第50話「お泊りデート 後編」
(まさか、ここまで暴走するとは…予想外だ。)
やっと佳音の束縛から一度解放され、ベランダで夜景を眺める宗。厳密には部屋に戻った後、宗に甘えていた佳音がいつの間にか寝てしまったことによって一時的に解放されていた。
今回の行動、ひと通り考えてみても本来の佳音であればやらなかったような行動の数々であることは疑いようがない。となると考えられる可能性は…
(不安…か。)
昔…といっても、半年ほど前の頃はこんなに交友関係が広くなるとは思っておらず、いつものクラスメイト以外はほとんど佳音としか過ごさないだろうと踏んでいた高校2年の日々。
大筋は間違ってないものの、佳音としかという面では大きく読みが外れたといえる。それは、佳音にとっても宗にとってもすごく幸せなことではあるが、それ故に宗を独占するという気持ちを出来るだけ抑えてきたのではないか。
そして、それが開放されたのが今日というのが一番可能性の高いものであった。
一応、佳音が彼女からこのプランの本来の趣旨に変わりたいという意図も考えられるが、出来ればそれはあまり考えたくない可能性ではあった。
「…宗ちゃん。」
目がさめたのか窓を開けて宗の隣に立つ佳音。その表情は先程まで寝ていたとは思えないほど、目が冴えているようだった。
「ちょっと…やりすぎちゃったかな?」
「自分でも気づいてたのか。」
「うん。やっぱり、自分がやりたかったことだから途中で止めたりはしなかったけど…。」
「まあ、いいんじゃないか。たった2日間なんだ。それぐらいは好きにしてていいだろ。
しかし、今回のことでよくわかった。お前も大分我慢してたんだな。」
そう言って、佳音の頭を撫でる宗。その行動にちょっと驚きながらも、佳音は疑問を返した。
「我慢?」
「前は、学校終わってからほとんど2人でいたから良かったのかもしれないが、今は翔也やあかりだっているし、互いにクラスの友達と遊ぶようなことも多くなった。。
そういった中で過ごしていくことを通じて段々僕1人からの依存からは無意識のうちに離れてきたんだろうな。
ただ、その反動でストレスがたまってたからこういった形で発散したって感じかな。よく頑張ってると思うよ。」
「…ありがとう、宗ちゃん。」
それ以上返す言葉はないといった様子で佳音は口を閉じる。
佳音にとって、宗がそばにいることは唯一無二の幸せだが、その微妙な心の機敏に気づいてくれてそこに気を使ってくれていることは佳音にとって更に大きな喜びであった。
あるいは、そういった心づかいによって佳音は宗に惹かれたのかもしれなかった。
「さすがに肌寒いだろ。もう戻ろう。」
佳音の肩を抱えて部屋の中に戻る宗。その先に待っているのは大きな1つのベッドだった。
「…おはよう。」
まだ頭が完全に起きていない状態で佳音は無意識のうちに宗への挨拶を口にする。
「おはよう、佳音。」
そしてその返事を返した宗はベッドから少し離れた椅子に座って返事を返した。
「宗ちゃん…。あっ!失敗した…。」
宗の姿を確認した佳音はそのまま覚醒まで時間がかかるかと思えば、急に何かを思い出したようで驚きの声の後かなり落ち込みを見せていた。
「せっかく宗ちゃんと一緒に寝たのに…何も出来なかった。目覚めのキスとかしてみたかったのに…。」
案の定、宗にとってはろくでもないことだったが、佳音にとってはかなり重要なことだったらしい。
「少なくとも、毎日僕が迎えに行ってるうちは無理だろうな。
逆に迎えにくるぐらいになったら、その夢も叶うんじゃないか?」
「それは…頑張ってみる…。」
なお本当に佳音が朝早く来た場合にその歩みを宗の両親が止めず、むしろ後押しするだろうということは宗にも予測できていたためこれ以上煽ることはしなかった。
「って、宗ちゃん!勝手にシャワー浴びちゃったの!?」
