第24話「本当の意図」
「佳音、大丈夫ですか?」
次に佳音が目を覚ましたのはあかりの声に気づいたからだった。
「佳音さん!」
反対側には不安そうな顔で佳音の手をにぎる翔也。目にはわずかに涙が溜まっていた。
「あかり、翔也くん…。心配かけてごめんね。」
「いえ…佳音さん。宗さんが退学届けを出したって本当ですか?」
きっと翔也もここに呼ばれてやっと事情を聞いたのだろう。その顔には疑問の色が濃く映っていた。
「うん。どうしていなくなっちゃんたんだろうね…。」
一見、落ち着いているように思える佳音の姿。けれども、それは心のなかの激流を押さえ込んでいるに過ぎなかった。
過去に佳音は何度も宗に関する感情をあらわにしている。そうした中でその心を抑えこんでいられるのは彼女なりの成長だった。
「佳音…」
隣で心配そうに見つめるあかり。その姿を見て佳音はふとした疑問に気づいた。
「あれ?2人はなんで私が倒れたことを知ってるの?」
その答えは2人以外のところから帰ってきた。
「佳音ちゃん、ごめんね。私があなたの携帯から2人に連絡させてもらったわ。」
そう言ったのは保健室の先生だった。
「先生がかけて下さったのですか。ありがとうございます。」
「いやねぇ。私とあなたの仲でしょ。礼なんていらないわ。それよりも、勝手に電話帳を見たことのほうが罪悪感が残ってるくらいよ。」
先生とは思えないほどのフレンドリーは、単純に佳音と先生の親密さを表していた。最も、それは佳音が治療のためにここに通っていることが原因だったりするのだが。
「佳音ちゃん、できるなら今日はもう帰ったほうがいいわ。夏休みでも学校は開いているけれども、普段からたくさんの先生がいるわけじゃないから私もここを離れなくちゃいけなかったりするの。
今なら夕方になってきたし、日も弱くなってきたから。」
そう言われて時間を見る。もう5時を過ぎようとしていた。
「そうですね。ありがとうございます。あかり、翔也くん帰ろうか。」
先生に門まで見送ってもらい、3人で駅まで向かう。
そして、学校が見えなくなった頃。佳音は急に近くにあったベンチに座り込んでしまった。
「佳音さん?」
翔也が不思議そうな顔で佳音を見る。けれども、そんな翔也の声ですら聞こえていないようだった。
「…宗ちゃん…どこにいるの…?」
つぶやきは数秒にも満たない。けれども、その感情は両目からあふれる大粒の涙が物語っていた。
そもそも、感情が抑えられたのは学校という環境があったからである。けれども、今はそのかたも外れて近くにいるのは身内に限りなく近いと思っている2人。
そんな中では激情を抑えこむことはできなかった。
「佳音…」
あかりが隣に座ってそっと肩を包み込む。けれども、翔也は隣に座ることすらできなかった。
自分のいる場所じゃない。そういった思いが彼の心を占めた。
確かに今の彼氏は翔也かもしれない。けれども、それは宗の立場の1つである「彼氏」という場所を譲ってもらっただけにすぎない。本来そこにあるべきは宗である。
それをこの現状を見ることで実感してしまった。今の翔也では慰めることはできても、その穴を埋めることはできない。いや、穴に触れることすらできないだろう。
それでも、彼は佳音に近づく。立場や居場所なんて考えず、単純に1人の少女を幸せにしたい、1人の少女の不安を取り除いてあげたいという気持ちが彼を突き動かす。
翔也は無言で佳音を正面から抱き寄せる。その行動に佳音もあかりも驚いたが翔也は気にせずに強く抱きしめる。
それだけで翔也の気持ちは佳音には伝わったのだろう。さらに小さいけれども頼りになる男性。それは佳音の依存心に触れることで心のダムを決壊させてしまう。
そこには只々、1人の少女のすすり泣く声が響くのみだった。
「それでは佳音さん、あかりさん。また明日に。」
「うん…翔也くん…あ、ありがとう。」
あかりに半分隠れながら返事を返す佳音。先ほど翔也の胸で散々泣いた佳音にとって翔也の顔を直視できないほど恥ずかしいようだった。
「それじゃあ、行きましょうか。」
