第35話「それぞれの思惑」
結論から先に言ってしまうと、佳音が逮捕されることはなかった。
どうも、ケントが裏で交渉してくれたらしく、あの場で佳音がやったことはあの犯人がやったことになったらしい。
それにはケントの活躍もあるだろうが、もし佳音の罪にしてしまうと、何故あの場にいたのかという話になってしまう。
まさか、善意で助けるために…それも仲間の罪を軽くするためになんて世論は考えないだろうし、僕達の高校の校長もその方針はどうやっても止めるだろう。
ケント曰く、思ったよりも簡単に…むしろ、向こうも佳音を捕まえるつもりはなかったような労力で通してしまったと言っていたあたり、何か別の方針でもあったのかもしれない。
それはともかくとして佳音が今無事に過ごせているのはケントのおかげである。
それを本人は、「手伝ってもらってその後始末をしただけ」だと言っていた。何とも心の広い青年だった。
被害は抑えられたものの、あくまでそれは比較の話。
すべてのデータ削除(に加えて、他のコンピュータの乗っ取り)が、コンピュータの同時強制終了に変化したのは、顛末を知ってる人々からすれば、よくやったとほめられるべきことかもしれないが、単純に見ればかなり多くの被害を出した。
電気を含めたインフラも一次停止し、それらが復旧するまで約15分。むしろ、15分で最低限のインフラが復活したことに関して地方公共団体、及び政府の手際の良さとほめられるべきことだろう。
後にわかることだが、政府はこの動きを最初から知っていて、止められないことを前提に動いていたらしくサーバーデータ消去も覚悟していたらしい。
だからこその速さだといえる。
それから、約半日。もはや、ほとんどの被害は回復していた。
一部のサーバーなどはまだ完璧に動いていないところもあるようだが、大筋…普段生活する分には全く問題のないレベルだ。
この件について、地方公共団体も政府も調査中としている。ネットでは色々な憶測が飛び交い、陰謀論を持ち出す人もいれば、現実的に佳音とケントが踏み込んだネットカフェまで特定している人までいたが、そっちは宗の分野ではない。もし問題があるとしたらその道のプロの人に任せるだけだ。現実にそばに2人もいるのだから。
その肝心の佳音であるが、本人は一仕事したという顔で帰ってきた。
結局家に帰り(すぐにインフラが戻るとも考えておらず、渦中にいたと取られた宗や佳音などは先に家に帰っていいと許可を得ていた)佳音に事情を聞いていると、時より弱々しそうな声で話すときがあったものの、それは単に宗と離れてしまうことに対する後悔であり、それを除いたらあの行動に全く後悔はしていないという。
佳音の言葉によれば、被害を押さえ込められるのに保身のためにそれをしないという選択肢はなかったという。
そこには言葉通りの意味もあっただろうし、単にその犯人の刑を軽くしてあげたいという打算もあったんじゃないかと思う。
どういった罪状になるかは分からないが、殺人で言うところの未遂にあたるのだから、多少は軽くなるのであろう。そうでなければ、あまりにも報われない。
ただ、そのことを語る佳音はすごくいきいきとしていた。
その理由について1つの可能性に思い当たっていたが、宗はあえてそのことを佳音に伝えていなかった。
佳音の行動がどう映ったのかは定かではないが、ケントから聞いた話によるとその犯人の心は意気阻喪状態で逃げるという算段すら考えていないらしい。
そこには2つの理由があると言う。
1つ目は、自分の思惑が全て潰されたことに対するプライドの崩壊。
元々、佳音がいる場所を狙っていたことや、ケントと一緒に行動して踏み込んでくることは念頭に置いていたらしい。
さすがに逮捕されるとは思っておらず、逃げられると思っていたものの、まさか僅かな時間で「シャットダウンをする」という単純操作ながら一瞬で思いつき、実行する行動力、そしてその頭によって、プライドは粉々に砕かれたらしい。
2つ目は、思わぬ優しさだ。
自分に対して、止めるように言うことは想定範囲内であり、それが出来ないようにプログラミングもしていたらしい。
だが、彼女にとってのショックは技術的にそれが超えられてしまったことよりも、「自分を守るために対抗策を取った」ところだと言う。
