第27話「命がけの防衛戦」
「ちっ…どうなってやがる。」
悪態を着く初老の男性。その反応に周りの秘書とおもわれる人が現状の報告をする。
「現在、少年が独断で自宅に帰宅していることを確認しています。しかし、夜では目立ってしまうという問題から観察対象となっています。
また、『鈴木』の脱走に関してですが、こちらは行方がつかめていません。備品を確認したところ、いくつかの物品が持ちだされていることは確認していますが具体的に何が持ちだされているかまでは…。」
「この、役立たずが!もういい、実力行使にでるぞ。」
その報告を聞いて、更に苛立ちを顕わにする男性。
「しかし、現在動ける人間は10人に満たないだろうと思われますが…。それに、根回しもできていません。」
「そんなことは知ったことか!これは、俺達がたった1人の高校生になめられてるってことだぞ?証拠なんて事後処理でなんとかしろ。すぐにでも動き出す。」
そう言って、懐から黒光りする金属の塊を取り出す。日本では無断所持が認められない武器の1つだった。
「俺達に逆らうことがどういうことか…身を持って教えてやるぞ。」
この男こそ、佳音が所属している研究所の局長、唐氏源五郎だった。
「みんな集まったな。」
場所は、宗の家の前。時間は9時を過ぎたところだった。
「宗ちゃん…本当に行くの?」
何をしに行くのかを一番わかっている佳音が…いや、一番わかっているからこそ思いとどまらせるような質問をする。
「もちろんだ。僕としては佳音本人を一番危ないところに巻き込むのが忍びないけどな。」
けれども、それは単に自分1人のためにみんなを巻き込みたくないという優しさの現れであることはここにいる3人にとって確認するべきことですらない。
翔也とあかりも無言で頷く。
「それじゃあ、翔也、あかり。手はず通り頼む。」
「分かりました。でも、何より宗さんと佳音の安全を第1に考えてくださいね。」
「全員が五体満足じゃなきゃなんの意味もないからな。ただ、あそこに突入することを考えると正直安全はあまり確保できないだろうね。
それぐらいのリスクをおわなきゃ突破できない問題だってことだ。そこは割りきってくれ。下準備としてはやれるところまでやったからな。あとは駆け引きがどこまでうまくいくかだ。」
いかにも飄々と話しているように見えるが、手には汗が滲んでいる。普段味わうはずのない恐怖。それと戦うのは本来高校生のやるべきことではない。
けれども、宗は歩き出す。隣にいる佳音という常識を超えた才能を持つ少女を守るために。
不思議と、握った小さな手は宗の心から恐怖を取り除いていった。
「局長!例の少年と少女が正面から研究所に入って来ました!」
ソファーに座り、これからの予定を考えていた源五郎に施設を管理している部下から報告が入る。
「何?まさか、敵陣にたった2人で乗り込んでくるか。思ったよりも自殺願望が強いと思えるな。」
報告を聞き、返事を求めることもなく源五郎はつぶやき、通信用のマイクを持って研究所にいる実戦部隊全員に伝える。
「予定変更だ。対象の2名が正面から侵入した。それぞれ、配置につき、この部屋にあいつらを誘導しろ。その上で、逃走した場合は無効化しろ。以上だ。」
源五郎の顔には笑みが浮かぶ。奇しくもその表情は、先日どこかで浮かべた笑みと不思議なほど似通っていた。
(どうして僕達をここまで丁寧に案内するんだ?いくら、身内という名目とはいえあくまで名目。最悪いきなり射殺も考えてとはいえ、事態が好転すぎる。
となると、これもあいつの手の平で踊らされてると考えるほうが自然か。)
研究所の職員に案内をしてもらいながら、宗はそんなことを考えていた。
(まあ、自分の思い通りに進んでいると思ってもらったほうが都合がいい。こちらにとって一番怖いのは焦って実力行使にでられること。それが回避できただけでも御の字とするか。)
あまり考え事に陥るにもまずいと思い直し、これ以上の考察はとりあえず棚上げにする。
そして、遂に局長、源五郎に部屋にたどり着いた。
「こちらに局長がお待ちです。どうぞお入りください。」
案内をした職員に形式上のお礼を言ってドアを開ける。そこに迷いはない。
「これはこれは。天音くんと宗くんじゃないか。どうしたのかね?」
いかにも人のよい面をして話しかける局長。その言葉は意味が理解できる人にとっては皮肉の嵐だった。
「アポイントもなく申し訳ありません。少々ご相談がありまして。」
けれども、その程度で怯む宗ではない。
「ふむ。何かね?」
「天音の契約に関してです。今回、他の研究所に移転することに決まりましたのでその手続きをお願いしようかと思いまして。」
「確か契約通りなら、正当な理由がなければ片方の意思だけでは移転できないという話だったはずだが?」
「正当な理由というのは、周りの環境に危機を与えるということではいけませんか?」
局長がじっと宗の目を見つめる。10秒ほど見つめた後、やっと返事を返した。
「正当な理由かどうかはとりあえず置いておくとして、移転先がなければその話自体の辻褄があわないのだが、そちらの方は大丈夫なのかね?これから、決めるという話ではこちらも困るのだよ。」
どうせ血が上り、逃げられればいいという判断で突入してきただけだろうと高を括る局長。
「いえ、こちらが移転先の書類になります。」
そう言って宗は数枚の書類を局長に手渡す。それを怪訝な顔をしながら受け取った局長の顔は段々と苦悶の表情が強くなっていった。
(どういうことだ?この書類は正式な株式会社に関する書類であることは間違いない。しかし、驚くべきは設立日時だ。今日だと?こいつにこんな申請を出す暇はなかったはず。
現に提出日も昨日になっている。1日で設立の許可を通す権力…それはどこにあるというのだ!)
