第40話「友達として」
「あの判断は佐藤様の考えではないですよね?」
あかりが出ていき、完全に1対1で向かい合う形となったケントは最初にそう尋ねた。
「ふむ。そこには気づくか。邪魔者もいなくなったし、そろそろ本音で話してもいいかね。」
祐次郎は一言であかりを邪魔者と切り捨てる。だが、その言葉の真意があかりに本音を伝えたくないだけという程度のことはケントにもわかった。
「先程も言った通り、君の提案は飲まない。そもそもね、私は君たちを利用しようとしていたのだよ。」
「利用ですか?」
「ああ。少し長くて重い話になるが、少し過去の話をさせてくれないか?
あかりから聞いているかは分からないが、彼女の父が私の息子でね。最初はこの家業を継がせるつもりだったのだが、家出してしまってね。
どうせ息子だからいいだろうと思って関与しなかったら…次にあったのは死にかけの息子の顔だったのだよ。
あいつは、くたくたの体で嫁と一緒に孫、つまりあかりのことを私に見せにこようと秘密でこっちにむかっていたらしい。
やはりいつもの無理がたたったのか、あいつが乗った車はもう少しで着くというところで交通事故に会った。
嫁はほぼ即死。あいつも瀕死の状態だったよ。そんな中であいつは言ったんだ。
「お父さん、やっと孫を連れてこれたよ。」とね。自分の体すら全く考えずにあかりの無事ばかり確認しておった。
その時になってやっと親として子供にしつけをするべきだと気づいたのだよ。全く、親としては失格な上に子供に先に逝かれるとは…。
その反動でね、私はあかりに厳しくしつけをするようにした。だけど、高校受験を期に家から出ていったあかりを見て、遺伝とは怖いと思ったものだ。親の家出の話はしてないはずなんだがね。
だから、連れ戻そうとした。丁度良い条件を持ってきてくれたところだし、祖父と孫のコミュニケーションに使わせてもらおうと思ったんだよ。
だが、あの目を見て驚いた。あいつ、たった1年間でなんて成長してきたんだとね。
一体何を経験してきたのかわからん。知りたいとは思うが、孫娘のプライバシーを侵害してまで知ろうとは思わない。
最初は、あかりの意見を聞いて断るのも受け入れるのも任せようと思っていた。それが祖父との決別になろうとあいつが成長できるなら構わないとね。
どうせこの会社も私の世代で終わりだ。何、適当なやつに継がせて地味に残ってくれればいい。
そう思っていたところに思わぬ奴が転がり込んできた。そう、君だよ。」
「ということは、俺の存在は完全にイレギュラーだったわけですね。」
「そのとおりだ。社長を名乗る人物に、契約の虚偽、その上で契約事項の変更。全くイレギュラーにも程がある。
その上で質問がしたい。いや、君の話を聞きたいと言ったところかな。」
「構いません。どうぞおっしゃって下さい。」
ここにいる2人が持っている思いは違う。けれども、その向く対象はどうやっても違えることは無さそうだった。
「君はあかりのことが好きなのではないのかね?」
「ご察しのとおりです。元々の条件から…というわけでは無さそうですね。俺の様子からですか?」
「まあ、そんなところか。単純に言ってしまえば長年の勘だよ。たった20年も生きていない若造の恋だとお見通しだ。」
そう言って笑う祐次郎。それにつられてケントからも笑いがこぼれた。
「その上で聞こう。どうしてあかりを嫁にもらうという選択肢を断ったのだね?それは君の希望ではないのかな。」
「確かに彼女を嫁に欲しいというのは俺の確かな希望です。ですが、それは本人の意志であって欲しいのですよ。
自慢ではないのですが、小さい頃からお金を稼いでいたこともあり、最初の1人以外のすべての恋人は皆俺の立場、財産を見て好きって言ってくれた人ばかりなんです。
ですが、アカリは違いました。彼女は、俺が立場を明かす前から単純に1人の男子として触れ合ってくれたんですよ。
その上で俺は告白しました。アカリには未だに返事を貰えていません。ですが、俺の生い立ち、立場を見ても意見が変わらないアカリにすごく安心しているんですよ。
贅沢な話ですが、ここで俺が社長だから付きあうなんて考えを持っていたら、その場でアカリを振るつもりでした。
だから、今この現状を維持したいんですよ。
彼女を振り向かせるのは、俺自身の魅力で振り向かせます。そこに外部の強制的な力なんていりません。」
ケントはそう言い切る。彼女の父親と言っても過言ではない人に。
言っていることは無茶苦茶だ。ケントの過去を知らなかったらその理論は納得がいかないだろうし、そんな身勝手な理由で振るような輩に孫娘は渡さないと言われても決しておかしくない状況。だが、ケントは祐次郎の好みに合ったようだ。
「なるほど。安心したよ。君にならあかりを渡せる。
何、じじいの勝手な希望だがね。ぜひ、あかりを落としてやってくれ。君を義理の息子として迎えられるのなら何も文句はない。
私も君と同じような考えだから、ただ大会社の社長で権威や金に物を言わせてというのは嫌いだ。だから、君が社長でありアカリを嫁に欲しいという話を聞いた時の第一印象は最悪だったよ。
