第32話「それぞれの楽しみ」
出会った当日に告白という予想外の自体はあったものの、それによってギクシャクするということもなく学校生活を送っていた。
基本的にケントはどこでも人気で、バディと一緒にいるという原則は本当にあるのかと疑うほど、色々な付き合いをしており、それは放課後においても例外ではない。
そんな事情から、ケントが宗たち4人と一緒に部活で過ごすのは週に2、3回程度というのが現状であった。
「お、ケント。久しぶり~。」
「最近は色々な部活が誘ってくれるんで、ついつい断れねぇんだわ。佳音、すまんな。
今日は1人か?」
「うん。翔也くんは用事があるって。宗ちゃんとあかりは委員会か何かかな。」
「なるほど。みんな忙しいな。これって、例の文化祭ってやつが影響してるのか?」
「うん。あかりは文化祭の委員で先生に呼ばれてるみたいだよ。それに委員会に入ってなくても、そろそろみんな浮き足だってくるからね。
それは私達の部活だって例外じゃないんだよ。」
そう言われて、ケントは佳音が使っているコンピュータを覗く。そこには、いくつかのシュミレーションと英語の羅列が並んでいた。
普通の人が見たら頭が痛くなるようなプログラミングの作業だが、そもそもそのプログラミングで1つの会社を立ち上げたレベルのケントにとってこの程度のプログラムの概要を読むのは大した労力ではない。
「これは…3次元取得に関するプログラムか?」
「うん!ケント、プログラムできるんだ!」
それは、セキュリティプログラムの第一人者と呼ばれるレベルのケントのプライドに響くものだったが元々そういった皮肉には慣れている。
その上、佳音のセリフには悪意は全くなく、幼い子が自分の驚きをそのまま表現しているのと大差ない。その判断が付く程度にはケントは大人だった。
「おう。具体的にはどういうことをやろうとしてるんだ?」
「えーと、通常のwebカメラを5つほど使ってそこから動きを取得しようと思ってるの。昔からやりたかった内容なんだけど…VR技術ってわかる?」
「俺もそっちの分野に強いわけじゃないが、いわゆる実体験型の技術だな。ヘッドマウントディスプレイでも作るつもりか?」
「再現度そのものは低いけどそんな感じ。ただ、聴覚、視覚と部分的な触覚の体験でかなりの精度のシュミレーションは作れるかなって。」
「なるほどな。これは、文化祭で発表する予定の内容か?」
「うん。文化祭での発表を、企画発表の場にしたいなと思ってたの。」
そう言って、佳音は数枚の紙を取り出した。そこには、コンピュータで制御するグローブとヘッドセット、そしてヘッドマウントディスプレイに関する仕様書が書かれていた。
その用紙を見てケントは思わず感嘆の声を上げそうになった。それは、そのシステムレベルもさることながら一個人が書いたと思えないほどわかりやすい仕様書そのものだった。
「これは、佳音1人で作ったのか?」
「うん。昔から…っていっても、ケントは知らないね。数年前から、ほとんど1人で書くようになったかな。」
実際、あの研究所にいた頃に佳音が作ったシステムはほとんど佳音1人で書いたものであった。
最初の頃は、何人かの専門職の人が書きなおしてくれていたものの、段々と本人でなくてはわからないレベルの仕様になり、1人で書かざるを得なくなったというのが実情だった。
ケントはこのような背景などしる由もないが、まるで居合わせたかのように2人の境遇は一緒だった。
「なるほどな。この企画…俺も参加していいか?」
「参加してくれるの!?」
「ああ。こんなに面白そうな企画なら俺もやってみたい。」
「もちろん!この中だと私しかプログラミングが出来ないから、困ってたところなの。」
この件についてあえて弁明を上げるなら、この部活内での会社そのものが佳音という人材の才能を潰さないために作った発表の場であり、1人しかいないのはしかたがないものである。
「なるほどな。それじゃあ、早速仕様についてなんだが…」
