SS10「かつての仲間(下)」
暗闇の中、2つしかない電灯の元でボールの音だけが響く。
集中力が切れているのか数十回に1回しかシュートが入らない。だが、その中でも海人はシュートを打ち続ける。
「なっ!?」
だが、急にそのボールが視界から消える。最初は疲れのせいかと思ったが、それはある人影によって否定された。
「よう、海人。」
そこに立っているのはジャージに着替えた宗だった。
「…何の用だ、宗。」
「何の用とはまた酷い言葉だ。僕とお前は仲間だろ?」
「バスケから逃げたお前に今更仲間扱いされたくない。
確かお前は佳音と一緒の高校に通っていたはずだ。どうして高校でもバスケをやらなかった?」
「逃げた…か。まあ、この現状だけ見ればそうとられてもおかしくないな。
僕がバスケをやらなかった理由?簡単だ。佳音と一緒に部活でバスケができなくなったから、それだけだよ。」
「…どういうことだ?」
訝しげに聞く海人を横目に宗は軽くボールを付きながら笑う。
「聞きたかったら1対1に勝ったらということで行こう。それが、元バスケ部の仲間らしいだろ?」
その余裕のある態度を見て海人は苛立ちを募らせる。
「1年半もバスケに関わってない奴が余裕のあることだなぁ!」
言うと同時に突っかかってくる海人を宗は危なげな雰囲気でなんとかかわす。
本来ならば、海人の言うとおり1年半のプレイ経験の差は大きく、中学の時点からの差はかなり広がっているだろう。
だが今の海人は妨害のないシュートすら入らないコンディション。決して宗相手であっても余裕とはいえない状況である。
「おいおい、海人、どうしたんだ?」
ついていくのに精一杯な海人に対して鈍った感覚を緩急でどうにか補いながら宗は挑発する。
普段なら当たり前にステップできるような回転も頭の回っていない海人には見事に通用していた。
そのまま、隙をみてレイアップシュートへと繋げる。だが、そのシュートは海人の腕に弾かれた。
「全く…その長身をつかったディフェンスは反則だ。」
転がるボール。そのボールを見て宗は笑いながら言った。
そもそも、先程のボール捌きだって現役の頃から唯一対抗できたのが1対1であり、シュートはほぼ確実に止められていた。
だからこそ、たとえ海人がこのコンディションであろうと宗のシュートが入るわけがないという謎の確信を持っていたのだった。
「流石に…入れさせねぇよ。さて、これで勝ちでいいだろ?」
「もちろんだ。さて、佳音の事なんだが、既にお前はもう会ってるよ。」
「…何?」
その言葉に少し考える海人。だが、答えが出てこないのをみて宗は話を続けた。
「お前が嫉妬してた僕の彼女。あれが、佳音だよ。」
「…お前は何を言ってるんだ?」
「そう言うと思ったよ。これを見たら信じるか?」
そう言って宗は携帯の中から1枚の写真を選んで海人に見せる。その写真は佳音が制服であるスカートを履いている写真だった。
「女装ってわけじゃないんだな?」
「こんなところで嘘をつくかよ。
あいつは、高校入学と同時に女子として今まで過ごしてきてるんだよ。そのサポートをするために僕はそばにいる。
これでわかっただろ?絶対、一緒にバスケなんて出来ない理由が。」
一般的な考えからしたら、高校の友達が性転換したなんて信じるに値しないような冗談だ。
だが、宗の人間性、またあの頃の佳音の行動を考えると決して冗談で済むような話ではないと判断した。
「…納得だ。しかし、あの時気の迷いだと思っていたのが本当に付き合ってるとは。」
「ちょっと待て、なんでお前の口からもそんな話が出てくるんだ!?」
「そんな話も何も、お前と佳音を除いた4人の中では当たり前の話題だぞ?」
その言葉にショックを受ける宗。
(拓哉達ならともかく、海人からもそう思われてたのかよ…。)