段々と不利になっているのを局長は感じた。正当性が向こうにあることも。
(少々のリスクは仕方がないか…。正当性だけでは勝てないことを教えてやろう。)
「なるほど。ですが…」
いかにも、悩んでいるという感じで書類を左に持ち、手帳を取り出すような感覚でスーツのポケットに右手を伸ばす。
「こちらでどうでしょうかね?」
そこに握られているのは、レディース用で携帯性に優れた拳銃だった。
普段見ない拳銃に冷や汗が吹き出すのを感じながら、できるだけ冷静さを保ちながら、宗は言った。
「それが、そちらの交渉方法ですか…。実力行使とは、驚きです。」
「君にとっては理不尽に感じるかもしれないが、現実とはこんなものだよ。」
源五郎が握っている拳銃は宗の心臓を照準に示している。
「ちなみに、君は現在行方不明扱いであることを知っているかな?それは、ここで始末してしまっても問題ないということを示している。今の現状が理解できたかな?
さて、最後に言いたいこともあるだろう。隣に愛しの人がいるんだ。遺言ぐらいは聞いてやろう。」
一度も握ったことがないならともかく、源五郎は荒事に関わる関係で実弾発射経験がある。この至近距離で心臓を外すとは思えなかった。
「テーブルを挟んで1メートルほど。後ろにはいろいろな書類が有りそうですが、まあそんなものぐらいじゃ外しませんよね。
僕の作戦不足でした。一発でやっちゃってください。」
その顔はわずかに笑っていた。
「遺言とは思えない言葉だな。それじゃあ、宗くん。さようならだ。」
レバーに力が加わり、弾けるような音と共に弾丸が発射される。
「宗ちゃん!」
佳音が反射的に叫ぶが、弾速は避けられるような速度ではない。
ドンッという鈍い音と共に宗の体が吹き飛ばされる。
けれども、源五郎の顔には晴れなかった。
理由は2つ。1つは、なぜか血が出ていないこと。そしてもう1つは…
(最後に言った言葉…チェックメイトだと…)
弾丸が発射される直前に声にならずに宗が放った言葉。源五郎にはその言葉の意味が理解できなかった。
けれども、それは次の瞬間、否応にでも理解させられることになる。
急に回転する視界。それが、格闘術によって投げ飛ばされたと気づいたのは、突入者の言葉を聞いた後だった。
「唐氏源五郎。銃刀法違反の現行犯で逮捕する。おとなしく投降しろ。」
拳銃は少し離れたところに転がっていた。投げ飛ばされた時に、手元を弾かれた結果だった。
慌てて周りを見渡す。そこには、数十人もの警官と拘束される部下たちの姿があった。
「先生、ありがとうございます。間一髪助かりました。」
そしてそこには…心臓を撃たれたはずにもかかわらず立ち上がる宗の姿があった。
「全く危ないことをする教え子だ。俺は確かに柔道の有段者だが、拳銃を持った人を無効化する術は教えられてないぞ。」
源五郎を拘束しているのは…宗のクラスの担任だった。
「それでも、協力してくれたのはありがたいと思ってますよ。」
「当たり前だろうが。生徒が危ないことに首を突っ込もうとしているのにそれを守るはずの先生が安全地帯になんかいられるかよ。
今回の作戦だって、作戦と状況を把握する盗聴器あってなんとか納得したところだ。」
その言葉を聞き、源五郎が叫ぶ。
「一体どうなってるんだ!?どうしてお前は死んでいないんだ!」
「要はチャンスが欲しかったんですよ。僕が脅迫されたことも、あなた達が常に拳銃を持っていることもこちらとしては証拠がない。
ならば、実際に発砲してもらうしかなかったんですよ。それなら、現行犯で逮捕できますからね。
ちなみにここにいる人は警察の方と学校関係者です。先ほどの書類見ましたよね。あの会社の代表取締役は僕達の高校の校長です。
あと、僕が何故死んでいないかということですがこれのお陰ですよ。」
そう言って、穴が空いたシャツを破る。その下には…
「防弾チョッキ…だと…しかもそいつは…」
「ええ。あなたの研究所が作ったやつです。性能が高くてありがたかったです。この至近距離で止められるかどうかは賭けでしたから。」
