第48話「語られなかった真実」
「別に特別なことなんてなかっただろ?」
「いや、十分青春を送ってると思うけど…。
私が宗ちゃんにどうやって接しようかってずっと悩んでた時にそんなことをやってたなんて許せないかも。」
そう言って少し拗ねる佳音。
とはいえ、現状を考えたら嫉妬するほどでもないし、そもそも相手が纐纈であるということは佳音にとって特別な意味を持っていた。
「そろそろ、私も勇気を出して言わなきゃいけないね。
宗ちゃん、私の方も1つ話してもいい?」
「うん。別にいいけど、何の話?」
「私が…半年以上怖くて伝えられなかった話。
それでも…約束だから。彼女との約束は何が何でも守らなきゃいけないと思うから。」
そう言って佳音は、話し出す。
纐纈が命を絶ったあの日のことを。
既に春も目前という頃であるから、周りはかなり明るい。
だが、時間はまだ朝の5時。門の中に佳音がいるということは不法侵入以外に説明のしようがなかった。
それでも…そんな不法侵入などという罪を犯していようと、佳音がここにいる意味はあった。
「おはよう。佳音さん。」
佳音と同じように門を超えて来たであろう佳音の待ち人。
彼女は、左手に手提げを持ち、佳音の正面に立ってそう言ったのだった。
「…纐纈さん。ちゃんと来てくれたんだね。」
こんな時間に呼び出したのは佳音だ。普通に考えれば、全く話したことのないような仲の人に呼び出されたら不審に思って無視するのは当たり前だ。
だが、佳音には確信があった。必ず、彼女はここに来ると。
「もちろん。それにしても、何も持っていないんだね。
てっきり、殺されるかなと思ってた。いや、昨日の仕返しだと思えば殺されても文句を言えないのよ。」
纐纈は、妙に飄々としていた。佳音の姿に拍子抜けしたということもあっただろうが、その姿から何か大きな覚悟を背負っているように佳音は感じた。
「あなたにされたことは…許せない。でも、だからといって命を奪おうなんて思わないよ。私にそんな勇気はないから。
けれども、決着は付けたいと思う。もう…宗ちゃんに関わらないで。」
「いいよ。約束する。」
「え?」
そのあっさりとした言葉に覚悟を決めていた佳音は逆に調子を崩される結果となった。
逆に佳音の方こそ、もう一度暴力を振るわれるかもしれないという覚悟ぐらいはしていたにも関わらず。
「そもそもね。さっきはあんなことを言ったけど、私にもう争うつもりはないの。
昨日も…きっと宗くんが助けに来てくれたんでしょ?」
「う…うん。」
「やっぱり。そんなに大切にしてもらっているのに、その場所を私が取ることは出来ない…ってのは方便ね。
もう…この際だから、本音で言うよ。
私と宗くんは確かに相思相愛であることは疑いのない事実。
あなたと宗くんがどんな関係であるのかは知らないけれど、互いに惹かれ合っているのにあなたに邪魔をする権利はない。
そう…それが、私の唯一の強み。けれども、大きな壁があった。
あなたの存在。いや、あなた一人なら私は対抗できる。でも、学校まで味方につけるのは卑怯よ。勝ちようがないじゃない!」
「そ…それは…。それは、私の意志じゃない!