思わぬところで精神攻撃を食らった宗だったが、立ち直って話を続ける。
「とりあえず、そういうわけだ。決してバスケが嫌いでやめたわけじゃない。ただ、佳音をほおっておけなかっただけだ。」
「…皮肉なもんだ。結局、俺はバスケ、お前は佳音しか得られなかったわけか。
今でこそ言うが、俺はお前らに憧れてたんだぞ。もちろん、拓哉とかあのあたりもそうだったろうが、俺の方がその思いの強さは大きいはずだ。
俺にとってお前ら2人とやって不公平だなんて思ったことはなかった。お前らは2人で1人だったからな。
2人で1人として見れるようなコンビネーションを持ちながら、あの仲の良さ。
正直、単独でプレイすることしか能がなかった俺からしたら羨ましい限りだ。」
その言葉に宗は驚きで固まっていた。
「お前からそんな言葉が聞けるとは思わなかった…憧れか、そんな風に見られていたのは初めてだよ。」
厳密に言うと、宗や佳音に憧れている人という中に翔也やあかり(拓哉達は面白そうに茶化しているだけで憧れはしてないだろう)が含まれるが、宗にとって中学の時の仲間と高校の後輩は完全に別の世界の人間という認識だった。
「さて、そろそろ体力も回復してきたが、宗、お前一人で相手ができるか?」
海人は人の悪い笑顔を浮かべながら言う。
一見、性格が悪いようにしか見えないが、海人が笑っている。それは、大きな変化だった。
「確かに宗ちゃんだけなら、きついんじゃないかな?」
そんな中、後ろから聞こえてきた声。もちろん、宗にとってはたとえ顔を見なくたって声だけで判断がつく。
そもそも、宗ちゃんなんて呼び方をするのは1人しかいない。
「…佳音か?」
「そのとおりだよ。久し振りだね、海人くん。いや、さっきは無視されたんだっけ?」
そう言ってちょこんと首を傾げる。佳音にとっては無意識でやった行動だったが、それは皮肉にも男子ならばやらない仕草であった。
「…無視したわけじゃねぇ。気づかなかっただけだ。昔の友達がスカート履いてるなんてことを想定するかよ。」
「それもそうだね。あ、2人とも遅れてごめんね。
本来なら宗ちゃんと一緒に来れるはずだったんだけど、用意に手間取っちゃったから。」
その言葉に嘘はない。だが、それが女子だから…なんていう理由じゃないことは宗にしかわからないだろう。
佳音が着ているのは、昔バスケをする時に来ていたジャージ。
実は、佳音が女子になった時、男子だった頃の服をすべてしまったはずなのだ。それを今回のためにわざわざ探してきた。それがこの時間差の真相だった。
とはいえ、海人にそんな事情は分からない。ただ、佳音も一緒にプレイする気だということは取り違えたりしなかった。
「ちょうどいい、宗1人じゃ物足りなかったところだ。
宗と佳音、お前らは2人で1組なんだ。2対1だからハンデなんてやる気を削ぐようなことを言うなよ。」
そう言って挑発する海人は先程に比べて幾分か楽しそうであった。
「もちろんだ。佳音、行くぞ。」
「うん!」
宗は持っていたボールを佳音に渡す。そのボールを佳音がつきはじめた時が開始の合図だった。
海人は佳音の方を向いて姿勢を低くして待ち構える。
(佳音の怖さはその俊敏さで抜いてくること。逆にいってしまえば、遠距離からのシュートなどしてこないし…そもそも、それならゲームをやる意味が無い!)
最初は様子見をしていた佳音だったが、海人が待ち構えていることを見て走りだす。
ドリブルの精度そのものは中学の頃よりもむしろ下がっている。だが、そんなことはここにいる3人が気にするわけがない。
「佳音!抜かしてこいよ!」
余裕があると入った様子で挑発する海人。その時点で佳音からパスをしてやり過ごすという選択肢はなくなった。
そのまま海人の元に走る。そしてついにスティールができる位置にまで近づく。
(大きい…!?)
