第26話「交渉」
「それで、こんな夜遅くにどうしたんだね?」
時間はもう7時を有に超えている。場所を考えたら夜遅くと表現しても大げさではなかった。
「まずは、こんな時間にもかかわらずお話を聞いてくださりありがとうございます。校長先生。」
今、宗がいるのは校長室だった。家を出てそのまま学校に連絡なしで来たのである。
「構わんよ。君の退学届けの件も担任の方から聞いているし、何より君は私の高校の生徒だ。1人の教師として応じるのは当然だと思うぞ。」
口ではこう言っているものの、退学届けという特例があるからこそ、ここで話をする権利があるのだというのが本音だった。そして、その本音を理解しながら宗はあえてわかってないように話をすすめる。
「これだけの迷惑をかけながら、そう言っていただけるだけありがたいと思っています。
僕がこんな夜更遅くにうがわせていただいたのは、2つほどお話があるからです。」
「ふむ、何かな?」
「まずは、退学届けに関してです。誠に勝手ながら取り消しということは可能でしょうか?」
その言葉に校長はわずかに笑顔を浮かべる。そして、相手を見定めるような目でこう言った。
「その前に理由を聞かせていただけるかな?担任に話せないのは仕方がないが、取り消しがしたいというのに私に話せないということはないだろう?」
「もちろんです。単純に言わせてもらえば、僕が退学届けを出したのは恐喝によるものです。
僕達を受け入れていただいた時に、佳音が所属している研究所とお話をされたのを覚えていらっしゃいますか?僕はその時のことを理由に佳音から離れなければ、安全は保証しないと脅されたのです。」
「ふむ…普段なら信じられない所だが、あの研究所の異常性は数十分話しただけでの私でもわかるぐらいだ。信用に値するだろう。
しかし、それならば取り消したら彼女の安全は確保されないことになるがいいのかね?」
「校長先生のお察しの通り、そのままでは安全は確保されないでしょう。そのためのもう1つのお願いです。」
そこまで聞いて、校長は急に残念そうな顔をする。
「まさか、そこでただ単に守ってほしいだなんていうつもりではないだろうな?」
きっと、校長からしたらもっと期待できるかと思ったら、安易な方法を求めていると予測がついて落胆しているといったところだろう。けれども、その落胆はいい意味で裏切られることとなる。
「いえ、私は会社を設立する許可と校長先生に代表取締役をやっていただきたいのです。」
「何?」
「恥ずかしながら、恐喝に応じる前は研究所をやめさせるということも考えはしました。しかしそれでは移転先もない、活動する場がないという非常に合理的に欠け、なおかつ守ることが非常に困難だと気づいたのです。
ですから、校長先生に学校内で会社を設立する許可が頂きたいのです。そして、私たちはまだ未成年ですので先生にその責任者になっていただきたいのです。」
その言葉に校長の言葉が少し止まる。
そして、少し笑顔を見せながら「君は佳音さんのエージェントといったところかね?」と楽しそうに言う。
その言葉に宗は訂正を入れた。
「いえ、僕は佳音のエージェントではなく、佳音と国枝翔也、佐藤あかりの代表ですよ。僕達の部活の代表としてお願いに来ているのです。」
「なるほどな…面白い答えだ。さて、それを私が受け入れるとして一体私にはなんの得があるのかね?」
この時点で校長は宗を1人の生徒として見ていなかった。そうではなく、取引を持ちかけた相手という認識で話をしているのだ。
その認識の変化に手応えを感じながらも、宗は説明を加える。
「先生は卒業生に佳音がいるということを売りにしようと僕たちを受け入れてくださったと思います。その上で、もう少し学校の宣伝に協力できたらなと思っています。
具体的には、在校中から先生が見て下さったことで彼女が発表できる場を作っていただいたなんてどうでしょうか。今からなら僕たちが在学中にあたる来年の募集にも1つのアクセントとして載せられるかなと思ったのですが。
