第22話「たった1つの解決法」
「あかりさん、少し席を外してもらっていいですか?」
あの後、部屋に戻った翔也が最初に言ったのはそんな言葉だった。
「それはいいですけど…」
それまで佳音と2人で話していたあかりが言外に尋ねる。
「少し佳音さんと2人で話したいんです。お願いできませんか?」
「佳音はいいんですか?」
「うん。私はいいよ。」
佳音が許諾したのを見て部屋を出ていくあかり。こうして残ったのは翔也と佳音だけになった。
「翔也くん、話って何かな?」
「佳音さん、本当に『宗』という名前に覚えはないんですか?」
「宗って、さっきの彼のことだよね?んー、覚えはないよ。」
佳音の軽い返事。それとは対称的に重い口調で翔也は話を続ける。
「…いつも、一緒に学校に行ってたのは誰ですか?」
「学校?確か…あれ、2人で行ってた…?」
「いつもあなたの傍にいて、支えてくれたのは誰ですか?」
「支えて…くれた?翔也くんじゃないの?」
「僕だったら良かったんですけどね。…そう言えば、倒れた原因って覚えてますか?」
あくまで冷静に。決して感情を表に出さないように話をする翔也。
「あ…翔也くんが、私に…こ、告白してくれた話だよね?
ごめんね。つい驚いちゃって…。」
「いえ…僕の方ももっとタイミングを考えて話すべきでした。」
「じゃあ、おあいこかな?あ…返事だけど…翔也くんならいいかなって。私でいいの?」
「僕を受け入れてくれるんですか…?」
「私は翔也くんの気持ちを知らなかった。今までは1人の後輩として翔也くんが好きだったけど、これからは一人の男子として…」
けれども、その言葉を最後まで言うことは出来ない。
「そんな言葉が聞きたいんじゃないんです!」
翔也は叫ぶ。心の奥に溜まった思いを。
「…佳音さんは、覚えてないのかも知れませんが、あなたには彼氏がいるんですよ。優しくて、悩んだ親友を親身になって考えて、あなたの幸せを第一に考えた彼氏が!」
佳音は、驚きで言葉が発せない。そんな佳音を見て、翔也は言葉を畳み掛ける。
「僕は卑怯です。宗さんという彼氏がいるのに、僕は佳音さんに告白しました。さらに佳音さんが宗さんのことを覚えていないことをいいことに、その想いを受け入れてもらおうとした。そんな僕は、佳音さんの傍にいる資格はありませんよ。」
「翔也くん…?」
不思議そうな顔をする佳音。
「きっと…いつか思い出しますよ。怒鳴ってしまってすいませんでした。」
「ううん。よくわからないけど、きっと翔也くんにとって大事なことなんだよね…。
ごめん、ちょっと頭が痛いから少し眠ってもいいかな?」
「あ、もちろんです。何かあったら呼んでください。」
頭を下げて、翔也は部屋から出ていった。
(宗…なんだろう…何か引っ掛かりを感じる。)
佳音の心から離れない名前。しばらく考えて思い出すのを諦める。
(まあ、起きたら思い出せたらいいな。)
自分の心に区切りをつけて、布団の中に潜り込む。
奇しくも、それが真実だとは知らずに。
(なんてことを言ってしまったんだ。宗さんに口止めされたのに…。)
佳音の寝ている部屋の前。翔也は自己嫌悪に陥っていた。
(僕は…何がしたいんだろう。僕がいる意味はあるのだろうか。僕がいなければ…)
そんな考え事をしながら、翔也は自分たちの寝室まで歩く。
そして、何気無く開けたその中には…
「あかり…さん?」
目を真っ赤に腫らしたあかりがいた。
冷静に考えれば、この部屋はあかりも一緒に泊まるのだから、ここにあかりがいることは何もおかしくない。
けれども、今の彼にそんな冷静さはない。さらに、いつも天真爛漫なあかりという側面からは信じられない涙。それらが翔也から冷静な考えを奪っていた。
「何でなんですか…。」
故にあかりの言葉は強く翔也の心に響く。
「どうして佳音ばかりを気にするんですか!私は…私の想いはどうすればいいんですか!?」
「あ…。」
「まさか、私の想いに気づいてないなんて言わせないですよ!私のアプローチは自分でもかなり露骨でした。翔也くんは、気づいていないふりをしていただけでしょう!?」
あかりの心からの叫び。それは、翔也の壊れかけた心に深く突き刺さる。