そこまで来て佳音に焦りが生じた。いくら背を下げているとはいえ、ほとんど変化のない佳音と違い海人の身長はかなり伸びている。
サイドパスも全てカットするつもりで構えている海人の隙をみてパスをすることもできず、そのままシュートするにしても佳音の背では弾かれてしまうだろう。
けれども、佳音は普通の手を使わなかった。
「なっ…!?」
佳音は止まらずそのまま上に踏み切る。その行動は海人に取って予想外のものだった。
慌てて手を延ばすもののあと少しのところでボールは海人の手をすり抜ける。だが、そのシュートはゴールにわずか10センチほど届かない。
元々届かないと予測していたからこその場所取りであり、予想外の行動があったとはいえ、ここまでは予測通り。
だが、そこで更なる予測外の事態が生じた。
「宗ちゃん!」
佳音は叫ぶ。その叫びを聞く前から宗は動いていた。
あと少し届かなかったボールを空中でキャッチしてそのままシュートする。
勝負の行方は網の中を通るボールがすべてを物語っていた。
「…全く、おまえらは無茶なことをする。」
ボールが落ちる音をゲーム終了の音と認識した海人は2人に対してそう言った。
「だって、ああでもしなきゃ海人くんを抜けられると思わなかったもん。もちろん、宗ちゃんが海人くんの後ろに回ってくれていたからこそ挑戦できたんだけどね。」
「佳音からあんなボールが飛んでくるとは思わなかったよ。今回は上手く行ったものの、普通は届かないもんだろうな。」
その言葉を聞いて海人は笑う。
「はは、何を言ってるんだ。それを成功させるからお前らなんだろうが。
しかしまぁ、恋人になって余計息がぴったりか。羨ましい限りだ。」
そう言って満足そうにボールを取りに行こうとする海人。だがそのボールは遠くから投げられた別のバスケットボールによって弾かれた。
「おまえら、早々に楽しそうなことやってるじゃねぇか。俺ら3人も混ぜろよ。」
そこにいるのは拓哉、竜也、慶一郎の3人。
もとバスケ部メンバー、勢ぞろいだった。
「…お前ら、どうしてここにいることを知ってるんだ?」
あっけにとられたように海人はつぶやく。
「海人さん、何を言ってるんですか?ここは僕達の庭みたいなものでしょう?
海人さんがここでいつも練習していることは知っていますし、宗さんが君を見かけていることは拓哉さん経由で知っていますよ。」
「そうだそうだ。そんな水臭いこというなよな、海人。」
慶一郎に竜也の順で言葉を重ねる。そこに拓哉が開始の合図を加えた。
「久しぶりの6人だ。3on3でもやるとしようぜ!」
日付が変わるか変わらないかという頃になってやっとボールの音が止んだ。
「いや~疲れたけど、楽しすぎるぜ。」
「だね。久しぶりにこんなに汗かいちゃったかも。」
「宗さんと佳音さんはバスケを続けてないんですよね?よく動けるなと感心します。」
「いやいや、お前ら4人には僕も佳音もついていけてないよ。」
拓哉、佳音、慶一郎、宗の順に会話が回る。みんな息絶え絶えだったが、それよりもみんなと会話する時間、この時が最も楽しいのであった。
「…そろそろ終わりにして切り上げるか。」
「そうだな。よし、このままみんなでファミレス行こうぜ?宗や佳音、海人にも久しぶりに会ったことだし、色々と話したいことがたくさんあるからな。」
この拓哉の提案に誰も反対しない。高校生6人(傍からみれば、男子5人が後輩の女子を連れ歩いているように見える)が夜中歩きまわるということは、本来ならば推奨されないことではあるもののこの中にそんなことを気にする人はいなかった。
「そういや、佳音って制服変わったんだろ?写真見せてくれよ。」
「そういや、みんなは見てないんだな。OK、携帯にとってあるよ。」
「え?ちょっと、宗ちゃん!恥ずかしいからやめてよぉ!」
「そんなこと言うなって、佳音!」
ファミレスまでの道ですら騒ぐ6人。
彼らの時計は今の間だけ、数年前のまま止まっているようだった。
インターバルが開いてしまいましたが、2話同時投稿です。
といっても、1話分のSSが長すぎたため分割しただけですので実質1話分ですが。
前に一部だけ描いた中学時代のことについての話です。
最後にみんなでやりたいなとか言っておきながら、(作中でも書く側としても)今の今まで中々できていなかったのですがやっと書くことが出来ました。
ここでのメインテーマは捨てたもの。
拓哉が話していた内容が最も描きたかった部分であり、海人の憧れという言葉もそれをよく表していると思っています。
また、この6人のは唯一佳音が「男子」として過ごせる場所です。
「女子」としての高校での立ち位置と「男子」としての中学の仲間との立ち位置。
どちらにもなりきれていない佳音だからこそ、両方に属せるのかなと思っています。
次の話からは7章です。
実はもう次の話もほとんど書き上がっているのでまとまり次第上げていきます。