翔也は本人の意向でついていけない。けれども、1人で帰らせるのは怖いという判断によってあかりが送っていくという話になっていた。
これに最初は抵抗していたものの、やっぱり心配だと2人に言われて渋々了解したという背景だ。
揺れる電車の中。あかりは窓の外を眺める佳音に対してこんな質問をした。
「佳音って、翔也くんのことどう思いますか?」
なんとでも返せるような質問。それが逆に先ほどのことを思い出してしまったようで、佳音は赤くなってしまった。
それを可愛いなと思いながらも、さすがに訂正を入れる。
「もっと具体的に言うなら、彼氏としての翔也くんと言いますか。そのあたりはやはり足りませんか?」
何が足りないかなんてあえて言葉にする必要すらなかった。
「うーん、翔也くんは私のことを大事にしてくれてるよ。この前のデートでも私を守ってくれたし。でも、宗ちゃんの立場には…いないのかな。
私にとって宗ちゃんは不思議な存在。親友でもあるし、頼れる友達でもある。それでいて、彼氏としてもそばに居てくれた。その立場に入るのは…難しいと思う。」
本人がいない中でのガールズトーク。だからこそ、本音がこぼれたのだろう。
「やっぱり、そうなんですよね。佳音にとって宗さんの存在は大きすぎるんですよ。私達じゃカバーしきれない程度には。」
そんなことを話しているうちに電車は駅に着いた。まるでこの話題は電車の中でしか話さないという暗黙の了解があるかのように一言もこの話題について話さなかった。
けれども、それは無駄な抵抗だったのかもしれない。
佳音の家の前に1人の女性がいたからである。
「鈴木さん!」
それは、佳音の所属している研究所の知り合いだった。ついこの前の事故の時も会っていて研究所の中では一番中が良い人であった。
けれども、近づいてみてわかる。いつもとは雰囲気が違った。
「天音…いや、佳音さん。」
決して低いわけではないが、すごく気迫のこもった声だった。けれども、宗のことについて聞くということにしか念頭になかった佳音にはそれに気づくことができなかった。
「鈴木さん、大変なんです!宗ちゃんが…」
「宗さんが行方不明なんですよね?」
佳音が言い終わる前に鈴木は言葉をかぶせる。
「どうしてそのことを…?」
佳音が質問するが、鈴木はそれに答えずに話始めた。
「佳音さん、宗さんが行方不明になって…どう思いましたか?」
「そんなの決まってるよ、心配してる!」
「…それだけですか?そうだとしたら、宗さんが可哀想です。」
「宗ちゃんが…可哀想…?」
どうして鈴木が宗のことを知っているのか、それすらも考慮に浮かばないほど余裕のない状態で話は進む。
「佳音さん。あなたは何も知らない。どうしてこの自体が起こったのか、何が原因なのか、宗さんがどんな気持ちだったのか。あなたは知らなさすぎる。
そんなあなたでは会う資格はない。彼がどんな気持ちでいたと思ってるんですかっ!!」
そこに浮かぶ色は怒り。理不尽なものに対する向かうところのない怒りだった。
「いったいどういうこと…ですか…?」
鈴木の言ったことが理解できすに疑問の言葉だけ口にする。その時に少し後ろからクラクションがなった。
気になって振り向くとそこにあったのは黒い外車だった。
「時間切れのようです。よく考えてみてください。彼の意図を。どうしてこうなったのかを。」
それだけ言って鈴木は歩き出す。
聞きたいことは山ほどあるが、言葉にならない。そんな佳音の横を通り抜けて鈴木は車の方に歩き出す。
佳音には止められなかった。その強い歩みを。
鈴木が車に乗り、残されたのは佳音と、蚊帳の外にいたあかりだった。
「佳音…大丈夫ですか?」
あかりが心配になって声をかけるが佳音の心には届かない。
(宗ちゃんの気持ちって…何なの?)
鈴木が残した言葉に佳音の心は強く引きずられていた。
長らく期間があいてしまってすいませんでした。
自分の中で固まって入るのですが、言葉が見つからず…という期間がしばらく続いていました。
この章自体はもうそんなに長くないはずです。
早ければ4話程度で完結すると思います。
早くそこまで行きたいなぁ…




