第30話「デジャブ」
いろいろとインパクトが(主に翔也にとって)あったものの、概ねケントは宗を含めた4人と仲良くやれているようだった。
元々ケントの人当たりが良いせいもあるだろうし、彼ら4人がたかが外国人というレベルで偏見を持たないというのも良く働いているのだろう。
そういったフレンドリーな状況から、佳音と翔也の過去をばらすことになるにはそんなに時間がかからなかった。
「カノンって元々男子だったのか!?」
「うん、中学の時まで。ね、宗ちゃん。」
「ああ。中学3年の後半に急に性転換したいって言い出してな。全くあの時はどれだけ驚いたことか…。」
流石の宗でも、宗のことが好きだから性転換したという事実は隠したいものであった。
「なるほどな。こっちでも、性転換は別に珍しくもないが日本でもそうなのか?」
「いや、そんなことはない。元々同性愛に厳しい国だし性転換した人数も少ないと思うぞ。
ましてや、成人する前になんて数少ないだろう。それが、ここには2人もいるのは、驚きだけどな。」
「2人?」
1人ではなく2人という言葉に疑問を投げかける。その視線が翔也に向いているのは…気のせいではないだろう。
「はい。僕は佳音さんとは逆に女子から男子に性転換しました。」
その視線に耐えかねて翔也が自分から告白する。その言葉にすごく納得したという表情でケントは頷いた。
「それなら、女子と間違えても仕方がないぜ。男子の制服を着ていてもなんとなく女子の面影を感じるしな。」
「そうかもしれませんけど…。もうケントは間違えたりしないでくださいね?」
「おう、当たり前だ。初めてあったならともかく、友達の性別を間違えたりしないぜ。」
その言葉に少し翔也が安堵する。表情には見せていないが、佳音の心の中も似たようなものだろう。
いくら偏見がないだろうと安心して話したとはいえ、やはり拒絶されたりする恐怖感はなかなか拭えないものだからだ。
「ソウとアカリは他の人と違って特別なところとかあるのか?」
4人中、2人もイレギュラーな事実が浮かんできたことから考えるとこのケントの質問は流れ的に大しておかしいということもなかった。
あえてあげるとすれば、普通の日本人であれば傷つけることを考えてあまりそういった話題は出さないようにするのだが、このあたりは国柄の違いと言うべきか。
「いや、僕とあかりはそんなことないよ。ただ、この4人でいるのが楽しいからいるだけ。」
「なるほど。いや、この部活っていいな。」
「どういうことだ?」
「なんかさ、自分たちのオアシスみたいな感じがしたんだ。ただ単に心を許せる仲間だけがいるって感じ。
俺のところにはそんなのなかったからなんとなく羨ましいなと思ったね。この部活の設立のきっかけって何だったんだ?」
「元々は、翔也を誘ったところから始まったんだよな。佳音が翔也のことを知ってどうにかしたあげたいって思ったらしくてさ。
それで、いきなりだったけど声をかけて誘ったんだ。さすがにあれは戸惑っただろうに。な、翔也?」
その宗の言葉を翔也は慌てて否定した。
「そ、そんなことはないですよ。確かにびっくりしましたけど、それまで知り合いがいませんでしたからすごくありがたかったです。
確かあかりさんとあったのもあの日でしたよね?」
「うん!翔也くんに一目惚れして、ここに乱入ましたよ。あぁ…懐かしいなぁ。」
「一目惚れってどういうことだ?」
「あ、ケントは知らないんですよね。翔也くんは私の夫なんです。」
「ちょっとあかりさん、無茶苦茶なこと言わないでよ。僕はまだ受け入れたわけじゃ…」
「そんなこと言わないで、そろそろ佳音のことを諦めてくださいよ~。あんな立派な彼氏持ちじゃ無理ですって。
いつも見てるでしょ?あのバカップルには太刀打ち出来ませんって。」
「なんか、外野ですごいこと言われてる気がする…。」
「宗ちゃん、あれは褒め言葉だよね?」
「なんか、いろいろとややこしいことになってるみたいだな。ソウ、心労は察するぜ。」
「わかってくれるのはケントだけだ…すげぇ、新鮮だ。」
