第47話「纐纈との出会い」
「もう二年も前の話なんだね…なんだか、懐かしいよ。」
宗の胸の中で一緒に昔の話をしていた佳音はそう言った。
「そうだな。あの時の佳音は…と思ったけど、そんなに変わってない気がする。」
「えー。確かにあの時から甘えっぱなしだったけど…。」
2年間の成長を認めてもらえず、少しいじける佳音。
外見では確かに女性らしくなっているし、その振る舞いや服装までもはや男子の名残はほとんどない。
内面ももちろん成長しているのだが(夏休みの騒動などが代表的だろう。)宗に甘えっぱなしという現実は変わっていないため、結論として宗からするとあまり成長していないように思えるのだった。
「まあ、今の佳音に会えたのもあの時に佳音が勇気を出して本心を言ってくれたからだからな。
正直なところ、あの1件がなかったら親友としてすらどこか離れてしまったかもしれないよ。」
もちろん、宗としてもたとえ佳音があのまま男子だったとしても親友でなくなってしまったり、高校が違う程度ですれ違いがおこるような仲でないことは疑いの無い事実だと思っている。
だが、あの時に佳音が本心を言ってくれなければその違和感はどこかでズレを引き起こしていただろう。
そしてそのことは何より佳音が一番強く感じていた。
「あの時ですら、親友としての自分に違和感をもっていたもん。確かに変わっちゃったかもしれないね。」
結果論として、どんな形だろうと親友としての間柄は中学時代に終わっていただろう。だが、あの時の勇気がなければ今の関係がなかったのもまた事実なのだ。
「そういや、あの時が佳音を最初に傷つけた時だったかな。佳音がこの部屋で話してくれた時に、『少し考えたい』って言って逃げちゃったから。
ごめんな。」
「確かにあの時は本当に不安だったよ。宗ちゃんに嫌われたかもしれないって不安で仕方がなかったもの。
でも、その後に宗ちゃんはちゃんと自分の本心を伝えてくれた。上辺だけの拒絶でも傷つけないための嘘の言葉でもない、私を支えてくれるっていう意志を。
逆にあの時に宗ちゃんが恋人として認めてくれなくてよかったと思ってる。
確かにあの時から宗ちゃんが私を彼女だと認めてくれていたらあの事件はおこらなかったのは事実だよ。
でも、きっとそんなに甘やかされたら…私は潰れちゃったと思う。あの時、献身的に支えてくれながらもどこか1線を引いてくれたことで私は女子としての自覚が持てたんじゃないかな。
だって、宗ちゃんに可愛いと思って欲しいと努力していたから。」
「高1の時、妙に化粧の量が多かったり僕の前で露出が多かったのはそのせいか…まあ、結果論として良い影響があったならいいとするか。
この際、一度別れてみたらおまえはもっと女子らしくなれるのかな?」
「え!?ちょ…ちょっとまって、今のはなし!そ…そんなことないもん。」
最後の宗の言葉に一転して慌てた表情を見せる佳音。そんな佳音を宗は微笑ましく見守っていた。
「冗談冗談。大丈夫だって。」
ひと通り佳音が慌てたのを見終わって撤回する宗。
冷静に考えれば、そんなことを宗が言うのはありえないはずなのだが、かなり盲目になっている今の佳音にそんな判断を求めるのは苦というものだ。
「うぅ…乙女の純愛をからかっちゃダメなんだよ。」
やっとからかわれていたということに気づいた佳音は不満そうに頬をふくらませた。
宗の前限定(精々、あかりと翔也の前までだろう)とはいえ、その姿は到底高校生に思えない子供っぽいものであるのは、もはやご愛嬌というべきか。
この話題では、分が悪い(佳音としては宗と話している間が楽しいのだから、本当にそう思ってのことかは確かではないが。)と思ったのか佳音はある質問をした。
「そういえば、まだ宗ちゃんと纐纈さんの話を聞いたことがないね。
別に彼女に隠すようなことはないでしょ?教えてよ~」
佳音がこのような話題を出すのは珍しい…というよりも、纐纈のことを話題にだすことが既に稀だった。
確かに佳音は浮気(ほとんどが佳音の過剰反応だ)に厳しい面があるが、その中でも例外が二人だけいる。
そのうち一人はあかり、そしてもう一人が…纐纈のだった。佳音の中でどういった思いがあるのかは分からないが、少なくとも纐纈の話をして嫉妬をしたのはあの事件以来一度も見たことがない。とはいえ、佳音が忌避している話題でもあるはずだった。
「確かに話してないか。だからといって、特に話すような出会いでもないし、何かあったわけでもないさ。
そんな話でいいのか?」
けれども、佳音が聞きたいといっているのだ。別に隠すような話はないのだから、宗としては抵抗する意味は無い。
「うん。やっぱり、宗ちゃんを取り合ったライバルの話は聞いておきたいもの。」
ライバル…きっと、佳音がライバルとして認識しているのは纐纈だけなのだろう。
その言葉にどこか違和感を持ちながらも、宗は話始める。纐纈との思い出を。
宗がクラス委員という名の副室長を務めたのは決して強い意志があったわけでも、この時から纐纈に惹かれていたからでもない。