確かに、学校側はそんなことをやっているかもしれない。けれども、仕方が無いの。…私と宗ちゃんはそうやって特例で入ったんだから。」
「宗くんも…?一体何故…?」
佳音が頭が良い事は纐纈ももちろん知っている。(それが、大きなコンプレックスになっているのもまた1つだ。)
だが、あれだけ一緒にいたが、宗が何か特別な技能を持っているという話は全く聞いたことがなかった。
「ううん。宗ちゃんは、一般人だよ。
私がここに入る条件の1つとして、宗ちゃんと一緒の入学を希望したの。」
「そ…そんな話聞いたことない!そもそも、頭がいいだけで全く関係のない一人の生徒を入学させるものなの!?」
「確かに学力だけで入ったらそうなのかもしれない。けれども…特例となり得る要因は2つあった。
1つは私の実績。出来るだけ公開しないようにしているから、知らないと思うけど私技術者としてもう働いているの。
校長はそれに目をつけたみたいで、私に推薦入学の話を持ってきてくれた。もちろん、他の学校もあったけど、宗ちゃんと2人の入学を認めてくれたのはここだけだったよ。」
「なんで…なんでそこまでして宗くんと一緒に入学しようと思ったの?」
「…私には…宗ちゃんが側にいてもらわなきゃきっと立ち上がれなかったから。もう1つの理由。それが原因だよ。
私ね、ほんの1年前まで男子だったんだよ。丁度1年前、性転換したの。」
その佳音の告白に、纐纈は返す言葉がなかった。その言葉が嘘だとは思わない。それは表情を、目を見ればわかる。
けれども、その驚きによって纐纈の口からは返す言葉が出て来なかった。
「元々、宗ちゃんと一緒に親友として過ごしていた中学時代だったんだけど…途中から宗ちゃんを親友という意味だけで見れなくなっちゃったの。
そのことを話したら…宗ちゃんは、ショックを受けながらも受け入れてくれた。
ただ、今でもまだ恋人としては受け入れてもらえてないけどね。今は親友でもないし、恋人でもない。なんとも不思議な関係かな。」
そう言って笑う佳音。その表情に纐纈もなんだか毒が抜かれたような表情を返した。
「そうだったんだ…。確かにそれなら納得かな。宗くんが佳音さん中心で動いていたのは。
はぁ…なんだか生きたくなっちゃうね。でも、もう覚悟を決めたんだから仕方が無いか。」
そして、纐纈はそんな謎の言葉を吐いた。
「それって…」
その言葉に佳音が質問を返す前に纐纈は言い切った。
「私、ここで負けを認めようと思う。」
そこには桁外れの強い意志が込められていることを佳音は感じていた。
「宗くんともっと一緒にいたい。せっかく両思いだってわかったんだもの、その嬉しい現実にもっと甘えていたいなとは思う。
でも、宗くんの隣にいれるのはたった1人。その場所を奪うために私は昨日行動した。そして…失敗した。
最初から、その覚悟は出来てたよ。きっと勝てないだろうって、色々と考えて考えぬいた結果、その答えしか出てこなかった。
だから、私はこのあたりで身を引きたいと思う。それも、絶対に戻れない場所へと。」
唖然としている佳音を置いてきぼりにしながら、纐纈は持っていた手提げからある布に包まれたものを取り出す。
そこにあったのは…鋭利な刃が光るナイフだった。
「最初、諦めて一人で自殺しようと思ったの。でも…私の想いを伝えずに消えるのはどうしてもできなかった。
だから…あなたに伝えて欲しい。私の想い、そして私の心を。
そして私の心をあなたの中に少しでもいいから置かせて。あなたの中から…宗くんと一緒に要られるそれだけで十分だから。」
「纐纈さん…」
今度は逆に佳音の方が返す言葉がなかった。死という覚悟、その覚悟が実感できない現状、なんと返せばいいのかわからなかったのだ。
「そして、図々しい話だけど、もう1つだけお願いさせてもらおうかな。
私の…私の命を奪って欲しいの。死ぬ覚悟はあっても苦しむ覚悟は出来てないから、睡眠薬と麻酔薬を飲んで眠るわ。
その私の頸動脈を切って欲しい。そしたらきっと何もせずに私はあの世に行ける。
苦しい話だし、本来頼めるようなことじゃないのはわかってる。
でもこの問題の原因はあなたにあるのだし、何より宗くんの隣という大きな居場所を得る代償だと思って。
それぐらいの責任はあるよね?」
まるで教科書を貸して欲しいというような軽々しい表情で言う纐纈からは一見、ことの重大さが伝わってこない。
だが、佳音は…その目を見て覚悟を決めた。
「…分かった。あなたが残した試練、きっと乗り越えて宗ちゃんの隣に行くよ。あなたの心と共に。」
その言葉に満足したのか、纐纈は手を差し出した。
その和解に佳音も同じように手を差し出す。そんな2人を見て、今から命を奪うやり取りが行われるとは誰も想像できないだろう。
そして、纐纈は手を離し、事前に用意してあった薬を握り、目の前にある学校の名が刻まれた石碑の前に座り込む。
「バイバイ、幸せにね。」
それが…纐纈の最後の言葉だった。
今までにない長い空白が開いてしまいすいません。
あまり言い訳を並べるのも意味が無いので、更新で誠意を示せたらなと思います。
次は、過去に関わるSSを2つほど予定しています。
恋愛メインの章はその次の予定ですので待っていただければ幸いです。




