意味もなくやったんだろうね。だけど、相手にとって想定外もいいとこだった。実際、携帯を触った時点で纐纈は逃げだした。だから、佳音は擦り傷程度ですんだんだ。」
佳音は、真剣に話を聞いている。僕もそれに答えるように話を進めた。
「多分、今回の事件もここから思いついたんじゃないかな?だから、これさえなければ今まで通りの世界でいられたんだとと思う。
でも、起こってしまったことは、なかったことにはできない。実際に、この事件をきっかけに佳音は纐纈に対して危機感を持った。だから殺した。そうだよね?」
「うん。ここまではそのとおり。続けて。」
「殺し方は、先生の仰るとおり頸動脈切断による出血多量死。もちろん手袋で指紋がつかないようにしてから、死後硬直が起こる前にナイフを握らせたんだよね。
そうして、何食わぬ顔で朝家に帰ってくる。だから、あの日は起きてたんだね。
ただ、僕が血の中に抵抗なく入っていくのには動揺したよね?あれは予想外の動きだろうから。」
「確かに、あの時は焦ったな~。結果的には問題なかったけどね。」
「だな。そうして、排出された危機は去った。だが、これではバレやすい。だから、佳音は今回の事件に関係のある町田先生。先生を巻き込んだ。
かといって、町田先生は決して殺したわけじゃない。いや、これでは弊害があるな。佳音は町田先生に直接、手を下していない。
町田先生に纐纈が自殺したということの原因を考えさせて、その原因が自分自身じゃないかと判断させるように誘導する。
この誘導のために、カウンセリングなんて受けたんだよね?」
「全く、何もかもお見通しかな。」
「ただ、町田先生が死んでしまうことは保険にしか考えていなかったはずだ。
だが、悲しくもそれは実行されてしまった。すごく悲しい現実だけどね。
この2つの事件がいかにも関連があると判断させることで佳音は疑いすら持たれない。すごい考え方だと思うよ。
さらに、この事件だけじゃなくて、この探偵の真似事だって、佳音が考えたレールの上だよね。
僕が解けるように、ところどころにヒントを教えてくれた。だからこそ、わかったんだ。
そして、この事件の動機は、独占欲、そして遠まわしな告白、そして…自分を犯人とすることで救われる状況を創りだす。僕にはとても考えられないよ。
そうだよね?」
「うん。
私ね、すごく怖かっんだ。宗の気持ちは纐纈さんに向いてる。纐纈さんの気持ちも宗に向いてる。相思相愛の中で私はどこに要られるんだろうとずっと考えてた。捨てられるのは怖かったよ。私が好きなのは宗ただ1人。だけど、そうにってはただ1人にはなれかった。だから、どうすればなれるのかって。
これはこれで怖かったよ。もしも、宗に捨てられたらどうしようかって。今回の事件を解いてもらった上で、私を軽蔑したら…。その時は、私は自殺するつもりだった。
すごく卑怯だけどね、こうすれば宗の気持ちを独り占めできると思ったんだよ。すごく遠まわしなのもわかってる。許されないことをしたのもわかってる。
だけど、その上で私の気持ちを受け止めて欲しい。」
僕の言葉を聞いてこっちを向いた後、僕の目をみて佳音はそういった。
この言葉に対する僕の言葉は1つしかない…最初はそう思った。だが、考えているうちに別の答えが出てきた。
「…うけとめるよ、だけどね。
僕への好意はとても嬉しい。だけど、そのために纐纈を…実質的に2人を殺してしまったことを許せない。
だから、僕は佳音が償いをしてくれることを望むよ。
まずは勉強。僕と一緒にいたいなんていう理由で大学を選んだりせず、自分の限界の大学まで進学してよ。
普通の人、僕なんかにはやはり限界がある。ただ、それを選べるのに選ばないのはおかしいと思う。
すぐに償いの内容なんて思いつかない。だけど…だからこそ、償いだと思うんだ。僕はこの事件を警察にどころか誰にも言おうとは思っていない。
その上で、佳音が僕の意見に賛同してくれるなら、僕はこう言いたい。
佳音、彼女になってくれ。」