普段なら考えられないこと、いくらネット上で仲間として活動していたとはいえ、現実ではある種の敵同士である。
それがわかっていた彼女とケント、そして…それがわからなかった佳音。
それは、今回に限ってはいい方向に向いたらしく、それに感動してもう一度佳音にお礼を言いたいと言っているらしい。
佳音がやったことを自分がやったこととして処理されていることに関しては、何の不満もないと、むしろある種の手柄が自分のものになっていることに罪悪感すら感じているという。
不幸中の幸いだがそういったこともあり、今も犯人は逃げることもなく留置所にいた。
「というのが、今回の顛末だな。」
自分の仕事を一つ終えたといった表情で笑うケント。
場所はその犯人がいるといっていた留置所の外。中では佳音とその犯人が面会中だと言う。
「そういう話だったのか。ありがとう。」
その送迎という名目で(最も、そうじゃなくても佳音が1人で行動するとは思えないが)一緒に来た宗に対するケントの本来の目的は今回のことについて宗に話すことだった。
「何とも皮肉な話だぜ。まあ、結果オーライだけどな。」
「本当に裏目にでなくて助かった…。最悪のシナリオすら覚悟してたからな。
…で、本来の目的はこれだけじゃないんだろう?」
宗の言葉に人の悪そうな笑みを浮かべるケント。今までのが仕事だというならば、今からは趣味の時間だと言わんばかりのテンションの差がそこにはあった。
「さすがだぜ。実はもう1つ話しておくべきことがある。
俺の正体、そして今回の目的についてだ。」
その言葉を聞いた宗の顔が引き締まる。だが、そこにいくらかのリラックスが残っていることから十分考慮した内容だったのだろう。
「アメリカの巨大メーカーの社長、その訪問の目的か。ぜひ聞いておきたいところだ。」
「そうそう、社長の…って何で知ってるんだ!?」
いかにも自然に話を進めてしまいそうになったケントだったが、危ういところでおかしいという事実に気づく。
「別にこちらとしても、ある程度の情報網はあるからな。その程度までなら調べられるってだけだ。」
「まじか…びっくりさせんなよ。」
最初に流れを作ってしまおうというケントの思惑は見事に崩れ去っているようだった。
「まあ、とりあえず…知っての通り社長をやってるケントだ。…って、わざわざ説明する必要すらないな。どうせ、会社の名前ぐらいまでなら特定済みなんだろう?」
「ああ。といっても、わかるのは会社の名前と社長をやっていること、ニューヨークに本社があることぐらいまでだ。
それ以上は何故か調べきれなかった。」
調べきれなかった。その言葉には何か大きなものによって情報が守られていることを示唆していた。
それについて、隠し通すこともケントにはできたはずだが、最初から話すつもりだったのかその裏について何の抵抗もなくネタばらしをした。
「そりゃあ、政府が裏についてるからな。そう簡単には情報はばれないと思うぜ。」
「政府か…偉い大きな物がバックについてんだな。」
「後ろについてるってより、脅されてる感が大きいけどな。もちろん、利用してやってるし利用されてるが迷惑な面も多いぜ。
名声があるってのも、不便なもんだよ。」
その言葉には自慢は全く見えず、皮肉の色が見え隠れしている。ただの自虐なのかもしれなかった。
「今回の、日本の訪問。これも政府の指示らしい。
佳音、彼女の監視と観察。これが僕に与えられた仕事の1つだよ。」
「観察?」
その言葉に意識せずに表情を固くする宗。だが、それを気にせずにケントは話を続ける。
「ああ。
約1ヶ月ほど前。おまえは、1つの研究所を潰したよな?」
「…ああ。まさか、知ってるとは思わなかったが。」
そんなに大事をやったという認識ではないという話ではなく、海外にいる人にまで知られているようなレベルの事件じゃないという認識。
残念ながら、その読みの大筋は間違ってなかった。
「あの研究所は、アメリカ政府が各国にばらまいた研究所の1つだ。
色々な情報を集めたりと運用してたんだが、やはり遠いとアメリカ側にも不都合があるんだな。日本に限らず、他の国々の政府に対しても協力を取り付けて、その国に配置した研究所を秘密裏に潰すなんてことをしてた。まあ、一種の後始末だな。
