第20話「2日目:昼」
2日目の朝。佳音とあかりは寝坊をした。
昨日、8時に食事行こうかと約束したはずの2人は8時に迎えに行くと熟睡していたのだ。
「あいつらなぁ…。」
宗は呆れた声色を隠せなかった。
「まあ、ガールズトークにでも花を咲かせてたんじゃないですか?」
「そうなのかな。佳音が朝弱いのは知ってたが、あかりまで弱いとは思ってなかったな。」
ちなみに、宗と翔也は6時過ぎには誰に言われるまでもなく普通に起きていた。
「おはよう!そして、遅れてごめんね。」
「佳音、遅いぞ。今日は起こしに来なかったからって寝坊しちゃマズイだろうが。」
「ついついいつもの癖で…慣れちゃってるんだもの。」
2人は意図していないが、その言葉は普段起こしに行くのが当たり前(厳密には、宗が来る少し前に佳音のお母さんが起こしているのだが)なことを前提とした会話である。それを見た2人のうち、1人は羨望の眼差しを、もう1人は何とも複雑な表情をしていた。
「それじゃあ、今から自由行動ですね。」
朝ご飯を食べ終わったのち、チェックアウト。荷物を駅に預けた後、自由行動開始というのが今日の予定だった。
「確か、夕方の5時にペンションに集合でしたよね?」
「うん、そうだよ。」
本日のペアは、前に決めたとおり宗とあかり、佳音と翔也というペアだった。
このあたりは少し歩いたところに遊園地もありながら、すぐ近くは下町も広がっている。どうも、佳音は遊園地に行くつもりのようであった。
「じゃあ、私達も行きましょうか。」
「ああ。行くか。」
宗達の向かう方面は、遊園地とは逆。下町の方面だった。
「宗さんは、遊園地の方がよかったんじゃないですか?」
「そんなことはないよ。意図を計りかねてるけどね。」
今、2人がいるところは駅の近くにあるカフェテリアのテラスだ。まだ、昼前だからかそんなに人はいなかった。
「そりゃあ、佳音が気になるからじゃないですか?」
「それをいうなら、あかりの方じゃないか?」
「もちろんですよ。あ、宗さんといるのが嫌だってわけじゃないですよ。」
「わかってるって。そのあたりの気持ちは判断できるさ。」
「ならいいんですが…。それにしても、宗さんの前だと化けの皮が剥がされる気分ですよ。」
「また、不穏な例えだな。」
「そんなつもりじゃないですけどね。私、結構化けの皮…というか、キャラ作るの得意なんですよ。
クラス、家、友達…それなりに使い分けてるつもりですけど、宗さんの前だと素のまま話しちゃうんですよね。
この4人の中でも、多少はキャラを作っているの言うのに。」
「そういや、一人称も『ウチ』じゃなくて、私だな。」
「よく気づきますね、他人の一人称なんて…。そうです、あの一人称はキャラ作りの一部なんですよ。なんで、素になっちゃうんでしょうね?」
「僕に聞かれても困るってのが本音だが。まあ、自惚れを含めるなら、信頼してくれてるってことじゃないか?」
「信頼…ですか。間違ってはないんでしょうけど、何か違う気がするんですよね。まあ、本音が言える相手というのも宗さんぐらいしかいないんですが。きっと親ですら本当の性格は知らないと思いますよ。」
「…思ったよりも深い話だな。両親と中が悪いのか?」
「仲が悪いというより、本音を言えないってだけです。一回小学生の時に好きな人のことを話したら散々笑われてしまって。」
「小さい頃のトラウマってのは、後に響くからな。となると、僕に話すようになるまでは、本音を話す人っていたのか?」
「一応、中学の頃には親友がいましたから。高校が違った途端、話さなくなるような親友でしたが。」
「…普通はそんなもんだろう。よっぽどのことがなかったら、高校違ってもずっと同じ立場というのも珍しいはずだ。」
「そういうことはわかってるんですけどね。やっぱり、夢はすてきれなかったってだけです。
…って、こんな辛気臭い話題をしてたら、デートになりませんね!どこ行きますか?」
「デート…か。まあ、傍から見たらそんなもんだろうな。」
「傍からじゃなくて、私の気持ち的にそうなんです!」
「翔也一筋じゃなかったのかい?」
「佳音さんだって翔也くんと一緒にデートしてるじゃないですか。私が浮気したっていいんじゃないですか?」
「…何とも屁理屈臭がするな。」
「いいんですよ!」
「まあ、そんなことはおいておいて…。せっかくの旅行なんだし、どこかいきたいところはあるか?」
「デートって言ってくれないんですね…。そうですね…特には考えてなかったんで、どこでもいいですよ。」