その言葉に源五郎が放心している間に源五郎の腕に手錠がかけられる。
こうして、首謀者である局長、唐氏源五郎含め研究所の部下は銃刀法違反及び暴行の容疑で逮捕された。
「宗ちゃん!」
佳音が慌てて、宗に駆け寄って無事を確認する。拳銃の音とそこからの突入劇。それらに圧倒されて源五郎が逮捕されるまで放心状態だったのだ。
「佳音、大丈夫だ。どこにも怪我してないから。」
「宗ちゃん…良かった…。」
目に涙をためて抱きつく佳音。先ほど宗が言った通り、命懸けの作戦であった。それ故に佳音の心境は言葉では表せないほどの激情にさらされていたのは考えるまでもない。
佳音を慰めるように抱きしめていると、警官たちの間からあかりの翔也が走って2人の元に来ていた。
「翔也、あかり。助かった、ありがとう。」
「いえ…宗さんも無事で何よりです。佳音さん、号泣ですね。」
「それは仕方がないよ。少し離れてた私達ですら拳銃の音にびっくりしたぐらいだから。」
そんな2人の言葉すら聞こえてないのだろう、ずっと佳音は泣いたままだった。
「全員五体満足で帰ってこれたんだ。これで作戦は終了だ。」
彼らにとっての終結は宗のこの言葉であった。
「…というわけで、銃刀法違反、暴行以外に恐喝、殺人未遂なんかの余罪が出てきたようだね。どちらにせよ、あの研究所は完全に壊滅となったわけだ。」
「事後処理を任せてしまってすいません。ありがとうございます。」
「礼をいわれることじゃないな。そもそも、こういった事後処理は大人がするものだ。それに、私は情報を集めただけだからね。」
「それでも、僕がお礼をできるのは校長先生だけですから。それに学校側のバックアップがなければ、この作戦は成立しませんでしたから。」
「それを言うなら、警察をけしかけたのは私だが、作戦の根本は君の作戦だ。全く、どうして君が高校生なのかね…。」
「まあ、仲間を守るために死に物狂いで頑張ったってことにしておいてください。」
「文字通り、死に物狂いだったわけだ。まあそれはいい。こちらとしても、約束を守ったのだから君も会社の件、頼んだよ。」
「はい。ご希望に添えるように努力します。」
それだけ言って宗は校長室から出ていく。
そしてこんなことを思うのだ。今回の事件で一番成長したのは誰かなと。
読んでくれた皆様、お疲れ様でした。4章完結です。
今回はわりと真面目にあとがきをかいてみようかなと思います。
4章いかがでしたでしょうか。まだまだ描写としては物足りないところも多々有りそうですが、後半の2話あたりの宗の駆け引きは個人的にすごく好きなところです。その臨場感が伝わったなら嬉しいのですが。
実は、4章まででいくつかテーマがありましたのですが、お気づきになられましたでしょうか?
例えば『成長』のテーマですと、
1章は佳音、3章(及び2章)では佳音、あかり、翔也
というわけで、4章ではいままで成長が描けなかった宗をテーマにしています。
また、『規模』というテーマで考えますと、
1章は2人、2,3章は4人という枠の中で基本的に話が完結していたのですが、今回は数え切れないほどの人が関わってきます。
そういった広がりも、この章のテーマだったりするのです。
他にも、探せばテーマが見つかりそうです。もし気づけた方は教えていただければ嬉しいです。
ここまで読んで下さった方はお分かりかと思いますが、今回のストーリーの関係で『会社』というキーワードにまだまだ触れられていません。
というより、これからその広い面を描いていけたらなと思います。
このまま行くとただの学園ものになりそうでしたが、どうにか恋愛というテーマを離れないように頑張って行きたいと思います。
まだ完結はしていませんが、ここで区切りがつきましたので皆様の感想、意見などがいただけるととても参考になります。特にこの先の展開はやれることが多すぎるので…。
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