だが、今の話を聞いて不安は完全に払拭された。あかりさえいいといえば、私としては文句は言わない。頑張ってくれ。」
むしろ、最後に何故か激励を返されるという何とも不思議な光景すら起こったぐらいであった。
「ありがとうございます。」
だが、残念なことに日本の文化に弱いケントにはそれが不思議であることすら気付けなかった。
「おかえり、あかり。」
「あかりちゃんっ!」
「あかりさん、おかえりなさい。」
宗達が待っている部屋に入ってきたあかりにかけられた第一声(及び佳音の抱きつき)はそんな言葉だった。
「宗さん、佳音、翔也くん…ありがとうございます。」
だからこそ、その暖かさにあかりは気を抜かれた。その目からは雫が流れる。昨日とは全く意味合いの違う、温かい雫であった。
「良かった…あかりちゃんに会えなかったらどうしようかなと思ってたもん。」
あかりと同じぐらいの涙を流しながら(構図的にどちらが上級生か正解を答えられる人の方が少ないぐらいである)佳音は言う。
その言葉は宗と翔也の心も代弁していることは、言わずもがなであった。
「私もです。みんなに会えなくて…なんだか大事なものを忘れてしまったような感じで…不安になっても支えてくれる人がいないという事があれほど怖いものだとは思いませんでした…。」
「すぐに助けてやれなくてすまなかったな。辛い思いをさせてしまった。」
「いえ、むしろ早過ぎるぐらいでしたよ…!それにしても…どうやってここの場所を…?私は一度も実家の場所を伝えてなかったのに。」
やっと泣き止んだ(未だに佳音は泣いている)あかりはふと疑問に思ったのか、そんなことを言った。
「お前がずっと持ってくれたあのキーホルダ。あれのおかげだよ。
あれにはGPSが入れてあってね、元々はすぐにふらふらとどこかに言ってしまう佳音の探知用にと思ってつけておいたものだったんだが、思わぬところで役に立った。
おまえが言いつけ通りずっと持っていてくれて助かった。あれがなかったらもっと時間がかかるところだったからね。」
「そんな機能が合ったんですね。ふふ…私、あれがみんなと私を繋いでくれていると信じてたんです。あれさえ持っていれば必ず会えるって。
その思いは合ってた。確かに私とみんなを再びつなげてくれたんですから。」
そう言って笑うあかりはすごく幸せそうだった。
それから暫くの間、部活の会場が替わっただけかのようにいつもどおりのゆるい会話が続く。
いつもどおりの日常…それはあかりがやっと手に入れたものであり、また宗やケントが命をかけてでも守ろうと覚悟しているものでもあった。
暫くして宗の携帯に一つの電話が鳴る。その電話を切った宗はこう言った。
「あかり、ヒーロが帰ってきたみたいだ。迎えに行ってやってくれ。」と。
「ケント!」
ホテルの入り口で待っていたあかりはケントが降りてくる姿を見て名前を叫び駆け寄った。
「おう、アカリ。安心してくれ、今回の問題はすべて解決した。
おまえが俺なんかと結婚させられることもない。今までどおり高校に通って…日常を送っていい。」
「…ほ…本当なの…?」
あまりにも信じられない最高の展開に逆に疑いそうになるあかりにケントはこう言い切った。
「本当だぜ。俺が守ってるんだ。こんな最高の日常を壊させてたまるもんかよ!」
その言葉は…何よりもあかりの心を深く癒す。先程終わりを告げたと思っていた涙はその言葉で新たな水源を得たようだった。
「…あ…ありがとう、ケント。私…ケントのことを誤解しちゃった。
ケントが最初から私と結婚するために実家を調べて、話を持っていって…そんな風にケントが考えていると思ってすごく…悲しかった。
でも…お祖父様との話を聞いてそれが誤解だって気付けた。ケントは…私を無理矢理お嫁にもらおうなんて全く思ってなくて…ただ単に私を救ってくれただけだって。誤解しちゃって…ごめんなさい。」
「全然問題ないぜ。むしろ、今回の話からしたらその誤解をされてもおかしくないと思ってたぐらいだからな。
だからこそ、あの伝言を残したんだ。あの言葉は本当だぜ。
俺は好きな人の日常は守りたい。今の自由奔放に生きてるアカリが好きなんだ。だからこそ、たとえ嫌われたってその日常は守ってやる。
それから、ひとつだけお願いがあるんだがいいか?」
「うん。何でも言って。」
「変な話かもしれないけど、今回のことを義理に思わないでくれよ。
今回、俺は1人の友達を助けるために動いたんだ。決して好きな人が困ってるからというわけじゃないと思っていてくれ。
こんな話でアカリが義理を感じて俺に好意を向けてくれるなんて俺の望む展開じゃない。
アカリが俺の魅力に気づいてくれて…その上で俺に好意を向けてくれた時、その時にアカリを彼女にしたいと思ってる。
我侭な願いだが、聞いてくれるか?」
「うん…もちろんだよ。でも、本当にそれでいいの?」
「ああ、男に二言はない。
さあ、行こうぜ。みんなが待ってるからな。」
大きな手が差し伸べられる。その手を…あかりはしっかりと握った。
互いが絶対に離さないという意志を持ちながら。




