SS9「かつての仲間(上)」
ケントが帰ってから約1ヶ月。
彼を中心とした2つの騒動が終わりを告げ、4人のもとには一般的な高校生が抱えるような平穏が戻ってきていた。
といっても、いつも通り部室で遊んでいるだけなのだが。
そんな部活が少し長引き、10月も半ばと言った頃のことだった。
「さすがにもう暗くなってきてるね。」
「そうだな。ついこの前まで6時台なんて明るかったのが嘘みたいだ。」
電車から降りて仲睦まじく腕を組んで歩くカップルが1組。
男子の表情と少女の表情に大きな違い(具体的には優しそうに見つめる目と幸せそうな顔という正反対の表情だった)があるのは仕方がないことだろう。
いつも通りの帰路に着く。
だが、今回は思わぬ人物に出会った。
「お、海人じゃないか。」
フードをかぶった青年が前から走ってくるのを見て、宗は声をかけた。
いくら暗闇といえども、また1年半のインターバルがあろうとも、元チームメイトの顔を見間違えたりはしない。
口にこそ出さなかったものの、佳音も気づいていたようだった。
「…宗か。久しぶりだな。」
そのテンションは昔の比じゃないほど低い。
決して昔からテンションの高い方ではなく、むしろ拓也や宗といったメンバーの影に隠れながらもどこか笑っているというような少年だったはずだ。
それが、この一言を聞いただけで激変している。体格が更に細くなったのもあり、印象は全く違う。それに目の光が何か昔と違うような気がした。
「どうしたんだ?随分と変わったな。」
宗にとっては昔の仲間を心配しただけの言葉。だが、海人の方はそうはとらなかった。
「何を言ってるんだ。確かに俺の姿形は変わったかもしれん。
だが、俺の本質は変わってない。今でもバスケを続けてる。
恋愛事に逃げて変わっちまったお前とは違うんだよ。目の前で彼女とイチャつきやがって。そんなやつと交わす言葉はねぇよ。」
そんな辛辣な言葉を吐いてまた走り出した。
そのペースはかなり早い。ジョギングではなく、短距離走かと思えるようなトレーニングだった。
「…行っちゃったね。宗ちゃん、大丈夫?」
一言も発することのできなかった宗の彼女はやっと口を開いた。
「ああ。まあ、正直に言うとショックはかなり大きいな。『そんなやつと交わす言葉はない』か…。結構刺さる言葉だ。」
「そうだね…昔の海人なら絶対にそんな事言わなかったもん。
それよりも、やっぱり気づいてもらえなかったよぉ…昔のチームメイトに気づいて貰えないって結構悲しいなぁ。」
「仕方がないって。海人の変化とは比にならないぐらいお前の方は変わってるんだからさ。気にするなよ。」
へこむ佳音の頭を撫でながら、宗は言う。
言葉とは裏腹に宗の頭の中には海人の言葉が何度も反芻していた。
「お、宗か。急にどうしたんだ?」
その後、佳音を家に送り(どっちにせよ数時間後には会うことなっているのだが)家に帰った宗はある番号に電話をかけた。
「急にすまないな、拓哉。少し聞きたいことがあるんだよ。」
「全然構わないぜ。ちょうどこっちも連絡しようと思っていたところだしな。」
「それはよかった。じゃあ、先に質問をするんだが…海人の今の現状、なにか知ってるか?」
その名前を聞いて、一瞬の空白が開く。その名前に聞き覚えがないわけがないのだから、暗に肯定しているのとほぼ同義だった。
「逆に聞くが、お前は何も知らないのか?」
「ああ、残念ながらな。そもそも、僕も佳音も部活としてのバスケは引退しているから情報が入ってこないんだ。」
「なるほど。まあ、それなら仕方がないのか。あいつが、どこに進学したのかは知ってるよな?」
「そこまでは知ってる。スポーツ推薦で入ったんだよな?」
「そのとおりだ。…もしかしてと思うんだが、おまえはあいつにあったのか?」
「さっきすれ違ったんだ。ただ、雰囲気がかなり変わっていた上にお前と交わす言葉なんてないって言われて理由を知りたいってわけなんだよ。」
「それって、佳音も一緒か?」
「隣にいたよ。まあ、佳音だって気づいてもらえなかったみたいだけど。」
「なるほどな、流れが見えてきた。それならあいつがそんな反応をしてもおかしくない。」
「どういうことだ?」
拓哉は一瞬間をおいてその真相を話した。
