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昔の親友、今彼女  作者: twilight
第7章「過去編」
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第43話「正常と異常」

結局、佳音が抱えた疑問はその後の彼を強く縛っていた。

それは本来悟られたくない宗の前でこそ、強く出ていたと言える。

「佳音、どうしたんだ?」

「え…あ、なんでもないよ。」

「本当に?なんか、最近返事が遅かったり、少しそわそわしてるように見えるからさ。」

その本当の理由は宗にときめいているから…という本音を言いたい気持ちはあるものの、流石にそれをこの場でいう勇気はなかった。

「そうみえるのか…やっぱり、バスケから離れるのが寂しいからなのかな。」

決して佳音も嘘をついているわけではない。現にバスケが原因であることもまた本当なのだから。

「そうだよな。まあ、半年もすればまた高校でやれるだろ。

そういや、佳音は進路って決めてあるのか?まあ、お前の学力なら選び放題だろうけど。」

幸い宗は佳音の悩みについて深く問いただすことはしなかった。最も、こちらの問題が佳音にとって良いというわけではなかったが。

「えーっと…実はちょっと迷いが出ちゃって決めかねてるんだよね。」

ついこの前の話があるまで佳音は、県内である程度上位に位置する高校に通えばいいかなと楽観的に考えていた。

だが、今迷いが出てきているのは事実である。高校のレベルなんて別に構わない、宗と一緒の高校に行きたい…というのが今の佳音の願いだった。

最も、その理由を聞かれると自分の中にある想いについて触れなくてはいけないため口には出せなかったが。

「そっか。まあ、僕とお前が一緒の高校に行けるとは思えないし、高校からは別になっちゃうのか。

あと半年近くもあるとはいえ、寂しいなぁ。」

「そんなの嫌だよ!」

その言葉は佳音自身ですら誰がいったのかと疑問に思うような強い意志が込められていた。

「佳音…どうしたんだ?」

「え…えーっと…ずっと宗と一緒にいたから…離れるのは想定してなかったから…。」

「なるほどね。」

そんなしどろもどろな答えだったが、表面上では宗は納得してくれたようだった。

その後の会話は先程よりはどこかしら違和感のあるものになってしまった。

いや、宗の方は変わらない、もしくは変わらないように振る舞ってくれているのだが、佳音の方が上手く対応できてないのだ。

「じゃ…じゃあ、宗。今日は先に帰るね。」

「ああ、また明日な。」

そんな佳音を宗は不思議に思いながらも、あえて追求はしなかった。



「失敗した…」

1人、ベットの上で横になりながら佳音はそう呟いた。

今思い返してみてもあれは不審以外の何者でもない。佳音にとって宗が追求してこなかったのは数少ない幸運と言えるほどだ。

ただ1つ言えることは…佳音の心の中で宗の存在が占めるウェイトはかなり大きいということだ、それが自分の意図しない形で出る程には。

(これは…流石に僕1人の手には負えないかも。)

心のなかで「僕」という一人称を使うときに感じる違和感を感じながらも、佳音はそう考えた。

しかし、誰に相談できるだろうか。本来一番相談したい宗に関しては今回除外しなくてはいけない。

いや、近い人ではまずいのだ。もしもこれをきっかけに引かれたりしてしまった場合、佳音としてはかなり辛い経験をすることになると思ったからだ。

そういう意味で考えてしまうと、家族も部活の友達も外さなくてはいけない。あえて言うなら先生なら相談できなくはないが、やはり無理があるだろう。

そこまで来たところで予想してなかった言葉に気づいた。

(先生…違う、学校じゃなくて、医師の方の先生なら!?)

ずっと悩みの1つという認識でしかなかったからこそ、思いつかなかった選択肢ではある。

だが、医師に相談するのはかなり勇気がいる選択だ。それは、秘密が漏らされるとか本当に親身になって考えてくれるかとかそういう問題ではない。

医師たるもの守備義務を遵守することは当たり前だし、ましてやカウンセリングに近い形になるとすれば尚更だ。親身になってくれることもその性質を考えれば危惧するまでもない。

そこではないのだ。佳音側の認識、つまり佳音がこのことをどううけとめるかというメンタル的な問題なのである。

今ならただの悩みで解決できるし、親友への友情が少し曲がってそういう認識をしてしまったという意味で解決できる。

だが、医者に行ってしまったらそれは1つの「病気」なのだ。そこには一定の異常性があり、その時点で戻ってこれなくなる。佳音はそう考えていた。

「いや、行く!」

そこに決心をつけて佳音は呟く。

確かに怖さはある。今までに一般的な中学生よりも色々な知識や経験をしてきたからこそ、人間の排他性もよく知っているのだ。

だが、自分の心にあった違和感。それを隠してきたことにも決着をつけなくてはならない。

自分に正直に生きよう。佳音はそう思って病院へと走りだした。

たった1つ…宗が受け入れてくれなかった時を考えないようにしながら。



「じゃあ、まずはいくつか質問をしてみようか。」

「はい、お願いします。」

幸い、大して待つこともなく佳音は後の担当医に会うことが出来た。

率直に自分の思いを告げる。基本的にある程度の知識があればそれをみせびらかしたくなるのが人の性だが、それがプロに対してはマイナスにしか働かないということを知っている佳音は極力自分が調べたことを言うのを避けていた。

