第39話「2つの顔」
(ケントが…来ている!?)
その事実はあかりの頭を覚まさせるには十分過ぎる事実だった。
「ケ…ケントは今どこにいるの?」
「今は、玄関でお待ち頂いております。お客様はご主人様に用事があるが、その前にお嬢様に会いたいとおっしゃられています。
どうなされますか?」
明らかにあかりが動揺していることを汲んでの言葉だろう。その微妙な心遣いが今のあかりにはとてもありがたかった。
「え…ええと、い、今は会えないと伝えて下さい。」
だからといって、あかりが落ち着けるというレベルには遠く至らなかったが。
たが、まるでケントはそんなあかりの態度すら予測していたようだった。
「分かりました。それでは、伝言を承っていますのでお伝えしますね。」
「伝言?」
「はい。お嬢様がきっと会いたくないと言うだろうからと伝言を預かってくれと言われまして。」
そうして、船口はケントの言葉を口にする。
「『アカリがどう思おうと構わない。ただ、俺はアカリを助けるだけだ。』とのことですよ。」
船口はどこか楽しそうな口ぶりでそう言ったのだった。
「初めまして、ケントと申します。」
「佐藤祐次郎と言う。君にはあかりの祖父と言った方がわかりやすいのかね?」
あかりと会えないことを告げられたケントは予定通り祐次郎、つまり今回の騒動の大元に会うことができていた。
「佐藤様。俺はここにあかりの友達としてよりも、1人の社長として来ているんです。」
「ほう。ということは、君があの会社の社長か。それは失礼したな。よっぽどこちらの方が下手に出るべきお相手ではないか。」
口ではそう言っているものの、祐次郎の行動には謙遜と言ったものは現れない。
ただのお世辞か、はたまた挑発か。
だが、そのどちらとしてもケントは取り合わなかった。
「とんでもございませんよ。こんな若造と話していただけるだけでもお心遣いに感謝します。
それでは、本題に入らせていただきたいのですが。」
「うむ。本題とは例の出資の話かね。」
「はい。あの件について一つ訂正を入れておきたいのです。」
「なんだね?」
「その契約書の原本、できれば見せていただけませんか。」
先にそう断って、祐次郎から契約したという書類を受け取るケント。それをひと通り眺めてからこう言った。
「やっぱり。この契約書は偽物ですよ。」
「何?」
今まで余裕のある行動をとっていた祐次郎だったが、さすがに違和感を感じたのか疑わしいといった表情で返事を返した。
「ここにあるのが、本来うちで使っている契約書なのですが、明らかに印鑑も何もかも違うんです。
そもそも、ここに書かれている契約書は日本語、非常にお恥ずかしい話ながらまだ俺の会社は日本にまで営業を広げていないんですよ。
つまり、それは俺の会社の名前を騙った詐欺ですよ。
もし心配ならそこに書かれている電話番号にかけてみて下さい。俺が替わったらきっと無理矢理でも電話を切るはずですから。」
少しは疑いの目を持っていた祐次郎だったが、その場で書いてある電話番号にかけ、すべての番号が使われていないというアナウンスを聞くことでやっと全面的に信じる気になったようだった。
「なるほど。つまり、私が交わした契約は嘘のものだったのか。うむ…それは厄介なことになった。
ということは君はこの契約そのものが無かったと伝えに来てくれたというわけか。」
「はい。ですが、それだけではありません。」
その言葉は祐次郎に取っても予想外だったのだろう。目には好奇心の色が浮かんでいた。
「ほう。どういうことかな?」
「俺は、契約の変更をお願いしに来たんですよ。
どうも、元々の契約ではこの出資の条件としてアカリを嫁がせるという話だったと聞きました。
俺が求めるのは逆です。この出資を行うためにアカリを自由にさせてあげて下さい。こんな形で連れ戻したりせず、学生生活を謳歌させてあげてください。」
「それは少々家庭の事情に手を踏み込みすぎではないのかな?」