そうして、白熱した論議を重ねる2人。その会話は段々一般の人に話すような丁寧な内容から、実際に開発をしたことがなければわからないような専門用語が飛び交う会話に変化していった。
「すごいですね…。」
そんな会話についていけない人物が同じ部室に2名ほどいた。
「もう完全に異国語だな。」
実際は5分ほど前に入ってきた2人だったが、2人はPCの画面を見ながら会話に夢中になっており、宗とあかりが入ってきたことにまったく気づいてなかった。
「ですね。2人ともすごく楽しそうです。」
とあかりが表現したくなるほど、佳音とケントは活き活きとしていた。
宗と2人でいる時ほどとまでは言わなくても、それに類するぐらい佳音は楽しそうに話をしていたし、
ケントにいたってはクラスメイトと話している時とは全く別人のようであった。
「僕達があの話題には入れないからな。ケントがプログラム出来る人でよかった。」
「嫉妬したりは…しません?」
その様子をみて、あかりはからかうように尋ねた。
「嫉妬か…普通はするんだろうけど、どうも僕の恋愛観もねじ曲がってるからな。いや、恋愛観以前の問題か。」
「といいますと?」
「何といえばいいかな…3月の一件があるまでは僕と佳音の距離は文字通りの親友だったし、それ以上には踏み込ませないっていう意識があった。
周りから見たら全くそんなことはないっていわれそうだけどね。」
そう言って笑いながら宗は話を続けた。
「ただ、3月の一件以来の根本的な考えは、佳音を救うって、幸せにするって考え方なんだよな。
要は佳音が幸せであれば、その隣に必ずしも僕がいる必要はないってこと。
7月の時に数週間だけ僕と佳音が別れて佳音と翔也が付き合った時があったよな?」
「はい。すごく驚いたのは覚えてますよ。」
「あれだって、佳音の隣に翔也がいることが佳音にとって、幸せならそれでもいいんじゃないかっていう考えがあったからあんなことも起きたんだよ。
まあ、今の佳音にとってその幸せが僕の隣に要ることみたいだから、一緒にいるって感じ。
佳音という一個人は好きだけど、その幸せを最優先に考えてるからな。これも一種の献身か。」
普通の人が聞けば、明らかに引くような恋愛観。けれども、そばにいるあかりにとってその考え方は納得できるようなものだった。
「なるほど…。それなら嫉妬も無さそうですね。
でも、佳音を見てて宗さんから離れることはないと思いますよ?というか、その時点でもう佳音じゃないです。」
「だな。逆にあかりはあの姿のケントを見て惹かれたりはしないのか?」
「そうですね…確かに1つの物事に打ち込む姿は格好良いと思いますよ。ただ、まだ男友達の域は超えませんね。」
「そっか。意外と難儀なものだな。」
「だから高校生活って楽しいんじゃないですか。中学の頃とは比にならないほど楽しいですから。」
「それには同感だ。こうやって傍観してられるのも中学の頃はなかったからな。」
そのまま、無言のまま…けれども、苦痛ではない時間が過ぎる。
結局、佳音とケントが2人の姿に気づいたのは完全下校時刻のアナウンスがある頃であった。
少し時間を遡った午後4時頃。
翔也はあるショッピングセンターの一角にいた。
「翔也、待った?」
「待ってないよ、里美。」
「なら良かった。わざわざ付きあわせてごめんね。」
「確か、好きな男子に送るプレゼント…だっけ?そんなの僕が一緒に選んでいいの?」
その反応にちょっと不満そうな顔をする里美だったが、すぐに普段の笑顔を取り戻した。
「もちろん!さあ、行こっ。」
そう言って手を取る里美。
そこで組まれた腕はあまりにも自然で、翔也も違和感を感じなかった。
「これなんかどうですか?」
「いいんじゃない?でも、普通の男子にとってはちょっとかわいらしすぎる…かな。」
「翔也だったら?」
「僕は普通の男子の感覚とは違うと思うけど…僕なら結構好きかな。
どんな人にプレゼントするの?」
「うーん…すごくやさしくて一緒にいて楽しいんですけど、なかなか私の想いに気づいてくれないような鈍い男子かな。
