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昔の親友、今彼女  作者: twilight
第7章「過去編」
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SS11「失敗者と成功者」

「買い物に付き合わせて悪かったな。」

「いえ、当たり前ですよ。

食事はつくってもらうのでせめてこれぐらいは。」

スーパーで買い出しをした食品を手に持ちながら翔也は言った。

今日は宗が翔也に料理を教える日なのだ。家の環境もあり、また彼女の料理のできなさもあり(それでもここ1年はかなり進化してきているが)宗の料理の腕は並の主婦に負けず劣らずといった方だ。

一方、元々女子として生きてきたため、ある程度は料理ができる翔也だったが、いかんせん経験が足りていない。それも、一人暮らし故にある程度の経験が積めたもののレパートリーの少なさを感じて宗に相談したというところだ。

余談だが、この話を聞いた里美が料理の猛特訓を開始したのは言うまでもない。

閑話休題。

そんな中で楽しそうに話ながら歩く一組の先輩と後輩だったが、その楽しげな歩みはある名を呼ぶ声で途絶えた。

「もしかして…翔子ちゃん?」

その名は宗にとって聞いたことのない名だった。(いや…何処かで…)

だが、宗の中で答えを出す前に過剰とも言える叫び声が響いた。

「僕をその名で呼ぶな!」

客観的に見れば、もしその名で呼ばれたくなければ反応しなければいいと言える。

相手も恐る恐るといった様子であったし、きっと気にせず通りすぎれば向こうも間違いだったと思うだろう。

けれども、翔也にとってこの名で呼ばれることは絶対に無視できないほど重要なものであった。

「翔子ちゃん…一体何をそんなに…?」

相手の方も同様しているのだろう。まるで火に油を注ぐかのように再度名前を呼ぶ。

それは予想に反せず、翔也の心を更にえぐったようだった。

「僕の名前は翔也だ!もう、翔子という存在は消えてるんだ。

お願いだから…去ってよ。僕の前に二度と姿を表さないで。」

最後の方は流石に言い過ぎたと思ったのか、少し俯いたような表情だった。

だが、相手にその真意は伝わったようで目に大粒の涙をためながら、相手の少女は走り去っていった。

暫く沈黙が続く…かと思われたが、意外と早く宗の方が行動を起こした。

「翔也、荷物持つぞ。」

呆然としている翔也の手から、ひったくるように荷物を奪いそのまま一歩踏み出す。

「事情は聞かない。既にわかっている範囲だけでも、僕達と関わる前の話だってのはわかってるからな。

だから、話したかったら話してくれればいい。さあ行くぞ、翔也。」

それだけ言い捨てて歩き始める宗。

その後を翔也は慌てて付いて行った。


それから、翔也の部屋にたどり着くまで彼ら2人の間には一言の会話もなかった。

もちろんその理由には、空気を読んで話題を出さなかったのか、そこに気を回すだけの余裕がなかったのかの違いはあるが。

無言でドアを開けた翔也は、荷物を下ろしてやっと口を開いた。

「宗さん…どうしたら良いと思いますか?」

それは翔也が考えて出した答えだった。

一見何も解決していないように見える。だが、今の翔也が悩んでいたのはその解決法ではない。

宗に助けを求めるか。言い換えれば、「昔」の自分のことに「今」の仲間を巻き込むのかどうか。

そんな無限とも思える葛藤の中で選びとった道筋は、先ほどの宗の言葉が作ってくれていた道筋だった。

「僕はさ…成功した方だと思うんだ。」

そんな翔也に対して、宗は一見関係のないようなことを話し始めた。

「僕の中で、今までに失敗したと思ってるのは2回…いや、片方は失敗しかけたところで助けてもらったというところか。

けれども、一番大事なところでは助けられた。ある意味で成功してたんだよ。

今だって思うんだ。あの時選択を間違えてたらどうなったかって。一見支える側にしか立っていないように見えるかもしれないが、実は僕も不安に思うことだらけだ。

だからこそ、共感できる。失敗したことを後悔して悔やみきれないって。」

翔也は、その言葉が何を示しているのかよくつかめていない。

けれども…なんとなく、言いたいことがわかったように感じていた。

「宗さんでも…不安に思うことってあるんですね。

いつも、助けてもらってばっかりでそんなこと思いもしませんでした。」

「そんなに完璧な人間じゃないさ。

運良く成功したものを、必死に守ろうと足掻いているだけだからね。」

そう言って宗は翔也の顔を見て笑った。先程までの、どこか虚空を見つめる目がなかったかのように。

そして、まるで心を読んだかのようにこんなことを行った。

「翔也。おまえは、僕達の仲間だ。」

「え?」

一瞬、何が言いたいのか翔也には全くわからなかった。その一瞬を逃さんとばかりに宗は言葉をつなげる。

「前にお前がどんなやつだったのかは知らないし、それを捨てろとは言わない。

むしろ、拾ってくるべきだ。佳音だって何度も勇気を出して中学の友達にカミングアウトしてる。

僕が見ているのは成功している側だけだろうけど…きっと失敗していることもあるんだろう。

でも、あいつは過去を捨ててない。たとえ、重い過去だろうと逃げずに立ち向かってるよ。

おまえと佳音じゃ過去の状況も違うし、見捨てたくなるのはわかる。でも…おまえを大事に思ってくれる人にぐらいは勇気を出してもいいんじゃないかな。」

そこで一旦言葉を切る。そして、俯く翔也の肩に手を置いて言った。