宗の首には湿ったタオルがかかっている。宗がさっさとシャワーを浴びただろうということぐらいは流石の佳音でもすぐに理解できた。
「いや、むしろ何が悪いんだよ。」
「もう…予測できているはずなのにあえて言わないなんて…。」
「予測できているからこそ、自分の勘が当たらないようにと願っているだけだ。
さっさと浴びておいで。帰る前に買いたいものがあるんだろ?」
「あ、そうだった!じゃあ、早く浴びてくるね。」
そう言ってお風呂場へかけて行く佳音。
その背中を見守る宗は、彼氏というより父親の目をしていたのは、佳音はもちろんのこと宗自身ですら気づいてなかった。
「宗ちゃん、ここでいい?」
無事ホテルのチェックアウトを終え(流石の佳音も朝食までは手を回してなかった。)帰路の途中、佳音はあるお店を指さした。
佳音が組んだ2日間の予定の中で一番最後に持ってきた願い。それがこのお店だった。
「宗ちゃん、どれがいい?」
「僕じゃなくてお前が決めるんだろ。」
佳音はショーケースの中を目をキラキラさせて眺める。その視線の先には小さな宝石がそれぞれリングの上で輝いていた。
佳音がほしがったもの。それは宗とおそろいの指輪だった。
ショーケースには気軽に買うのは少し気後れしてしまうような値段のものがいくつも並んでいる。
だが、なんとか宗にも手がとどくようなレベルの品が多く、それはつまり佳音にとってはセットでも買えてしまう値段であることを示していた。
あれこれと30分近くも店内を見まわった後、佳音のお目に止まったのはダイヤの装飾が入った指輪だった。
「それにするのか?」
「うん!」
「すいません、これを1つください。」
だが、佳音が店員に注文する前に宗は先に別の注文をした。
「宗ちゃん…?」
宗の行動に疑問の声を上げる佳音。
しかし、宗の表情を見て一瞬で疑問を取り下げた。
「宗ちゃんに任せるね。」
「ああ。そうしてくれ。」
理由も聞かないやり取り。だが、佳音の側に不満は全くない。
佳音から見て宗の目は何か考えがあるという風に見て取れた。宗がこのタイミングでそんな意志を示したのだからそれは聞くまでもなく何か意味があるのだ。
そう確信したからこそ、佳音は自分が時間をかけて選んだにもかかわらず文句を言わない。
それは宗がやろうとしていることなら、間違いないという盲信とも取れる信頼とそれに応じてくれるだろうという宗の判断の両方が成し得たやり取りだった。
「はい、佳音。」
店を出て宗はそのまま佳音に買ったものを渡した。
「いいの?」
「当たり前だろ。おまえのために買ったんだから。」
念のため確認する佳音に宗は笑いながら答えた。
おそるおそる開けた中に入っていたのは…ルビーの指輪だった。
「綺麗っ!」
そう感嘆の声を上げてすぐに指にはめる佳音に宗は手を差し伸べる。
「あっ…。」
宗は優しく佳音の手から指輪を受け取り、あえて右手の薬指に指輪をはめた。
「左手の方はまだ我慢してくれ。
そもそもさっきペアの指輪を買わなかったのも、まだ僕にはそれだけの資格がないと思ったからさ。
もうちょっと…佳音を支えられるという確信が持てるまではそれで我慢してくれ。」
「うん!私、いつまでも待ってるから。」
そう言って満面の笑みを浮かべる佳音に、宗は半分照れ隠しでヘルメットを被せた。
自分の執筆スピードの遅さに泣きそうになります。
特に頭の中で描いているのは2章以上先なので尚更…。
さて、前々から考えていた旅行の話もとりあえずこれで終わりになります。
最後のプレゼント云々は、翔也が里美にプレゼントしていたのを思い出していれておかなくちゃと思って入れた部分だったりします。
ちなみに、ルビーには「あふれるような活力、愛の炎」というような意味があります。佳音にぴったりだと思いませんか?