「おまえ、嫉妬されてるんだよ。佳音が隣にいたんだろ?それなら、佳音のことだ。おまえの腕にしがみついてたって変じゃないな。
今のあいつがそんな元チームメイトの姿を見たらそりゃあ嫉妬するだろ。最近の高校生の言葉で言ったらリア充爆発しろってところか。」
「リア充って…まあ、彼女持ちがそう言われるのは知ってるが。」
実際に妬みで言われたことはないものの、冗談の範疇ならクラスメイトに言われたことがあるぐらいの用語だ。
「それなら、話が早くてありがたい。おまえと海人、綺麗に正反対なんだ。
あいつは、恋愛を諦める代わりにバスケを取った。おまえは、バスケを諦める代わりに恋愛を、つまり佳音を取った。たったそれだけの話だ。
海人は卒業の頃にな、クラスメイトに告白されたらしい。だが、バスケをこれからやろうと思っているのにそっちは支障になると思ったんだろうな、渋々ながら断ってた。
実際問題、彼女持ちでバスケなんてよくある話なんだが、あいつも不器用だからそこは割り切れなかったんだろ。
だけど、そんな取捨選択をして得たバスケなんだが…上手く言ってないみたいなんだ。
あいつが推薦で高校に行っただろ?やっぱり他のバスケチームからも特待で取ってたらしくてあいつは大した活躍もできなかった。
確かにあいつは俺たち6人の中では上手かった。正直、俺や大地、竜也だろうとあいつには未だに勝ててないって話をしてるぐらいだ。
流石におまえと佳音のペアだといい勝負をしてたが、それだって2対1だからな、フェアな条件じゃない。
あまりいいたくないが、正直言ってあいつの性格は決して明るい方でも友達呼び寄せるようなタイプでもない。どちらかと言うと自信家で根暗なやつだ。
ただ、そんな中でも俺はあいつと一緒にプレイするのは楽しかったし、きっとお前らもそうなんだと信じてる。
俺ら6人の中で中心はやっぱりおまえと佳音だったさ。それに乗って俺や大地、竜也がはしゃぐ。そんな俺らを影から見守って大事なところで止める。すごくいい関係だったと自負してるぜ。
あいつはそれをそのまま新しい高校でもやってしまったんだろうな。そりゃあ、上手くたってあの暴虐武人な態度は気に喰わない奴からしたらハブられるような原因になるだろうよ。ましてや、他と同等かそれ以下だってんだ、生意気っていう評価が当たり前だろう。
それでも、あいつはバスケが好きでこの1年半、ずっと耐えてきた。何度もレギュラー入りとレギュラー落ちを繰り返しながらな。
そして最近になって出てきたスランプ。それを克服するための特訓中に彼女といちゃついてるお前と会ったんだ。そりゃあ、悪態の一つだってつくだろうよ。」
長々と話された海人の過去。
それは宗が触れていなかった重すぎる1年半の話だった。
「なるほどな…やっと、あいつの思いが分かったよ。それにしてもお前詳しいな。」
「おまえ、何を言ってるんだよ。これでも、元キャプテンだぜ。落ち込んでる仲間がいたらそれが迷惑だってわかっててもサポートするのが当たり前だろ?
あまりいうと自惚ぼれにしか聞こえないんだが、あいつが未だにバスケを続けているのは俺のサポートがあってのことだと思ってるぜ。
バスケなんて楽しくなかったら続けていられないものだからな。」
そして拓哉は自身気に、こう言った。
「お前がここまで聞くってことは、会いに行くんだろ?」
「その通りだよ。さすが拓哉。僕の行動もすべてお見通しだな。」
「おだてるのが上手いな、宗は。まあ、それに免じて教えることにするか。
いつもの公園、俺らが放課後バスケをやってた公園覚えてるか?」
「もちろんだ。あの場所を忘れるわけがないだろ。」
そこは6人が通っていた中学校のそばにあるバスケのハーフコートがある公園だった。
部活帰り、まだやり足らないと感じていた日はいつも残って3on3をやっていたのは今でも楽しい思い出として宗、拓哉両方の心に残っていた。
「あいつはいつもあそこの場所で練習してるはずだ。今日も、走ってたって言うならまず間違い無い。」
「そうか、ありがとうな。
おまえの用事の方は良かったのか?」
「大丈夫、もう達成したからな。」
その言葉は明確な答えは出していないものの、宗が思っているものが拓哉の提案であるという確信を宗は持っていた。




