SS6「夕焼けツーリング」
(なんでわかっちゃうんだろう…。)
あかりは自分の携帯に届いたメールを見て驚きの色を隠せなかった。
内容としては「調子が悪いみたいだけど大丈夫?」という一見ふつうに見える宗からのメール。
けれども、あかりは決してこの不調をあの3人の前で見せたりしない。むしろ、普段よりも普通に…とふるまってるぐらいだ。
(けれど、逆にその違和感を感じ取ったんだろうなぁ。)
きっと、佳音や翔也は気づいていないだろう。その違和感を感じ取るのは鋭い宗だけだ。
しかもこういったメールは、必ず「欲しい時」にしかこない。伝えづらい生理の時なんかには絶対にこういったメールを送ってきたりしない。
宗はその微妙な違いがわかるのだろう。だからこそ、あかりは何度も宗を頼っているのだが。
そして、今も宗の手助けが欲しいような悩みを感じていた。具体的には翔也との距離感について。
「よくわかりますね。ちょうど相談したいような悩みを抱えてます。それにしても、隠したつもりだったのになぁ…。」という文面で宗に返信を返す。
数分もしないうちに返信が返ってきた。内容は、「直接会って話を聞こうか?」というものだった。
まるで心を読んでいるかのような言葉。それに対して肯定の返事をしたら30分ほど家で待っていてというメールが届いた。
(家で待ってて?)
確かに宗はこの家を知ってる。実は家に上がったこともあったりするのだが、宗の性格的に無断で家を使うような無神経さはありえないだろう。
そんな疑問を抱えながら待っているともう出てきていいよというメールが。
外には空のヘルメットを持ちながら、バイクにまたがり手を振っている宗がいた。
すぐに荷物を持って下に降りる。そして、宗はあかり用のヘルメットを渡しながらこういった。
「お嬢さん、気分転換にドライブなんてどうですか?」
「それにしても、宗さんバイクの免許持ってたんですね。」
ヘルメットを被り、宗に後ろから抱きついたような格好でバイクに乗りながらあかりは言う。
宗もある程度運転に慣れてるのか、会話をする程度の余裕はあった。
「実は去年の夏には免許を取ってたんだよ。自分で自由に動ける足が欲しくてさ。まあ、このバイクを買ったのは夏休み中だけどね。」
「買ったばっかりじゃないですか!」
「まあね。あ、安心して。運転自体は知り合いのバイクを借りて乗ってたから大丈夫だよ。
2人乗りができるバイクが欲しかったから、買うまでに結構時間がかかってさ。」
「普段、佳音を後ろに乗せたりするんですか?」
「休みの日に出かける時は使うこともあるよ。もっとも、佳音を後ろに乗せてるのとあかりを後ろに乗せてるのじゃ感覚が全然違うけどね。
いろんな意味で佳音を乗せてる時は、子供を乗せてる気分だよ。」
その言葉にあかりは少し笑った。
「その光景が目に浮かびますよ。それにしてもバイクって気持ちいいんですね。乗ったの初めてです。」
「多少危険はあるけど、年齢的な制限と乗り心地を考えるとバイクがいいなって最近は思うよ。初めてだと怖くない?体感速度が結構速いから。」
「正直、ちょっと怖いです。でも、宗さんが運転してくれてるなら安心ですから。そういえば、どこに向かってるんですか?まだ行き先を聞いてないんですけど。」
「端的に言ってしまうと、相談がしやすいような雰囲気のところかな。あと5分ぐらいで着くよ。」
「すごく楽しみです。あ、まだお礼を言ってなかったですね。宗さん、ありがとうございます。」
「ん?どうして?」
「私が悩んでるって気づいて相談に乗ってくれてるからですよ。いつも私が悩んでると声をかけてくれて…。すごくありがたいです。」
「いや、お礼を言われることじゃないって。ただ、あかりを見てると悩みを抱えてるなって思うときがあるから、そういう時は話をしているだけだよ。まあ、佳音や翔也は気づいてないだろうけどね。」
「普通は気づかないですよ。これでも、私は隠してるんですから。それでも、宗さんにはバレますけどね。」
「逆に演技ってわかるとなんとなく違和感を感じるかな。まあ、これだけ近くてあかりの性格を知ってるからできるんだけどね。」