ただ、ちょっとした打算の上で立候補がいなかったからという極めて一般的な理由だ。
佳音のおまけという形で入学した宗だったが(このことを強く表に出すのは、現状校長だけだ。)そのことが一般的な受験をしてきた生徒達に対して罪悪感を感じさせる原因となっていた。また、そんな特別な入学をしたという事情がバレたらクラスから疎外になるのではないか…という不安から、クラスの中である程度信頼のできる友達を持ちたいと、出来ればクラスの中心のような人物になりたいと思っていた。
そんな中で、男子のクラス委員が決まらない。案の定、長くなるのか…と思ったタイミングで宗が手を上げたのだった。
今でこそ期待通りの友人関係が描けており、また宗のような特殊な入学をした人もいるという事実からそのようなことで特に忌避の目を向けられることはないのだが
、もちろんこの時の宗にはそんなことを知る由もなく、クラス委員としての仕事に奔走していた。
最も、だからこそ今の友人関係があるのだけれども。
ともかく、宗が纐纈のことを知ったのはクラス委員として仕事をしていく上でのことだった。
「宗くん、このプリントの集計お願いしてもいい?」
「わかった。やっとくよ。」
そう言って、纐纈からプリントと担任提出用の名簿を渡される。
本来ならば一般的な室長や副室長がやるレベルの範囲ではないのだが、担任の意向でこのようなプリントの集計をするのはほとんど日常茶飯事となっていた。
この時に、生徒が見ていいのか?と思えるような成績や進路についての情報も知り得てしまうのだが、担任はこの2人なら大丈夫と太鼓判を押しており、またクラスのみんなも、先生とほとんど同じような信頼を2人に対して持っていた。
「そういや、今日の小テスト難しかったね。私40点しかなかったよ。」
「難しい…か?あの問題ってほとんどパターンが限られてくる上に前の時間に答えを教えてたじゃん。
先生が平均は90点台って言ってたし。」
「え…確かにみんな簡単だって言ってたけど、冗談だと思ってたのに…。」
その言葉に宗は軽い微笑を返す。纐纈の成績の悪さは既に嫌というほど思い知っているからだ。
纐纈が留年レベルで成績が悪いのは、もはやクラスの中で当たり前の事実になっている。だが、それを見て教えてあげたいとか助けてあげたいというような雰囲気になっているのは纐纈の人柄の成す業だろう。
決して勉強していないわけではないのだ。むしろ、先生や友達に教えてもらった上で、授業もクラスで最も熱心だと、どの先生にも言ってもらえるほどである。
それなのに何故成績が上がらないのか。それは、勉強をよく教えている宗ですらもはや諦めている問題でもあった。(とはいえ、教えなかったらもっと下がるので現状維持ではあるのだが)
ちなみに、その宗の成績はかなり上位に位置している。
その理由は宗の本来の勉強のレベルとそんなに変わらない学校であることもあるが、やはり勉強に対する熱心さも大きいだろう。
最も、近くに勉強関連に関してはチートとも言える佳音が側にいることで高校の授業レベルでわからない所はないというのもあるが。
「むしろ、お前がみんなと同じような点数を取る方が怖い。」
「もう!宗くんの意地悪…。」
そんな軽口を交わしながら、作業を進める二人。
二人がクラス委員の膨大な仕事をほとんど嫌がらずにやれるのは、二人の気質も確かながら、この時間が二人にとって楽しい時間であるということが大きかった。
そして、その仲が文化祭、体育祭などの行事を経ていくにつれて段々と良くなっていくのはもはや疑いようのないものだった。
そんな二人の関係を崩すきっかけとなったのは…バレンタインデーの日のことだった。
「宗くんって、誰かからチョコを貰った?」
「朝、纐纈から貰ったものだけだよ。あ…でも、佳音が先に帰るって言ってたからもしかしたら用意してるかもしれないな…。」
ちなみに、この時点で佳音が宗の彼女であるという噂は既に周知の事実となっており(もちろん宗は否定している)、纐纈がそんな質問をしたのも佳音以外からもらっているのかという確認の意味を込めてのものだった。
「じゃあ、まだ誰からももらってないんだね。
は…はい、これ…良かったら受け取って。」
宗の言葉に安心しながらも、少し緊張した表情で纐纈はチョコを差し出した。
「え?僕に用意してくれたの!?あ、ありがとう。」
思わぬサプライズにたどたどしくなりながらもチョコの箱を受け取る宗。
ちなみに、纐纈は(男女関係なく)クラス用に手作りのチョコを朝から配っており(もちろん、宗へのものは別で作った特製品だ。)また宗もそれを受け取っていたからまさか、自分個人に用意してくれているとは夢にも思ってなかったのだ。
「い…家に帰ってから食べてみて。
まだまだやることあるし、終わらせちゃおう!」
その纐纈の言葉のおかげでどうにか気まずい空気にならず、そのまま作業に戻ることが出来た。
それでも、言葉の節々に緊張が残っているのは、高校生の二人ならば仕方が無いことだった。