「うん…。
確かに私は間違ってた。いくら不器用だって人の命を奪う必要はなかったよ。正直、怖かっただけで…宗を自分のものにするためだけに利用しちゃったんだね。
もし、こんな私でも受け入れてくれるなら…私は…。」
その言葉は、最後まで言われることはなかった。何故なら大粒の涙をこぼして僕に抱きついてきたからだった。
後ろからじゃない。前から強く抱きしめた。その存在を確かめるように。
「僕にとってはね、今日泊まってもいいよというのは遠まわしな肯定の意思だよ。
こんなに僕の事を思っていてくれて…こんなにも愛しい佳音を受け入れないわけがない。もちろん、深い反省をしてくれるという条件付きだけどね。
もしかしたら、僕はおかしいのかもしれない。殺人鬼の告白を受け入れているのだから。
でも、僕はそれを否定しないよ。別に僕がおかしくたっていい。佳音が人間の心で生きて、僕が佳音を好きでいられるのなら。」
「宗…ありがとう。」
「いくらでも泣いていいよ。今まで寂しい思いをさせてごめんね。
明日から、戻ってくれれば…変わってくれればいいから、だから今日は…好きなだけ泣いていいよ。」
こうして、4人もの人生を巻き込んだ告白劇は幕を閉じた。
きっと死んでしまった2人は救えなかったと思う。
けれども、もしも、まだ救えた彼女を僕が救うことができたのなら…これほど嬉しいことはない。
蛇足となるかもしれないけれども、このあとの後日談を少し述べておこう。
といっても、大したことはない。1週間ほど休校になって、2人の自殺が全校集会で話されただけだ。
学校側も隠しても仕方が無いと判断したのだろう。もちろん、佳音の行動がばれたことはなかった。
その佳音は…、学校側に国公立最難関クラスを受験するということを話し、先生側を驚きの渦に巻き込んでいた。
皮肉にも、佳音を止めたかった先生方には歓喜かもしれないが、佳音が償うにはこういった方法しか思いつかなかった。
別にこれが償いになるとも思っていないし、ただの独り相撲ならぬ、2人相撲(こうなると成り立っていそうだが。)なだけかもしれない。
それでも、もうこの世にいない2人に対して償えるのはこうった方法だけじゃないかと僕は思う。
2人も少しでも許してくれると嬉しい。
反面、僕と佳音の関係はより近いものになった。具体的には、付き合ってるのを公言するぐらいには。
とはいえ、聞かれて否定しない程度のもので、そこまで大きな影響なかった。もともと、ほとんど照れ隠しで否定しているだけだと思われていたのもあるだろう。
それよりも、(学校ではかなりましだが)僕に甘えるレベルがすごく大きくなったように感じる。
毎晩のように僕の部屋のベットで彼女を愛でながら話す。本人曰く、電話の代わりらしい。
たまには、泊まっていくようになった。そのたまにが、1週間に1度をこえるようになってきて、そのうち毎日になりそうで本当に怖い。
僕達の両親は、夜中に佳音が僕の部屋にいても止めないことを考えても抑止力にはなるとは思いがたい。防波堤は僕のみか。
決して、ハッピーエンドじゃないのかもしれない。
それでも…僕はこの結果を受け入れる。その上で最善を尽くそう。2人の未来の為に。
もともと、この作品はネットに上げるつもりで書いていなかったのでずっと書きためていた形になりました。
日付を見てもらええばわかるかと思いますが、ここまで連続投稿です。
宗と佳音、歪な絆はここでどうにか1つの形になりました。
といっても、自分の中で終わらせるか続けるかまだ決まってません。
ただ、短編なら書けると思うので、本編のシリアスをできるだけ感じさせないものをいくつか書きたいと思っています。
今回の題材は、自分の中でも特殊なものだったと思います。
ただ、稀にしか見られないかもしれないけれどもただの幼馴染じゃないテンプレから外れた世界観を味わっていただければ嬉しいです。
感想、評価お待ちしています。
よろしくお願い致します。