その近くてという言葉にふとドキッとするあかり。なんとなく抱きついていることの罪悪感を感じながら、それを誤魔化すように話を続ける。
「それでも、宗さんは特別ですよ。翔也くんにも、それぐらいの観察力があればいいのになぁ…。」
「まあ、それだから翔也なんでしょ。佳音もそうだけど、あの少し抜けてるぐらいだから母性を刺激されるんだから。」
「それもそうですね。前からいろんな人の観察をしてたんですか?」
「いや、ここまで周りをいろいろと気にするようになったのは高1の後半かな。その頃に周りの現状に気づかなかったあまり後悔したことがあるからさ。」
「それ、もしかして…去年の3月の話ですか?」
「あ…あかりは知ってるんだっけ。じゃあ、隠す必要もなかったね。そうそう。あの時に彼女の想いにも周りの先生の心も気づけなかったからね。
きっと兆候はたくさんあったと思うんだよ。ただ、それに気づく必要があると思わなかったのは今でも後悔してるよ。
実は、校長先生にもその関係でちょっと恨みがあるんだ。、まあ、今はギブ・アンド・テイクの関係だからそれは表に出さないようにしてるけど。」
「なるほど…。伝聞でしか知らないですけど、今の宗さんを形作った事件なんだなってのは話をしてて感じます。
それがあったからこそ、佳音の傍にいようという気持ちになったんですし、今だってその反省は生かせてるんですよ。」
「…そうなのかな。僕の中で夏休みの騒動はそういった反省も含めていろいろ頑張ったつもりだよ。その時の苦汁がなかったら警察や学校に根回ししてなんて思いつかなかっただろうし。
あの時に逃げないという解決策を示してくれたあかりや翔也には本当に感謝してるよ。」
「あの功績のほとんどは翔也くんですよ。少し複雑な気持ちですけど、翔也くんって佳音のことになるとすごく熱心になりますから。」
「まあ、その姿に惚れてしまったのは、惚れてしまった方の弱みだな。」
「そうですね。」
そんな話をしているうちにバイクはある駐車場に止まった。そこで、あかりが見たのは
「すごく…綺麗です。」
夕焼けが水平線に広がる浜辺だった。
この浜辺は宗やあかりが住んでいるところからはわりと近いところにあるが、周りに駅がないことやここに来るまでに高低差があって自転車が使いにくいことなどが原因であかりはほとんど来たことがなかった。
「ここなら、周りに誰もいないし雰囲気としても完璧だろう?」
そう言いながら、バイクから降りて駐車場のコンクリートと浜辺の段差に座る宗。すぐにあかりも隣りに座った。
「シチュエーションとしては最高です!
それで、相談なんですけど…想像はつくとは思いますけど、翔也くんのことなんですよ。
夏休みの合宿、そしてこの前の事件と一緒にいて、佳音への強い愛を感じてしまって…合宿の後は翔也くんと佳音が付き合うことになって一時期は諦めかけたんですけど、最終的に宗さんと佳音がまた付き合うことになって、諦めがつかなくなってしまったんです。」
「なるほどな。まあ、そうなるように仕向けたのは僕とはいえ、予想できなかった展開だよ。
それで、翔也に対する想いを持ったままでいいのか悩んでしまったというわけか。」
「そういうことです。どうしたら良いと思いますか?」
「僕としては諦めるっていう選択肢は要らないと思うな。もともと恋愛なんて1人よがりなものだからさ、それに相手が気づいてくれて受け止めてくれるまでが勝負なんだよ。
それに最近の翔也を見てると、あかりと同じような悩みを翔也も抱えてる感じがするな。僕という彼氏がいる佳音を好きというままでいるのはおかしいんじゃないかなってね。
そういう悩みが出てきたからこそ、あかりからの好意を無視できない。ここまでくると、具体的な動きってよりもあとは時間が解決してくれる気がするな。」
「時間…ですか。そういう考え方もいいですね。宗さん、ありがとうございます。」
立ち上がって深々とお辞儀をするあかり。そんなあかりを見て、宗はあかりの頭をなでながらこう言った。
「そんなにかしこまらなくたっていいよ。あかりにとっては、都合のいい先輩だと思って使ってくれればいいんだから。」
