SS5「Pick Up !?」
(こんな風に背が高ければなぁ…)
まだ残暑の残る午後。1人でショーウィンドウを眺めていた翔也は心の中でそうつぶやいた。
見ているものは、男性用の人形モデル。翔也と違い背も高く、脚も長いためジーパンがすごく恰好よく映っているのだった。
対して翔也の服装は…もともとの背の高さもあり、どちらかというと可愛いといった印象。少し良くとっても、小さい子供が大人びた格好をしてみたといった感想や、男装しているという印象もあるかもしれない。
最も、そのすべてもほぼ正しかったりするのだが。
そんな自分に落胆していると、後ろから知らない声がかかってきた。
「そこの可愛い君。私と1日つきあわない?」
驚いて振り向くとそこには、翔也よりもかなり背の高い女性がいた。周りを見てみるも明らかに「可愛い君」のさす対象は翔也だった。
「僕…ですか?」
「他に誰がいると思う?」
これが翔也と里美の出会いであり、俗に逆ナンと呼ばれる出会い方であった。
まさかナンパされるとは夢にも思わなかった翔也だったが、生粋の性格のせいか話だけでもという女性の言葉を断れなかった。
「あ、じゃあ翔也も高1なんだ~。」
「「も」ってことは里美さんも同い年なんですか?」
「うん、私も今年入学したばっかり。…って、里美さんってやめてよ。里美でいいよ里美で。むしろ、里美って呼びなさいっ!」
その軽い言い方は決して強制しているわけでもなく、冗談の範疇で強制しているということを強く感じるものだった。
「里美さ…いえ、里美。まさか、同い年だったなんてなぁ…。」
つい無意識のうちに里美のルックスに目が行ってしまう。凹凸のあるスタイルに何より高い身長。翔也が持ってないものをすべて持っているかのようだった。
「私もびっくりしたよ。もっと、年齢が低いかと思ったから。」
「これでも、身長に関しては気にしてるですから…。そういえば、里美はなぜ僕に声をかけたの?」
もうこの時点で翔也の警戒感はほとんどゼロになっていた。その証拠に普段多用するはずの敬語の頻度が少ない。翔也にとっては珍しい傾向だった。
「んー、端的に言っちゃうと翔也がタイプだったからかな。」
「へ?」
予想してなかった答えに翔也から間抜けな言葉が飛び出す。その表情に苦笑しながら、里美は説明を続けた。
「いやー、私って女子なのにこんなしてる身長してるじゃん?そうなると、やっぱり周りと違うわけ。175センチの女子なんて周りにいないもん。
そうなると、女子としては小さい身体にあこがれるのがあって、その反動でか小さい男子とか女子とかがタイプになっちゃうの。」
「女子も?」
「あ、付き合うなら男子だけだよ。レズとかそっちの趣味はないから。
でも、いわゆるショタコンとかロリコンとかって言われる人には分類されるのかなぁ。最も、実年齢が近くなかったら意味がないけどね。」
その評価は身長を気にしていた翔也にとっては、思いがけないものだった。女子でも、高すぎることで悩みを持っている人がいる。それは、真逆ではあるものの一定の共感を感じるものであった。
「そんな悩みを持っている人もいるんだ。僕にとってはその身長が羨ましいぐらいだよ。」
「男子にとってはそんなものだろうね。でも、男子が女子を守るっていう構図は昔からあるものだけど、それがすべてじゃないと思うんだよね。
別に今の女子が弱いってわけじゃないし、昔みたいに狩りに行くなんてこともないんだから、無意識下に眠っている常識みたいなものを塗り替えたら逆もあり得るかなって思ったりするんだよね。」
「それもそうだね。今の女子って本当に強いから。」
「男子にとっては結構悩みかもね。
それにしても、翔也ってなんでそんなに可愛いの?今までいろんな男子を見てきたけど、そこまで肌がきれいだったり、守りたい!って気持ちを私が強く感じるのって珍しいのに。」
その指摘に、本当のことを言おうか悩む。本来は他言しないようなことではあるが、なんとなく里美なら受け入れてくれるかなという気持ちになったのだ。
「里美ってこの後空いてる?」