私からしたら想いは伝えたつもりだったんですけど、なんか気づいてもらえてないみたいなの。」
「なるほど…。喜んでもらえるといいね。それにしても指輪って結婚指輪とか婚約指輪だけだと思ってたよ。
プレゼントでおそろいの指輪ってのも夢があっていいね。」
「ネックレスとかに比べれば少ないけど、結構やってる人はいるよ。あ、すいません。この指輪をペアでください。」
その注文を受けた店員が里美に文字を刻めると聞き、里美は紙にある言葉を書いて渡した。
「里美、ちょっとだけ見たいものがあるんだけど、待っててもらってもいい?」
最初一緒に行こうかなと思った里美だったが、いつ渡してもらえるか分からないし、そもそも待っててといわれてついていくのもおかしいと思って了解の意思を伝えた。
それでも、一人で待たせる翔也の行動は少々残念に思ってしまったが。
その後、翔也は5分もしないうちに帰ってきた。
「何を買ったの?」
「そんなたいしたものじゃないよ。さっき買おうと思って忘れてたものかな。」
ちょっといぶかしく思っていたが、それも指輪を受け取ったことで吹っ飛んでしまった。
「ありがとうございます!」
わざわざ深いお礼をして、大事そうに品物を抱える里美。
そして、2人は仲良くショッピングセンターの出口へ向かう。その姿は彼氏と彼女にしか見えなかった。
「里美。もう少し話をしていかない?」
ショッピングセンターから少し離れた公園。
ここまでくるまででもかなり話は盛り上がっており、このまま解散するのはためらわれた翔也が提案したのがこの公園だった。
「そうしよっか。」
そのまま、2人で座って話を続ける翔也と里美。
話題は段々と今日買ったものに移り、最終的に翔也が何を買ったのかという話になった。
「翔也、一体何を買ったの?」
「そろそろ、言ってもいいかな。」
そう言って翔也は一つの小さな箱を取り出す。そして、里美に少しだけ目をつぶるように言った。
淡い期待をかけながら目をつぶる里美に翔也は後ろから首にあるものをかけた。
「これ…!?」
そこにかかっているのは里美が候補にあげていたネックレスの1つだった。
「どうも里美はお揃いで指輪を買ったみたいだけど、ネックレスは買ってなかったから。
僕からのプレゼントってことで。」
「いいの!?」
実際の話をするとこのネックレスは決して高いものではない。高校生のお小遣いでも買えなくはないようなレベルの値段だ。
けれども、そんなものは関係ない。極論を言えば、翔也が里美に買ってくれたものであるならばたとえ100円のネックレスだろうと里美は喜んだだろう。
「もちろん。あ、でもプレゼントする彼には内緒だよ。」
その言葉に少し笑う里美。
「わかった。翔也、ありがとう。」
そのままどさくさまぎれに翔也を抱きしめる里美。少し恥ずかしかったが、とりあえず気の済むまでと特に抵抗せずに受け入れることにした翔也。
さすがにその後の2人は恥ずかしいことをやってしまったという考えから少し固いままだったとか。
(つい緊張して渡し忘れちゃった…)
電車に揺られながら、里美はそんなことを考えていた。
なんとなく抱きついたものの、本来なら突き返されてもおかしくない行為。
翔也はそんなことはしないだろうという自身があっても会って数回でやるようなことじゃないのはよくわかっていた。
(まぁ…また今度渡そうかな)
バックに眠るペアルックの指輪。
翔也がそれをつけることになるのはまたもう少し先の話である。
今回は若干SSのような話でしたがいかがでしたか?
大きく分けて3組を描いているのですが、それぞれが伏線になるように…と考えております。
元々、翔也と里美の話はショッピングに出かけるところで終わるつもりだったのですが、字数と内容を考えて少し長めに描いたつもりです。
次の話ぐらいから、いつものシリアスに近い調子に戻して、あと2、3話でこの章を終わらせるつもりですので、お付き合い下さると嬉しいです。