「そうだな…じゃあ、映画かショッピングってところか?」
「映画でもいいですか?」
「ああ、もちろんだ。じゃあ、行くとするか。」
何も言わずに会計に向かう宗。宗にとっては何の違和感も持たない行動だったが、あかりにとってはその「大人」びた行動に何故かすごく感銘を受けていた。
結局、見た映画は恋愛ものの映画だった。ちなみに、選んだのはあかりだ。
そして見た結果は…。
「…結構感動したな。いつも見ない分野だから新鮮だった。」
「期待通りでしたよ!最後のシーンは本当に泣けました。」
2人とも泣いていた。尤も、宗は目尻に涙を浮かべる程度で、あかりは目を赤く腫らせているという違いはあったが。
「それにしても、妙にリアル感のある話だったな。わかってて、選んだのか?」
「いえ…そんなつもりはありませんでしたよ。私も評判を聞いて見たいなと思っていた映画だったので。」
ストーリーの概要としては、テニス部に所属する4人の男女のすれ違いを描いたものだった。
部活を取るか恋愛をとるのか、それとも友達か。よくある話ではあったのだが、俳優が良かったのか飽きること無く見ることが出来た。
「若干の意図を感じたんだが、気のせいか。」
「き…気のせいですよ。映画みたいな最後もいいなとか全く思ってませんよ。」
「確信犯か…。」
妙に芝居じみた言動に若干頭を抱えそうになる宗。その動作から芝居なのかただの照れ隠しなのかの判断がつかないのが困るところである。
「さて、次はどこに行きますか?」
時間は昼少し前。昼を食べに行くにしても中途半端な時間だった。
「そうだな…どこか食べに行きたいところはあるか?」
「私としてはどこでもいいですよ。宗さんと一緒にいるだけでお腹いっぱいですから。」
その言葉は本心か、あるいは冗談か。前者も有り得そうな話ではある。
「じゃあ、お言葉に甘えて少し遊ぶか。あかり、スーパーに行っていいか?」
「いいですけど…どうするんですか?」
その言葉に笑顔を浮かべながら宗は言う。
「僕が昼をご馳走しようっていうことだよ。」
言ってしまえば簡単なことだ。今日泊まる予定のペンションの鍵はもうあずかっている。なら、スーパーで買い出しをして宗が昼を作ろうかという話。
だがその材料にあかりは驚いて声が出せなかった。
「小麦粉にお肉に野菜…あの…少しでも楽しようっていう発想はないんですか?」
呆れているのではなく、あくまで尊敬の意味で尋ねる。
「ああ。そういった手抜きはしたくないからね。一応、最低限の調理道具は揃ってるはずだからパンとかデザートも作る予定だし。」
「…家庭的ですね。なんか、自信なくしちゃいますよ、これでも年頃の女の子なんですから。」
そう言ってあかりは驚きから拗ねた顔に表情を変えた。
「仕方がないだろう。僕は趣味でやってるからね。元々はお菓子とかそっちが専門だったんだが、僕が料理を好きなことを気づいた親が僕にやらせるようになっちゃってね。最近はたまに佳音の家に作りに行くぐらいだ。」
「それはそれですごいですが…良かったら教えてもらえません?」
「僕が教えられるもので良かったらね。」
「やったぁ!それじゃあ、買い物済ませてしまいましょうか。」
教えてもらえるとなったあかりはさっきまでの落ち込みが嘘のようにノリノリでついてきた。今にも飛びつきそうだった。何にとは言わないが。
「あかり…何やってるんだ?」
「いや、腕を組んでるんですよ?」
否、既に飛びついていた。宗の腕に。
「そう疑問形で返されても。急にどうした?」
「こうやってやってるとまるで新婚夫婦みたいですね。」
「質問は全力で無視か…。そもそも、僕と夫婦に見られても嬉しくないだろうに。」
「そんなことないですよ。私、宗さんも好きですから。男性として。」
「翔也の次にだろ?」
その言葉に一瞬だけ逡巡するような表情を見せる。
「よくご存知で。」
けれども、それは宗には気づかせなかった。
「こんなに美味しく作れるんですか!?」
1口目。あかりの口から出た言葉はそんな言葉だった。
「まあ、ある程度コツがあるからね。下ごしらえを丁寧にやればある程度まではいくよ。」
「最初スパゲッティって聞いてちょっと落胆したんですけど、これは予想外でしたよ。これも教えてもらえますか?」
「ああ。別にいいよ。そんなに難しいことを使ってるわけじゃないし、料理雑誌なんか探してればよく出てくる手法だから。」
そんな一般的な男子高校生とはちょっと離れた会話をしながら、2人で昼を食べ終わる。