「1時間ぐらいなら空いてるよ。」
質問に対して別の質問を返されたことに少し驚きながらも、何か意図があっての言葉だろうとすぐに返事を返した。
「それじゃあ、ちょっと僕の部屋で話しませんか?ここでは話しにくいので。」
こうして思いつきで言った言葉は、女子を初めて家にあげると言う快挙を成し遂げた。
最も、初対面で会って1時間もたっていない異性を家に招きいれる事の不自然さを翔也も里美もこのときは気づいていなかった。
「ここが翔也の部屋かー!お邪魔しまーす。」
「一人暮らしだから狭いのは許してね。」
翔也がすんでいるのは、さきほどの喫茶店から10分ほど歩いたと頃にあるアパートの1室だった。
もともと女子だったのもあるのか、はたまた性格上の問題か、部屋の中はかなり整頓されていた。実際に部屋を見比べてみると里美の部屋の方が散らかってるぐらいである。
「何でこんなに部屋をきれいに保てるの!?」
だからか、入ってすぐの感想はそんな言葉だった。
「整頓って結構好きだから。一人暮らしだと誰もやらないから余計に。」
「うぅ…女子の面目丸つぶれだよぉ…。」
珍しくうなだれる表情を見せる里美。そのオーバーリアクションは見ている翔也の笑いを誘った。
笑われたことにうなだれながらも、案内されたテーブルを囲むように座る。そして、しばらく部屋や生活について話した後、遂に先ほど話せなかった話題を話すときが来た。
「そういえば、さっき話せなかったことって?」
「あ…それなんだけど、絶対に引かない?」
「うん。たぶん大丈夫。」
たぶんとはいうものの、里美の目を見れば翔也を傷つけるような事は言わないという決意を感じ、翔也は本当の事を話す決心をした。
「実は…半年前まで男子じゃなかったんだよね。」
「え?」
先ほどとは逆の立場。だからか、翔也も苦笑しながら話を続けた。
「性同一性障害って知ってる?」
「えーと…名前だけは。」
「要は、心の性別と身体の性別が会ってないことを言うんだけど、僕の場合それだったみたいなんだよね。身体は女子なんだけど、心は男子。
だから、恋愛対象として同性であるはずの女子のことが好きだったし、趣味の範囲もクラスの男子とほとんど一緒だったんだ。
その事に気づいたのは中学の後半なんだけど…実はその時にクラスの友達にその事を話してしまった事が問題で、クラスから孤立しちゃったんだよね。
…かなりいじめられたよ。気持ち悪いってね。一部の女子はかばってくれたけど、それでも腫れ物に触るような感じはぬぐえなかったみたい。親友って言える人がいなかったのも問題だったのかな。
そんなわけで、3年生の途中から不登校になっちゃって、病院に通ったんだよ。それで、精神的な病気…いや、病気というよりは個性って言いたいな。
とりあえず、そういうことで治療できると知って自分の生きたいように生きようって思ったんだよ。
本来性転換するつもりはなくて、女子だけど男装してればすごしてられるかな…って思ってたところに、ある人に出会ったんだよ。」
「どんな人?」
「その人はね。僕と同じ担当医で一つ前の患者だったんだけど、すごく活き活きと生きてた。
僕とは逆のパターンだったけど、自分の思いに正直で何が何でもその意思を曲げたくない。自分の思うように生きたいっていう意志が強く伝わってきて…そこにひかれて僕も性転換しようっていう気持ちになったんだよ。
そして、その人がいる高校に、彼女を追うために高校に進学したんだ。正直、レベル的にはかなり高く感じたんだけど自分の強い思いがあったのが大きかったかな。
そういう経緯があって、今は男子として生活してるんだよ。だから、里美が僕のことを可愛いっていうのも、もともとは女子の身体だからそんなにおかしいことじゃないんだよ。プライド的には傷つくけどね。」
そう言って笑う翔也。けれども、その笑顔の中には拒絶されるかもしれないという恐怖があった。
けれども、それは不要なものであった。
「…私に言える立場があるのかどうかはわからないけど、その生き様は誇っていいと思うよ。引くなんてとんでもない!