あくまで、『弱小の部活が自分の発表できる場を先生にお願いし、先生たちの好意で立ち上げさせていただいた。そして、偶々結果を上げられる人が含まれていた。』こんなところでいかがでしょうか。」
宗の言葉に少し考え込む校長先生。けれども、その悩む姿はだんだんと笑みに変わっていく。
「十分だ。まさか、ただのおまけと思っていた生徒がここまで面白いとはね。」
「理解していただけたならこれほど嬉しいことはありません。お願いできますか?」
交渉する側の宗も笑顔を浮かべている。けれども、それは嬉しさの笑顔ではなくいかにも悪だくみをするための笑顔であった。
「1つだけ条件がある。」
「何でしょうか?」
「君の手腕や彼女の技術を疑うわけじゃないが、あくまで素人だ。完全に信用することはできない。だから、ノルマを付けさせてもらおう。
今回の資金として私は10万補助しよう。それを今年度の終了までに倍の20万にして返してくれればいい。
きっと彼女はもともとお金を持っているだろうから会社の資金としてそれらを追加してくれてもいい。純利益で20万、それが条件だ。
達成できなかったら…そうだな、今度こそ君に退学でどうかな?」
校長は更に人の悪い笑顔を浮かべる。知らない人が見たらとても教育に携わる人には見えないだろう。
「その条件でお願いしたいと思っています。僕の退学がペナルティとは…よくわかってらっしゃる。」
「何、一介の教育者にすぎないが、これでもこの学校のトップであるからね。生徒1人ぐらいの意向を読むぐらいできなければ怒られてしまうよ。」
そういって、右手を差し出す校長。それに宗も応じる。
「お願いします、校長先生。それでは…詳しい相談に移りましょうか。」
そこにいるのは、先生と生徒ではなく、2人の腹黒い大人だった。
小一時間ほどたって、やっと宗は学校から出た。外はまだ薄暗いといった程度だがもう7時半を回ろうとしていた。
これからの予定を頭の中でシュミレートしながら、門まで歩く。小脇に抱えている封筒の中にはこれからの予定に必要な書類が含まれていた。
そして、門から出たところで予想していなかった3人組に出会った。
「宗ちゃん!」
まだ目の腫れがとれていない佳音が駆け寄ってくる。まるで押し倒すかのように宗に抱きついてくるが、それを宗は真正面から受け止める。もう逃げない、そう決めたばかりであった。
「佳音…すまなかったな。もう大丈夫だ、決して離れないから。」
佳音の方は宗に抱きついたままで言葉を発することができない。けれども、2人にとってはこの言葉だけで十分だった。
「翔也、あかり。2人ともありがとう。特に翔也、おまえのおかげで突破口を見つけることができた。」
「いえ…それで、突破口とは何なのですか?」
3人の共通認識である疑問を翔也が代表して質問する。
「そうだな…一言では話せないが、用は心強い後ろ盾を手に入れたというところかな。」
「後ろ盾…ですか?」
「そうだ。明日の戦いのために必要な…大切なキーだよ。」
「宗ちゃん…また、1人で行っちゃうの?」
『戦い』という言葉に反応して佳音が心配そうに言う。
「大丈夫だ。今度はおまえも一緒だよ。おまえだけじゃない、翔也にもあかりにも手伝ってもらうつもりだ。
僕1人の仕事はあくまでここまでだ。ここからは、みんなで行う戦いだからな。」
佳音の頭を撫でながら、宗は言い切った。
「さて、作戦会議といきますか。確かそこにレストランがあっただろう。晩御飯でも食べながら、詳しいことは話そう。」
そう言って歩み始める宗。となりには佳音。後ろには翔也とあかり。
4人の歩みに迷いはない。たった1つの目的、『佳音を助ける』という目的のために。
「これから行うのは、守りの防衛戦じゃない。攻めの防衛戦だ。」
その言葉が彼らの目的を端的に表していた。
追記:「けれども」という表現が文章の流れ的におかしかったので「ですから」に変更しました。