不機嫌というわけではない。どちらかというとからかいの色を含んだ声色で祐次郎はそう言った。
「日本人の感覚ではそうかも知れません。ですが、失礼ながら俺は生粋のアメリカ人なんです。
先日も家族が絡んだだけで急に踏み込もうとしなくなった友達に失望していたぐらいですから。俺はそんな家庭の事情なんて気にしませんよ。」
真面目な顔で言い切るケント。そんなケントの目をずっと睨んでいた祐次郎だったが、途中で笑いが堪えられなくなったのか急に笑い出した。
「ハッハッハ。何とも面白い人物だ。
確かに家庭の問題だからといって周りが全く踏み込まないのも問題ではある。
だが、踏み込んではいけない一線というのもまたあるのだよ。それを君には覚えていてほしいね。
まあ今回に限って言うならば、ビジネスも絡んでいるからね、まあ許すとしようか。
さて、返事をしていなかったね。答えは否だ。お前みたいな1人の若造に大切な孫娘の未来なんて決めさせると思うか?」
「うっ…それもそうですが、失礼ながら佐藤様のビジネスは危ういのではないのですか?」
「何を言う。こんな老人の家業と未来のある孫のどちらを取るかなんて簡単な問題ではないのかね。」
「それじゃあ、どうして最初は提案を呑んだのですか!」
遂にケントは声を張り上げた。ここで急に切れたのではない。むしろ、ずっと押さえ込んでいた衝動が抑えきれなくなったといった様子だった。
「君に伝える必要はあるのかね?」
ケントの祐次郎の視線が激突する。表情は互いに真剣そのもの。
だが真剣な表情をしながらもケントはここで死を覚悟するほど、祐次郎の殺気は鋭いものだった。
「ふっ。こんなことで若者をいじめても意味がない。」
先に勝負から降りたのは先程とは同じく、祐次郎だった。その表情から先程までの殺気の色は完全に失われていた。
「まずは、隠れたギャラリーからご登場願おうか。
あかり、そこに要るんだろう。出てきなさい。」
その言葉にケントは驚いて後ろを振り向く。そこには襖の間から部屋に入ってくるあかりの姿があった。
「あかり。立ち聞きはいいことだと教えたかね?」
「い、いえ。申し訳ございません!お祖父様。」
決して口調を荒立てたわけではない。だが、その言葉には家長特有の迫力があった。
「まあ、いい。とりあえず、そこに座りなさい。ケントくん、話を中断してすまなかったね。
いいだろう、君の意見は受け入れる。あかりを好きにさせようじゃないか。」
「「えっ!?」」
本来目上の人に使う言葉じゃないとわかっていても2人の口から驚きの言葉が漏れる。
だが、その意味合いは違い、あかりは単純に自由にさせたことについて、ケントは先程までとの話から予測できなかったからという驚く点が違ったことについては単純に思考能力がどれほど生きているかの差であるだろうか。
「先ほど、ケントくんが代替案を示してくれてね。孫を嫁に出させるような祖父だ。自由にさせようと結果は変わらん。
というわけで、連れ戻してすまなかったな、あかり。もう戻ってくれていい。用済みだ。」
危うくその言葉にケントは叫びそうになってしまう。その言葉には明らかに本音が混じっていないと感じたからだ。
だが、あかりはそのまま信じてしまったようだった。
「…分かりました。失礼します。」
明らかに落ち込んだ様子を見せながら帰ろうとするあかりにケントは失礼を覚悟であかりに声をかけた。
「アカリ。」
その言葉に疑問の表情を浮かべる。
「俺の携帯だ。ソウに電話してやれ。あいつらも、みんな来てるからな。」
「あっ…。」
先ほどの疑問の表情から一転して嬉しそうな表情を見せる。あまりの嬉しさに声すら出なかったほどだ。
そのまま携帯を受け取り、最後の礼儀として無意識で一礼をしあかりは部屋から立ち去った。
なんか、テンポが悪くなってしまい投稿するべきか悩みました…。
後々改稿できたらなと思っています。