「それで失敗したって、僕達はおまえを拒んだりしないよ。

僕だって、佳音やあかり、里美さんやケントだって誰一人として翔也を一人になんかしない。」

その言葉は…翔也の中で最後の一パーツを埋めた。

翔也が欲しかったのは…確信。具体的には翔也という居場所があるという言葉だ。

だからこそ、彼は過去の自分を捨てる決心がついた。

「宗さん。やっぱり、僕は『翔也』です。『翔子』はきっと消えたんですよ。

だから…『翔子』としてじゃなく、『翔也』として会ってきます。

それまで、少し待っていてもらえますか?」

そう言う翔也の目はまるで別人のようだった。少なくとも、少女のような弱さは欠片も感じない。

「もちろん。いってらっしゃい。」

その翔也の目に満足したのか、そこにいたのは騒ぐ3人を遠目から見守っているいつもの宗だった。

その言葉を受け取った翔也は、机の引き出しに入っていた一冊の手帳を握りしめ外に走りだす。

翔也が握っている手帳には…ずっと消せなかった1つの番号が書いてあった。



正直、信じられないというところが亞夜子の本心だった。

大事な友達の心が潰れていくのを見つめることしかできなかった(と彼女は思っている)後悔からもしも次会えた時は必ず謝ろうと決心していた。

けれども実際本人の姿を見た時になって…亞夜子は声を出すことができない自分に気づいた。そこには2つの大きな予想外のものごとがあったからだ。

1つは、自分が思ったよりもかなり緊張しているということ。それだけ翔子という存在が自分のなかで大きかったということを改めて実感していた。

そして、もう1つが…彼女はもう救われていたということ。それが、彼女1人によるものなのかそばにいた先輩と思われる男子がいてくれたからなのかは定かではない。

だがその時点で、亞夜子が声をかける正当性がないということもただの自己満足であるということも気づいてしまっていた。

そんな中でたった一言でも声をかけられたのは、亞夜子の勇気のたまものと言わざるを得ない。

だが、そんななけなしの勇気も彼女は…いや、彼は拒否した。

その後の出来事はもう覚えてない。

ただ、後悔に後悔を重ねる形で自分を責め続けていつのまにか公園のベンチで座っているという事実だけが残っていた。

もう生きている意味すら感じていないほど思いつめた亞夜子だったが、その混乱は条件反射でとった電話から聞こえてくる言葉が更に悪化させた。

「亞夜子ちゃん」

その言葉は…まさしく、先ほど聞いた彼女のものだった。少女というには低く、けれども青年になりきれていないその声をたった一度聞いただけとはいえ、聞き間違えるわけがない。

そこに続けられた「先ほどのことを謝りたいから直接会いたい。」という驚きの言葉に亞夜子が反応できたのは辛うじて現在地となる公園の名前を告げることだけだった。



「亞夜子ちゃん…いや、亞夜子さん。」

5分ほどして息を切らして来た翔也は最初にそう言い直した。

「さっきは…いきなり怒鳴り散らすようなことしてごめん。」

謝るのは私の方だ…と亞夜子は大声で叫びたかった。だが、吐いても吐いても出てくるのは白い息だけ。

「そ…そんなことない…。」

ようやく出てきたのはそんな弱々しい言葉だけだった。

「ありがとう。きっと嫌われているだろうと思っていたからそう言ってくれるだけでも嬉しい…かな。

やっぱり僕がそばにいると苦しそうだね…。ごめんね。」

亞夜子の俯きをそう判断した翔也は悲しそうな顔でその場を立ち去ろうとした。

「まって!そんなことないよ!」

亞夜子は、その声が自分のものとは思えなかった。けれども、最後の機会を逃さないとばかりに自分の口から言葉が漏れるのを亞夜子は感じた。

「私は…あなたに会いたかった。私も、謝りたかった…あの時、助けられなかったことを!

お願いだから…そんな顔で去って行かないで…。」

亞夜子の目から大粒の雫がこぼれ落ちる。その涙をを…翔也の指が拭った。

驚いて亞夜子が顔を上げると…そこには微笑む翔也の顔があった。

「ごめん、そんな気持ちにすら気づいてあげられなかった…。

そして、嬉しかった。亞夜子ちゃんが、そんな風に翔子のことを思ってくれていたことに。

でも…彼女は消えちゃってる。ここにいるのは翔也という少年だけなんだ。

亞夜子さん。それでも、友達になってくれる?」

そんなこと、聞かれるまでもなかった。

「こちらこそお願いします。翔也…くん。」

見知った顔のはずなのに、初めて呼ぶ名前は…どこか気恥ずかしく感じていた。

半月ぶり…ですね。

待っていてくれた方、ありがとうございます。



今回の話は、今まで語ってこなかった翔也の過去の話です。

タイトルと宗が話している内容からわかると思いますが、「失敗者」に関する話になります。

翔也という少年を確立させた成功者は宗ですが、その失敗者は?というところからこの話をえがくことに決めました。

みんな、誰もが過去になんかしらの決着を付けなきゃいけないという意味で4人の中で唯一描いていなかった翔也の過去の話でした。


さて、概ねメイン4人の過去も描き終わったので次…と行きたいのですが、もう1話だけ過去の話にお付き合いください。




余談になりますが、実はバレンタインデーにそのSSを上げようと考えましたがあまりのクォリティの低さに没としました。

ストーリー中で時期が会いましたら(大体次の章後のSSあたりです。)改稿してあげられたらなとおもいます。




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