確かにそれを不自然だとかおかしいとかって考える人がいるかもしれないけど、私にとっては今の翔也が一番自然に写ってるよ。
翔也に声をかけてよかった。そして、話してくれてありがとう。」
その言葉を聞いて、落ちる雫が1つ2つ…数え切れないほどの雫が翔也のひざに溜まる。
「よかった…里美に否定されたらどうしようかなと…すごく怖かったから。」
その涙を見て、翔也を抱きしめる里美。そこには男子とか女子とかそういうものではなく、単純に2人の少年少女の心が通じ合った姿があった。
「大丈夫。大丈夫だよ、翔也。私は否定しないよ。」
自然に出てきた言葉。それが、翔也にとって強い支えとなっていた。
「…うぅ…里美の前で泣いちゃった…。」
しばらくして、自分の現状に気づくと、翔也は恥ずかしさのあまりベッドにもぐりこんで赤面していた。
「いいじゃんいいじゃん。翔也、とっても可愛かったよ~。」
「う…ぅ……。」
その言葉にさらに赤くなる翔也。完全に逆効果だった。
「それにしても、翔也の可愛さの秘訣はそれだったんだね。それじゃあ、勝てないよ。」
「…そんなことないよ。その胸だって、僕が女子の頃はすごくあこがれてたんだから。」
「あー女らしさっていう面ならそうなのかも。
でも、所詮持ってないものをほしがってるだけなのかもね。私が小さい身長を求めてるのと逆に翔也が高い身長をほしがったり。
それが個性だって考えたほうが幸せなんじゃないかなって話を聞いてて、思ったかな。」
「そうだね。完璧な人間なんていないし、だからこそ個性があるんだもんね。」
「うん。あ…そろそろ時間だから、お別れかな。」
「あ、ごめんね。長々と話しちゃって。」
「全然問題ないよ。あーあ、部屋に招き入れてくれたからもしかしたら襲ってくれるかも!とか思ってたのに、まったく手を出さないんだもの。
私って魅力ないかなって思っちゃうなぁ。」
その里美の言葉に、自分がやったことの重大さに気づいてさらに赤面する翔也。それが、さらに里美のつぼにはまるという悪循環が続いていた。
「あ、翔也。メルアド交換しない?私もこのあたりに住んでるから、また一緒に話そうよ。」
「うん、いいよ。僕もまだまだ里美と話したいし。」
帰り際の直前にメルアドを交換する2人。また近いうちに会う約束をして、里美は翔也の家を出たのだった。
こうして、学校の友達とは違う、友達以上恋人未満の知り合いが翔也にできたのである。
このメルアドをあかりに見つけられて、問い詰められるという後日談もあるのだが、またそれは別の話。
一方、用事があると言っていた里美はある人に電話をかけていた。
「里美か?相変わらず、時間通りやな~。」
かけた相手は、軽い口調の男性。日本人ではないのか、その日本語にはすこし不自然さがあった。
「もともと、かけてっていったのはそっちじゃない。まったく、遠い日本の地に彼女を一人で放っておくなんて、どうかしてる。」
「彼女なんて言葉をつかうっちゅうことは、嫌味が過ぎないんじゃないかい?」
「その場合は、嫌味が過ぎるって言うのよ。親が決めた言いなづけなんて、そんなもんじゃない。」
「だからこそ、互いに自由に動けるんだぜ。その環境を享受しようじゃないか。問題の予定だが、来週か再来週ぐらいに日本に行けそうだぜ。」
「あら、早いね。もちろん、仕事関係だと思うけど?彼女に会いにくるために日本に来てくれるぐらいの甲斐性が欲しいわね。」
「仕事関係じゃない…と言いたいが、残念ながらある意味でビジネスだよ。もっとも、普段の業務じゃないけどなー。」
「なるほどね。まあ、深く聞いちゃいけないだろうし、仕事頑張ってね。さっきちょうど彼氏も見つけたし、私はそっちで楽しもうかな。」
「何!?それは、いったいどういうこと…」
「またね。お兄ちゃん!」
電話先の言葉を無視して、電話を切る里美。その顔には満面の笑みが浮かんでいた。
というわけで、SS第1弾です。
…題1弾ということは、第2弾も…と思った方。正解です。
個人的にSSでやりたい話はいくつもあるんですが、ストーリ的にシリアスが続きすぎて、かけなかったのでもう1つか2つほど書いてから次の章に行きたいと思います。
里美、いかがでしたでしょうか。
ある意味であかりと対照させながら、書いてたりしてます。
翔也に想いを寄せながらも、アプローチの仕方が違う2人。
ただ、呼び捨てで互いに呼んでるなど里美の方が買ってる面が多そうですね。
今まで呼んでいただいてわかると思いますが、僕は対照という状況で描いていくのがとても好きです。
そもそも、キャラクターがほとんど対照をイメージしてつくっていたりしますし、テーマも対照するところが多かったりします。
例を挙げるなら、佳音ですかね。
宗に対する想いという面で切ると、纐纈。(なつかしいなぁ…。
性転換という面で切ると、翔也。
女子という面で切ると、あかり。
…完全に宗と佳音を軸で作って言ったことが丸見えですね。
まあ、そんなことは最初の章を呼んでいただいている方ならすぐにわかってしまいますが…。
余談が長くなってしまいましたが、5章までしばらくお待ちください。
…最後の男性、覚えておくとどこかでつながるかもしれませんよ。