そんな中、大体9月中ぐらいには始末しようと思っていた研究所、それがお前達が潰した研究所だよ。理由としては、拳銃とかその国に合わないものを作っていたところやなんかが問題視されてたよ。
そんな中、俺達みたいな方法ではなく、1人の少女が行政府を身につけて戦った。それは、どうも上の興味を引いたらしくてね。
いいニュアンスだけでなく、危険だったら始末しろとまで言われる始末だぜ。身勝手にも程があると思わないか?」
「…それは宣戦布告か?」
身に纏われる殺気。それは、拳銃の怖さを知っているケントですら驚くほど、鋭利な殺気だった。
「そんなわけあるか。あくまで上の方針だよ。俺としては友達に手をかけるなんて上の命令でもやりたくない。」
「そうか。すまなかったな。」
まるで何もなかったかのように殺気が消える。きっと本人にとってはここまで過激に感情を表しているとは思っていないだろう。
また、悪意の中に身を置いていたケントだからこそ、強く感じたという面もあるだろう。
「ソウ、手を組まないか?」
「どういうことだ?」
「俺としては、このメンバーにすごく惹かれてる。それこそ政府やなんかを無視できるレベルでな。
…単純に嬉しかったんだよ。付き合いかもしれんが、同年代と友達になれるのがよ。
その中に昔の仲間もいる、好きな人もいるし、ちょっと特殊な恋敵だっている。
ただ…その中でも単純におまえと友達になれたことはかなり大きな収穫だと思ってるぜ。」
「どうしてそんなに僕を買っているんだ?」
「8月末の顛末、報告では佳音の手柄になってるが、違うな。おまえの手柄だろ?
1週間近く近くに入れば嫌でもわかる。佳音は頭がいいが、そういう知略には向いてねぇ。
そうすると、おまえしかいないだろ。あんなことできるのは。
それにお前は気づいていないかもしれんが…あの3人、いや、俺も含めて4人が集まってるのはお前の元なんだよ。
一見きっかけは違うように見えるが、いつの間にかお前が中心にいる。すげぇ人材だと思うぜ。
まあ、中心にいるっていうのは置いとくとしても、俺もお前もこの仲間を守りたい。条件は一致してるだろ?」
「そうだな。僕としては断る理由がない。それにお前という情報網は今まで持ってる情報網とは桁外れに使い勝手がよさそうだ。
思い存分使わせてもらおうかな。」
「それは、こっちもだ。」
そう言って握手を交わす2人。その握手を解いたケントは満足そうに空を眺めながら言った。
「俺、もうすぐ帰らなきゃ行けねぇからな。それまでにお前と協力関係が気づけてよかった。
少し早いがサヨナラだな。」
「そうか。元気でやれよ。」
そうして宗がケントの肩を叩こうとした時だった。ケントの携帯が鳴ったのは。
「はい。ええ、解決しましたよ。え?一応、大丈夫ですが…マジですか…!?ええ、分かりました…。」
会話内容は英語だったから、宗には内容はよくわからなかったが、ともかくケントにとっても予想外の事実であることは確かだった。
電話を終えたケントは珍しく少し恥ずかしそうにしながら、言った。
「どうも、上の指示で文化祭の終了までこっちに滞在しろだと…よ。全く、かっこ良く決めたのに全部パーじゃねぇかよ。
まあ、そういうわけだもう少し一緒に頼むわ。」
そのケントの表情は、気恥ずかしさの中に笑顔が隠れているような不思議な表情であった。
今回は、かなり説明調になってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。
前回の置いてきぼりに感じるような違和感からは多少回復できたら幸いです。
ケントの来日理由、やっと書くことが出来ました。
今まで知略メンバーは宗以外にいなかったので、ここからはそういった話が少々書きやすくなりそうです。
ケントの話については作中でさんざん語っているのでタイミング的に話せなかった話を1つ。
全体のテーマである佳音の成長という面に関しても描いたつもりです。
いままで、守るだけの立場だった佳音が初めて周りの人々を守った。これも1つの成長として受け取っていただければ幸いです。
最も、宗の隣という場所から抜け出せていない今の精神状態ではもう一歩成長が欲しいところではないかなと思います。
次の章では、ケントの役回りがかなり重要になってきます。
…とその前にもはや恒例となりつつあるSSを1つはさみ、本編を進めていきたいと思います。