しばらくの間、静寂が部屋を支配する。それを破ったのは翔也だった。
「…僕は逃げてばっかりだ。さっきも宗さんに口止めされていたのに、佳音さんに宗さんのことを話してしまった。危うく、宗さんのことを忘れてる佳音さんに僕の気持ちを受け入れてもらいそうになってしまった。今だってそうだ。あかりさんの気持ちに気づいているのに知らないふりしていた。」
いつもの敬語すらない、独白とも謝罪とも取れる言葉。その言葉はまだ終わらない。
「そんな僕にここにいれる価値はあるんですか?僕にいる価値なんてない。僕は、消…」
「そんなこと言わないで!翔也くんにとっては、自分に価値がないって思うのかもしれない。でも、私は必要としてる。私にとってあなたは必要なの!」
心からの悲痛の叫び。けれども、それは翔也には届かない。
「…ありがとう。そういってくれるのは嬉しい。でも、だめだよ。自分の気持ちのためにかき回して、佳音さんと宗さんに迷惑をかけた。それは、償わなきゃいけない。」
あかりはその言葉で理解してしまった。いや、理解せざるを得なかった。
あかりでは、翔也は救えない。
たとえ、翔也があかりに歩み寄ってくれても、翔也は自分の罪を許せないだろう。これを許せるのは…
(まさか、ここまで考えて宗さんは…いや流石に考えすぎ…であって欲しい。)
「私じゃ、支えにならないかな…。」
「今は待っていてくれると嬉しい…。もし、2人に拒絶されたら…僕を受け入れてくれる?」
あの2人が翔也くんを拒絶するわけがないと思いながらも、あかりは肯定の返事を返す。
「もちろん。
ただ、翔也くん。今の翔也くんじゃ、余裕が無さすぎるよ。2人に会う前に少し一人で考えた方がいいと思うよ。」
「わかりました。あかりさん、ありがとうございます。」
最後に戻った敬語。それをあかりは、翔也が冷静さを取り戻したと受け取った。
「翔也くん。愛してるよ。」
だからこそ言う、愛の告白。
「あかりさん、僕もだよ。」
翔也はそう言い残して部屋を出る。
部屋に残ったのは大粒の涙を目に貯めたあかりだった。
時間は少し遡る。
佳音が眠りについてから、10分ほどたった頃。
宗は佳音が寝ている自分の部屋に戻った。
幸せそうに眠っている佳音。その傍に座り込んで、頭をなではじめた。
本来、佳音が宗のことを忘れていれば、違和感の残るはずの光景。
けれども、宗は得体の知れない確信を持っていた。佳音は思い出しているはずだという。
その願いが叶ったのだろうか、しばらくして佳音が目を覚ました。
「宗…ちゃん。」
「おはよう、佳音。体調は大丈夫か?」
「うん、大丈夫。宗ちゃん、ごめんね。」
「何がだ?」
「宗ちゃんのことを忘れていたこと。そのせいで、宗ちゃんに酷い態度をとってしまったこと。何より、今まで思い出せなかったことを一番謝りたいよ。」
「そんなことはいい。佳音が無事ならそれでいいよ。」
そう言って、宗は佳音を抱きしめる。佳音も一瞬驚いたものの、抱きしめ返してきた。
一通り抱擁を終えて話を続ける。
「記憶は戻ったんだよな?」
「うん、翔也くんのこと…全く気付かなかった。どうすればいいと思う?」
真実を言うと、佳音以外全員気づいていたのだが、当事者が気づかないねはよくある話なので、あえてそこには触れずに話を続ける。
「おまえはどうするつもりなんだ?」
「私は、翔也くんのことも好きだよ。でも、宗を諦められない。」
「そっか。でも、現状はそんなことを言ってられなさそうだぞ。」
「え?」
「このままだと、翔也の心が潰れる。罪悪感でね。
僕には佳音を奪うような真似をしたことに対して、佳音には記憶がない時に気持ちを僕から離れさせようとしたことに対して。それぞれ強い罪悪感と自分の存在意義に対する疑問を感じてるはずだ。」
「もしかして、さっきの会話って、聞いてた…?」
「ドアごしに聞いたから断片的だけどな。
この事象は、去年と一緒だ。分かるか?」
「去年…?」
「そうだ。僕とおまえが付き合い始めたあの時の心理と同じ筈だ。自分のやった行動に意味が持てない。おまえは殺人、翔也は環境を壊してまでの告白。ベクトルも何もかも違うように思えるが、結論として求めるものは一緒だ。そして、それが得られなかった時、つまりその行動に意味のある結果が繋がらなかった時、何が起こるかはわかるよな?」