宗にとっては、大した言葉じゃないのかもしれないが、『都合のいい』という言葉はあかりの心に強い違和感を感じさせた。
「都合のいい先輩なんかじゃありません!!大事な…本来は親友にするような相談を受けてくれる大切な先輩ですよ。」
「そういってくれるなら嬉しいかな。」
そう言った宗の笑顔はあかりの心に強く響く。そして、その笑顔を見てあかりは1つの想いを伝えることを決心した。
「…1つだけ伝えたいことがあるんですけど、話を聞いてくれますか?」
相談ではなく、伝えたいこと。その僅かな違いはあかりの決意を表していた。
「もちろん。」
「私、宗さんのことが好きみたいです。さっき宗さんは都の先輩なんて表現をしましたけど、私にとっては誰にも変えられないすごく大事な人なんです。
さっき話してて気づきました。私が悩んでいたことは翔也くんのことだけじゃなかったんです。こんなに私に優しく接してくれる宗さんに対する恋心。それに気づかないように気づかないようにって思ってたからきっと悩んでたんだと思います。
けど、やっと気づきました。私は翔也くんも好きですけど、それと同じぐらい…いや、それ以上に宗さんのことが好きなんだと思います。」
あかりからのまっすぐな告白。それに宗も正面から受け止める。
「…正直、驚いた。頼ってくれてるのはわかったけど、まさかそれが僕に対する恋心というものだったとは…。まだまだ、勉強が足りないね。
意地悪な質問かもしれないけど、あかりはなんて返事をして欲しい?」
ずっと、あかりを見ていた宗だからこそわかる言葉の意図。それを宗は完全に汲み取っていた。
「想いを否定して欲しくないですけど、宗さんが佳音よりも私を選んでくれるのはもっと嫌だと思います。
一瞬、佳音から宗さんを取って自分の物にしてしまうのも、1つの幸せかなって思ったんですけど違うんですよね。
きっと私が好きなのは、佳音やそのまわりの環境を守ろうと必死に生きてる宗さんなんだと思います。なんとなく、翔也くんが抱いている恋心がわかる気がします。佳音のそばにいる宗さんってすごく輝いてますから。」
「そっか。卑怯かもしれないけど、その意見を尊重しようかな。」
「お願いします。…私の宗さんに対する想いは翔也くんに対する想いよりも強いのかもしれませんけど、それでも翔也くんへのアプローチをあきらめないで頑張って行きたいと思います。
その中で、私の想いを宗さんが心の中に止めておいてくれたら…それ以上の幸せはありませんよ。」
「もちろん、僕の心のなかに強く止めておくよ。僕のことを好きだと言ってくれた可愛い後輩としてね。」
「可愛いなんて…照れますよ。」
そう言いながら笑うあかりの姿はすごく美しく、凛々しかった。
そして、夕焼けの中に佇む1人の美少女の姿はそれをみる少年の心に強く焼き付いたのだった。
6個目のSSです。いかがでしたか?
今回は、あかりの心を中心に描いてみました。
宗のことが好きなのに、翔也のことも…という矛盾については恋心なんてそんなものじゃないかという認識で理解していただければありがたいです。
どうして、宗のことを好きになったのかと違和感を感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、自分が気づいた想いが本当の想いとは限らないということを前提に考えれば、そういった心が見発達な思春期の心という一面を表しているとも考えられないでしょうか?
どちらにせよ、どの認識も正しいんじゃないかと思います。
今回こんな一面を描いたからこそ、こういった想いがでてきたのであって、あの雰囲気がなければ気づけなかった可能性も十分考えられます。
そういった心の機敏と、次の章へのいくつかの伏線。それが描けただけで満足です。
もう1つSSを…と言っていたら、さすがに多すぎるのでそろそろ次の章に行きたいと思います。
広げすぎた風呂敷をできるだけ手のひらに収められるように頑張っていきたいと思います。
新キャラも予定しているので、楽しみに待っていただければ幸いです。