最も、この時点でケントが一番の問題を持ち込むとは夢にも思っていない宗だった。
「それじゃあ、ソウ、カノン。また明日な!」
「じゃあね~。」
宗は片手で運転しながら手を振る。それだけで宗の動作は伝わったようで、ケントが手を振る動作がミラー越しに宗の目に映っていた。
ケントは電車で通っているようで駅まで一緒にどうか?と誘ったら用事があるから後から帰ると言われてしまい、やむなく飲んだ形だった。
それは、佳音の眼差しを感じ取ったものなのか、それとも本当に用事があったのか、確証が持てないのが辛いところではあった。
「佳音、ケントのこと気に入ったか?」
「うん。いいいい友達になれそうだね。まあ、ケントも格好良いけど宗ちゃんには勝てないかな。」
「そうか、ありがとありがと。」
いつもの通りフィルターのかかった佳音の過剰な褒め言葉をさらっと流す宗。だが、今日の佳音にとってその行動はあまり気に入らなかったようだ。
「うー、宗ちゃんはまじめに受け取ってないよね?」
「受け取ってるって。」
「そんなことないもん。なんか、いつもよりリアクションが薄いよぉ…。」
佳音は宗にしがみつきながら頬をふくらませるものの、その表情は運転している宗の目の映ることはなかった。
とは言うものの、宗にしがみついてるのが嬉しくて段々その表情が笑顔になっていく現状では説得力が全くなかったが。
ほぼ同じ時刻。
ケントは1人で門の前で待っていた。
かと言って迎えに来るわけでも、誰か先生をまっているわけではない。それにいつ待ち人が門を通るのかすらわからない状況だった。
(まあ、中にいることはわかってるし気長に待つとするか。)
ちなみに、翔也は用事があると言って早めに帰ってきた。となると、待っているのは1人に絞られる。
10分ほどして予定調和のようにその待ち人は門にたどり着いていた。
「ケント?どうしたの?」
「あかりといっしょに帰ろうかなと思って待ってたんだ。あかりも電車だよな?
「うん。待っててくれたんだ、ありがとう。でも、言ってくれれば早く来たのに。」
「勝手に待ってる身でそんなことを伝えることなんてできないぜ。じゃあ、行くか。」
少し冷静に考えれば、どうして宗や佳音と一緒に帰らなかったのか。どうしてわざわざ一緒に帰ると誘わずにあかりだけを待っていたのか。
その理由となる可能性はこの時点で幾つかにかぎられており、その中で一番大きな可能性を占めるものがこれから待っていることは分かりそうなものだが、やはり自分のことに対しては疎いのか。
全くそういったことを想定せずにあかりは一緒に帰り道を楽しいでいた。
「アカリって彼氏いないんだよな?」
だからこそ、この質問だって深い意味はなく先ほどんの話の続きとしか考えていなかった。
「うん。もう半年ほど翔也くんにアプローチしてるんだけど、なかなか付き合ってくれなくて…。
佳音が可愛いのはわかるけど、そろそろ諦めて欲しいなぁ。」
「翔也も勿体無いよな。こんな可愛い子からのアプローチを断るなんてさ。」
「お世辞でもやっぱり嬉しいかな。ありがとう、ケント。」
「いや、お世辞じゃないよ。」
それは、今の日常を崩す言葉。今まで何度も波乱を起こしてきたある想いを伝えるための言葉。
「アカリ、俺、どうも一目惚れしてしまったみたいだ。俺と結婚を前提に付き合ってくれないか?」
急に止まってあかりの手をつかむケント。その行動と言葉からケントが何を言っているのか、混乱しているあかりはすぐに判断することができていない。
そんなあかりに対してケントは新しい爆弾を投下した。
「俺は本気だ。アメリカに行って、アカリと挙式を上げたいと思ってる。俺はアカリのことが好きだ。」
ケントが言った言葉を一旦頭の中で反芻するあかり。その言葉を理解したあかりに冷静な判断など残っているはずがない。
「え?ちょ…ちょっと待って!?結婚?私が翔也くんでケントが私に!?
ごめん、私何言ってるかよくわからなくなってきた!ま…また明日ね!」
結局まともな答えを返せず、駅まで1人走り去るあかり。
そこに残されたのは、断られたと思って落ち込む1人の青年の姿だった。