「君がそんな疑問に至ったのはいつの話かな?」

「先週の時の話です。」

「それから、学校生活で変化を感じた?」

「少し…体育が居づらくなりました。なんとなく、男子の着替えを見ることに罪悪感を感じるんです。」

正直、佳音が積極的に動いたのはこのあたりの症状があったからともいえるだろう。

宗のことを意識したあたりから、同じ部室で着替えている姿を直視できなくなり、その影響か同じ教室で着替えることに違和感を感じるようになったのだ。

「そうか。

まず1つ伝えたいことなんだが、君はこのことをどう思っているかな?」

「どう…ですか?それは…性同一性障害という病気なんじゃないかなと思っています。」

なんでこの医者は痛いところをついてくるのだろうか、と佳音は心の中で唇を噛んだ。だが、その憤りは思わぬ形で消えることとなる。

「それはね、違うんだよ。」

「え?」

「君は根本的に認識を間違ってるというべきかな。

まず、性同一性障害だが、確かにそういう病名で登録されていることは間違いない。俺が診断した場合も外見上はそういう結果を出さざるを得ないだろう。

だが、君がそういう認識を持つことは違う。君の現状は正常なんだ、正しいことなんだよ。」

「正しい…こと?」

佳音にとっては信じられない言葉だった。

普通に異性を好きになって…というのが正常であるはずだ。同性愛はやはりどこか間違っているし、ましてや異性になりたいなどもっての外だ、というのが佳音の偽らざる本心だったのだ。

「ああ、そうだ。君の心は何もおかしくない。」

そんな本心を彼はたった一言で打ち砕いた。

「まず、仮に君が同性愛者だったとしよう。確かに世間一般は異性愛が普通だ。俺もそうだし、この病院にいる人もかなりの割合でそうだろう。

だからといって同性愛という形がおかしいなんていう結論には至らない。確かに自然の摂理という面では非効率かもしれない。だけど、そんなものに人間の心が縛られるのは間違ってると思う。」

その言葉には強い意志があった。決して目の前の患者のためにでまかせで言っているのではなく、本心からそう思っている。それは佳音の本心を崩していくには十分過ぎるものだった。

「次にもし君が女子になりたいという場合だが…」

呆然とする佳音を前に彼は言葉をつなげる。

「人間は生まれるときに男性としての心と女性としての心を持つんだ。その上でそれぞれに合う体に収められる。

けれども、もしもその組み合わせが違ってしまったら…それが性同一性障害と呼ばれるものなんだ。

間違っているのは入れ物である体のほうだ。本当の君は心にあるんだよ。」

その言葉は氷河の様に大きい心の障壁を1つずつ崩していくようだった。

「じゃあ…僕が女子でありたいと思っても、それは…おかしい話じゃないんですか?」

「もちろんだ。女子である佳音さんこそが、きっと本当の君なんだよ。」

(佳音…さん。)

その言葉を佳音は心の中で反芻させる。初めて…初めて女子として呼ばれた名前。それは佳音の本来の思いを解き放つには十分過ぎる言葉だった。

「僕は…ぼ…僕…」

ついいつもの癖で「僕」という一人称を使いながらも、今までにない違和感を感じる佳音。

そんな彼女に医師は優しく助言をする。

「『私』でいいんだよ。ここでは偽る必要はない。」

その言葉を聞き、勇気を出して呟く。

「わ…私。」

いつも言い慣れない言葉。けれども、そこには一切の違和感はなく、むしろこちらの方が正しいのだということを確信させるほどの変化があった。

「私は…女…女子として…生きていけますか?」

たどたどしく佳音は言う。その言葉を口に出すだけでどれだけの勇気が必要だったのか。

そんな佳音をねぎらうように彼は言葉を返す。

「もちろんだ。そのために俺は協力しよう。」

この時、佳音は生まれ変わったのだ。「男子」としての佳音から、「女子」としての佳音へ。

今はたった1人の医師の前でしか本心が表せないとしても、それは絶対に揺るがないものとして佳音の芯を貫いていた。

前回はあとがきを書きませんでしたので、こちらでまとめてさせて頂きます。

佳音の過去の話、いかがでしたでしょうか。

1章の方である程度は触れていますが、やはりもっと細かい心理まで描きたいと思い、この章を書くに至りました。

実を言うと前章までで言っていた章はこれではなく、12月のクリスマス前のあたりを前提とした話だったのですが、こちらの方を描きたいと直前に思いつき、また次の章とその次の章が時間軸的に切れないことからこちらを優先させていただきました。


内容なのですが、予想外にも担当医の登場です。

3章で佳音が倒れた時に1度だけ電話越しで出ているのですが憶えている方はいらっしゃるのでしょうか。もっとも、前回は妙に挑発的な言い方をしていた気がするので、同一人物とは感じにくいかもしれませんが。


やっと女子としての佳音がここから動き出します。

宗にその真実を伝えるという大仕事をどう成し遂げるのか、そのあたりを次の話で書ければと思います。

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