ペンションは2人部屋の寝室が2つにリビング、キッチンがついた小さめの一軒家といった感じだ。
元々、こういった1泊、2泊の客を目的にしているという話なのだが、何故か洗濯機からオーブンや圧力鍋、倉庫には日曜大工ができそうな品々が入っている何とも不思議な場所だった。
(まあ、そういった場所のほうが面白いか。)
決してあって不便になるような品々でもないし、そんなに高いわけでもない。下町から歩いて5分とかからない場所にあるから、多少は高めであるが交通の便や周りの環境を考えたら決して暴挙といえる値段ではなかった。
現に2人もスーパーで買物をして、そのまま歩いてここに来ていた。
「この部屋くつろげそうですね。」
「そうだな。4人で騒いでも問題はないし、借りて正解だったようだ。」
最初、2泊ともホテルにしようとしていた佳音に数少ないアドバイスをした部分がここだった。
やはり、こちらの方がいろいろと都合がいいだろうが、ホテルというのもそれはそれで楽しいだろうという結論に至りこのような日程になったのだ。
軽く部屋を見渡したものの、埃をかぶっているとか使われていないといったような痕跡が殆ど無い。
きっと、毎週のように借りられているのだろう。(その中で借りられたのは運が良かった。)
そんなことを考えていると、視界にあかりのあくびが映った。
「大丈夫か?」
「大丈夫です…と言いたいんですが、正直限界ですよ。昨日の夜かなり遅くまで起きてましたから。」
「何時頃寝たんだ?」
「4時です…。」
「4時!?おまえらはしゃぎ過ぎだろう…。」
「女子には積もり積もる話があるんですよ!すいません、もしここから移動する予定がないなら少し寝ていてもいいですか?」
「いいよ。疲れてるなら仕方がない。」
そう言うと、あかりは少しうつむいて更にこんな要望をした。
「できれば、宗さんの膝の上がいいんですが…ダメですか?」
「ダメとは言わないが…まあ、いいか。それで眠れるならいいよ。お姫様。」
「もう!からかわないでくださいよ。」
口ではそう言っても、行動からして受け入れてくれたことに安堵しているようだった。
宗の膝の上に頭を載せるあかり。そして、そのまま話し始めた。
「なんか、宗さんといると安心するんですよ。男の人でこういった頼れる人って良いですね。」
「まあ、翔也はどちらかというと母性が刺激されるようなタイプだからな。こうやって膝枕して安心ってのはかんがえにくいな。」
「そうなんですよね…。それじゃあ、おやすみなさい。」
目を閉じるあかり。その姿は佳音とは違う可愛さがあった。
(それにしても、膝枕か。信頼してくれているのはわかるが、予想外だ。)
少々計画に問題がでるかなと思うが、佳音に比べれば可愛いものだ。むしろ、問題はそちらである。
(そちらは、翔也の行動次第か。)
静寂の中でそんなことを考えながら、あかりの頭を撫でる。その寝顔はとても幸せそうだった。
(僕も寝てしまいそうだ。)
出来れば寝ないようにしたいと思うが、此の無言の中で宗も起きていることはできなかった。
本人は無自覚であろうが、かなり気を使っていた(あかりとのやり取りではなくもっと全体的に)から、かなり疲労が溜まっていたのだ。
ペンションに2つの小さな寝息が響いてきた。
「ん…。」
宗が目を覚まして、時計を確認する。時間は4時を過ぎていた。食事を食べ終わったのが2時前だから2時間ほど寝ていたことになる。
(思ったより寝てしまったな。)
そんなことを思っていると下から声が聞こえた。
「あれ…?私どうしてここに…。」
宗が上半身を起こした振動が伝わってあかりも起きてしまった。言動から察するに少々混乱しているようだ。
「あかり。よく眠れたか?」
「宗さん…あ、私…!?」
やっと自分が膝枕されているという状況に思い至ったらしい。そして、自分からお願いしたことも。
「す、すいません。」
すぐに頭を上げるあかり。心なしか顔が赤い気がした。
「別にいいよ。よく眠れた?」
「はい。ありがとうございます。」
「それはよかった。やっぱり、睡眠不足なのは…」
だが、宗のその言葉は最後まで言うことができなかった。
鳴り響く電話の着信音。そこに表示された名前は『翔也』。
本来なら、感じることのないはずの不安を抱きながら、宗が着信に出る。
「宗さん!大変です!佳音さんが…佳音さんが…。」
「佳音がどうしたんだ!?」
「急に倒れちゃったんです!僕は…どうすれば…。」
その不安は裏切られることなく宗を襲った。