「自己否定…自分の居場所はない…そういうこと?」
「そうだ。僕達が傍にいるから自殺はさせないだろうが、気分的には似たようなものだ。」
「止める方法って…まさか…」
「その通りだ。記憶を取り戻している今、翔也の気持ちを受け入れる。それが彼を救う一番の方法だ。」
「宗ちゃんは…いいの?私が翔也くんと付き合うということは…」
「わかってるよ。ただ、翔也は大事な友達だ。僕にとっても翔也は救いたい。」
少し考え込む佳音。しばらくして答えが出たのか、一度ベッドから出て、立ち上がる。
「…ひとつだけ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「私と翔也くんが付き合ったら…私達の関係は崩れちゃうのかな…?」
今にも泣き出しそうな佳音の顔。その顔を前にして宗は自信満々に言い切る。
「そんなわけがないだろう。」
「…え?」
「僕とおまえが毎朝一緒に通ったり、夜に僕の部屋に来てたりするのは、恋人だからしていたことか?むしろ、付き合い始めて変わったことってなんだ?変わったのは周りの見る目であって、僕達の本質はかわってないよ。」
それは、佳音にとっての救いの言葉。一番の心残りが消えて、佳音に覚悟の表情が浮かぶ。
「そっか、そうだよね。何を忘れてたんだろう…。
ねぇ、宗。」
「何だ?」
それは覚悟の言葉。
「私、宗のこと嫌いになっちゃったみたい。別れよう。」
それは、自分への言い訳の言葉。
「奇遇だな、佳音。僕もだ。」
佳音の気持ちを理解して、宗も返事を返す。彼らはこうやらなければ、自分の気持ちに区切りもつけられない。決定的な不器用だった。
佳音が宗に近づく。それに伴って、宗も立ち上がる。
互いに言葉は要らない。意思を伝えるよりも早く、互いに顔を近づける。
そして、キスをする。決して相手を離さないという意図が強く入った濃厚なものを。
「宗ちゃん、じゃあね。」
宗から離れた佳音が最後にいった言葉。
この時、宗と佳音は別れたのだった。
「あ…佳音さん。」
部屋を出た佳音を迎えたのは、頭を抱えた翔也だった。
佳音は、翔也が話し出す前に気持ちを伝える。
「翔也くん。今日のことだけど…私、翔也くんと付き合いたいと思ってるよ。」
「…そんなまやかしの気持ちじゃ…」
「宗ちゃんのことは思い出してるよ。さっき…宗と別れてきた。翔也くんと付き合うために。」
「え?」
翔也にとっては、想定外の幸運。それ故に彼は信じきることが出来ない。
そんな彼の疑心を取り除くように佳音は話を続ける。
「私にとって、宗ちゃんは初恋の人。だから、私は宗ちゃんの傍を離れないと思ってたし、昨日まで現にそうだった。
でも、宗ちゃん以外にもこんな私に想いを寄せてくれる人がいるということを教えて貰った。そして、私は翔也くんを選んだ。それだけだよ。」
「本当…なんですか?」
「当たり前だよ。翔也くんのやったことには意味があるんだよ。私のとなりにいてね。翔也くん。」
呆然としている翔也を抱きしめて佳音は語りかける。
「…よろしくお願いします。佳音さん。」
こうして、この日は何人もの関係を変えた。
あるカップルは破局し、ある片思いの少女の想いはかなわなかった。そして、片思いの少年とその想い人は新たなカップルとなった。
けれども、彼らはそんなことで関係が崩れたりしない。
3章終了です。
今回はかなりむちゃくちゃな構成でやった気がするのですが、いかがだったでしょうか。
宗と佳音、約半年で破局です。といっても、名目上な気もするんですが。
当初の予定では、3章終了予定だったのですが4章以降を書く気満々で伏線を貼りまくった気がします。特に宗の言動で。
どこまで、書けるかはわかりませんが、行けるところまで行きたいと思います。
PV、ユニークユーザ共に(自分の感覚で)かなりのペースで増えていってびっくりです。ありがとうございます。
ついには評価まで…御礼の言葉の嵐になりそうです。
もっと、読んでいただけるような話にできるように頑張ります。




